第11話 立志伝中の男~福田禎一の街づくり


「母ちゃんのことを思うと、どうして、も少し早く…これ造んねがったがって…思って…」


190センチ近い巨漢が、人目もはばからず泣いた。目の前には100人を超す市民が着座し、男のスピーチに耳を傾けていた。ただ、失笑はもちろん、眉をひそめる向きも、さざめきさえもない。むしろ涙を誘われたようで、ハンカチで目頭を押さえる女性の姿も見られた。


男の名は福田禎一。東北地方の地方都市、I市に本社を置く中堅建設会社、福田建設の代表取締役を務める。I市発注の防災センターの落成式に当たり、施工企業の代表として壇上であいさつする途中、7年前の東日本大震災で犠牲になった母を思い出し、感極まった。


「よぉす!次ぃ、市長さ出ろ!受がっど!」


聴衆から上がった、ヤジともおべんちゃらともつかない掛け声に居並ぶI市幹部は血相を変えたが、当の市長は苦笑いでお茶を濁した。実際、福田が市長選に立候補するのではないかという噂話はまことしやかにささやかれてきたし、出馬をすれば現職に肉薄するだろうことは容易に想像がついた。福田本人はこれまでもきっぱりと転身を否定してきたが、つまりは、それだけの人望がある男だった。


I市は県都S市の南約30キロの距離に位置し、人口5万人ほどの田舎町だ。古くは奥州街道の宿場町として栄えたが、近年は凋落著しく、昭和の大合併で海手側と山手側の二つの村と一緒になってできた。とはいえ、地方都市が、同じように疲弊した2村と合併したところで上向くはずもなく、S市のベッドタウンとして人口が減らないだけマシと言われる有り様だった。


福田は、そんなI市で立志伝中の人とされる。


1962年、まだ10歳にも満たない時に大工だった父親が現場で転落死し、母子家庭で育った。貧窮を極めたが、新聞と牛乳の配達を掛け持ちして母親の君代を支え、中学を出ると父親も世話になっていた人夫出しの元に出入りするようになった。始めのうちこそ一輪車の扱いにもふらつくような状態だったが、偉丈夫と言っても差し支えないほどの体つきが幸いし、3カ月もしないうちに戦力になった。


これが、人夫出しに仕事を回していた地元土建屋の親方の目に留まった。時は高度経済成長期。現在は没落の一途をたどるI市も、道路敷設やハコモノ建設などの公共事業が目白押しで、人手はいくらあっても足りなかったが、何事にも反動はある。親方はその先をにらみ、福田に何くれとなく目を掛け、仕事をたたき込んだ。


「これから必ず仕事が減る時代が来る。その時のために何でも吸収しておけ。稼いだ金も貯めておけ」。親方は口癖のように福田に言い聞かせた。戦中派として、仕事のない時の悲哀をとことん味わった親方だった。ほどなくしてオイルショックが起き、先見の明のなかった建設労働者たちはそれまでの稼ぎを溶かしてしまった。


福耳にえびす顔という、生来の顔立ちも役だったのか、福田はその時点でちょっとした小金を貯めていた。貧乏世帯で育ったがゆえに、遊び方を知らなかったとも言えるが、ともかくも、その金を元手に小さな建設会社を設立。従業員3人ばかりの小所帯ではあったが、夏の草刈りから冬の除雪まで、小さな公共事業も厭わなかったおかげで徐々に信用を勝ち得た。


 80年代に入って景気が上向いてくると、福田の元には仕事の依頼が引っ切りなしに舞い込むようになる。十年もすると従業員数は当初の30倍近くに増え、売上高ベースで県内8位の企業体に成長。I市を中心に道路、港湾、橋梁、建設と何でもこなす中堅ゼネコンの体裁を整えていった。


 福田はこのころ、私生活も転換しつつあった。82年、世話になった親方の一人娘、幸(さち)と結婚。市内に別居していた君代を呼び寄せ、借家ながらも居を構えた。


 子どもも授かった。なかなか恵まれず、7年目にして願い叶ったのだったが、障害を抱えて生まれてきた。隼人と名付けた自閉症の子を誰より愛し、一心に育てたのが君代だった。


(続)

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