ふと気づくと、和恵はシェルターの談話室でお茶を飲んでいた。

 周囲にいるのは同じように夫や父親の暴力から逃げてきた女達ばかり。幼い息子は同じ境遇のこども達と庭で遊んでいる。


(そっか。あたし、あいつから逃げてきたんだっけ……)


 息子と共にひときわ酷い暴力を受けて医者にかかり、そこでDVシェルターの存在を教えられたのだ。

 そこに逃げ込めば夫や親の暴力から守られて、ひとりで暮らしていける道筋を教えてもらえると聞かされて、迷った末に逃げ込む決意をした。


(ここに来てよかった)


 ここの職員達はみんな親切だった。

 すぐに働けとは言わず、学歴のない和恵がより良い職に就けるよう職業訓練をする道を示してくれた。

 ここで和恵は、はじめて自分が学ぶことが好きなのだと知った。

 勉強なんて面倒臭い、学校なんて嫌いだという人達とばかりつき合ってきたから自分もそうだと思い込んできたが、実際にやってみると学ぶことは意外にも楽しかった。

 知識が増えればできることも増えていく。将来の選択肢も増える。それはとても幸せなことだと思えた。

 そんなある日のことだ。子供を連れて買い物をしている最中に昔の遊び仲間と偶然会ってしまった。


「あいつ、和恵のこと捜してたよ。今どこで暮らしてんの?」

「……ごめん、言えない」


 職員からは、友達にもDVシェルターの所在地を教えないようにと言われていた。和恵は、その教えを守った。

 ただ、シェルターに逃げ込んで、これからの為に勉強をしているところだということだけは話した。子供のためにも頑張るつもりだと。


「あ、そ。よかったじゃん」

「うん」


 微笑む彼女につい気を許してしまった和恵は、新しいスマホの番号を教えてしまった。

 そして彼女から夕食を一緒に食べないかと呼び出され、シェルターに子供を預けて出掛けた先には夫がいた。

 その遊び友達が、夫とも仲が良かったことを失念していたのだ。


「てめぇ、覚悟できてるんだろうな」


 怒り狂う夫に腕を捕まれ、ラブホに連れ込まれた。

 その後はもう地獄だった。


(……なんで、こんな……)


 嵐のような暴力に晒され、耐え難い痛みに和恵の意識は薄れていく。

 ああ、こんなに簡単に死んでしまうのかと悔しく思った時に、あの声が聞こえた。


 ――次の道を示そう。


(そうだ。これって『真夜中の祠』の夢なんだ)

 

 まだ自分は死なない。

 和恵は安心して意識を手放した。

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