7(END)

「刑事さん、『真夜中の祠』っていう都市伝説を知ってますか?」

「……ああ。知ってる」

「俺、あの夜。偶然『真夜中の祠』に迷い込んでしまったんです」


 孝志はあの夜の話を刑事にした。『真夜中の祠』で少年と出会い、神さまに祈るように言われたこと。そして祈った後に見たふたつの夢の内容も……。


「……信じてもらえないですよね?」

「いや、う~ん。……ひとつ聞きたいんだが、その少年、いくつぐらいに見えた?」

「身近に子供がいないんではっきりとはわからないんですが、多分小学校の高学年か中学生ぐらいじゃないかと……。色白で、綺麗な子でしたよ」

「そうか……うん、わかった。確かにこれは、休憩時間でないと聞けない話だったな」


 そっちの線でちょっと調べてみようと、刑事は言ってくれた。


「信じてくれるんですか?」

「う~ん、刑事の立場としては、神さまなんて非現実的なことを信じるとは言えないな。だが君が嘘をついているとも思えない。――この後にまたさっきの刑事が来るだろうから、くれぐれも短気を起こさないように」

「はい。よろしくお願いします」


 孝志は刑事に向かって深々と頭を垂れた。



 そして翌日の夜、孝志は無事に解放された。

 先輩につき合っている女性のことを聞いたところ、あからさまに挙動不審になったそうで、ちょっと突いただけで「俺は止めたんだ」とあっさり自白したそうだ。むしろ、女性の方がなかなかしたたかで大変だったらしい。


(そういや、夢の中でもすぐにボロを出したっけ……)


 元々小心者だったんだろう。孝志に仕事のミスを押しつけるときも、こちらの機嫌を伺うようにヘラヘラ笑っていたものだ。先輩のそういう卑屈な態度がなによりも嫌いだったことを孝志は思い出した。

 解放された後、少しだけ刑事と話をした。


「色々とありがとうございました」

「うん。これが俺の仕事だから」


 深々と頭を垂れると、「そこまでするようなことじゃない」と刑事は照れ臭そうな顔になる。

 だが、そこまでするようなことなのだ。

 この刑事が信じてくれなければ、孝志はこのまま犯罪者にされてしまうところだったのだから……。


「どうして信じてくれたんですか?」

「う~ん、立場的にあんまり大きな声じゃいえないが、身内に『真夜中の祠』の世話になった人がいるんだ」

「身内?」

「ああ、妻がそうだ」


 出会ってしばらくした頃、「私、『真夜中の祠』で見た夢の中であなたと結婚していたのよ」と妻となった女性に言われたのだそうだ。そして、「もう一度この現実であなたと結婚したい」と逆プロポーズされたのだと照れ臭そうに言う。


「……信じたんですか?」

「半信半疑といったところだ。彼女と出会ってすぐ、自分の長年の癖や好き嫌いが全て知られていると気づいたときは、さすがにぞっとしたな」


 そして妻は、『真夜中の祠』で色白の優しい少年と出会ったとも話していた。


「小学校低学年ぐらいの男の子だったと言ってたんだ。年のわりにませた口調で、女の子みたいに可愛い子だったと……。年齢的にも君の話に出てくる子と同一人物っぽかったから。さすがに信じてみる気になった」

「そっか。あの坊主のおかげか……。礼を言わないと」

「その子の居場所を知ってるのか?」

「いえ。でも『真夜中の祠』で待ってればいずれ会えるんじゃないですかね」

「あー、それはたぶん無理だ。俺も妻に案内されて、『真夜中の祠』があると言う場所に行ったことがあるが、なにもなかったから」

「は?」

「行けばわかる。もしその少年に会うことがあったら、こっちにも連絡をくれ。妻が会いたがってるんだ」


 刑事とは連絡先を交換し合って別れた。

 その後、家に帰る前に『真夜中の祠』に立ち寄ってみたが、刑事が言ったように、そこにはなにもなかった。ビルとビルの隙間は僅かで、祠が挟まる余裕などない。


(なにもかも、全部夢だったのか……)


 デートレイプドラッグの効果がまだ残っていて幻覚を見たのかもしれないと孝志は考えてみた。

 だが、そうなると刑事の妻の話との整合性はどうなるのか。


(わけがわからない)


 とにもかくにも、なにか孝志には理解の及ばぬ力に助けられたのは事実だ。

 ありがとうございましたと、孝志はビルとビルの隙間に向かって深く頭を垂れた。


 その後、孝志はもう一度人生をやり直すために会社を辞めた。

 働かずにのんびり職を探す余裕はないので、とりあえずバイトをしながらじっくり次の仕事を探すつもりだ。

 バイト先は、大学時代にもお世話になったおやっさんの居酒屋だ。

 たまたま挨拶に行ったら、ちょうど前のバイトが辞めたとかでおやっさんがひとりで忙しそうにしていたので、こちらから頼んでみたのだ。


「バイト料、たいして払えねぇぞ」


 ただ賄いは出せるし、残り物を持って帰ってもいいと言ってくれた。

 孝志としては充分に有り難い話だ。父親とふたり暮らしだから、残り物を貰えるのも嬉しい。よろしくお願いしますと頭を垂れた。


 バイトをはじめてしばらくして落ち着いた頃、高校時代の友達との縁をもう一度繋げるために、バイト先に飲みに来いよと誘ってみた。

 友達は大喜びで遊びに来てくれて、その後常連客になってくれた。


 それからしばらくして、父親の痴漢事件が冤罪だったことが証明された。

 痴漢されたと訴えていた女性が、彼女自身が脅迫を受けていた男に脅されるままやってしまった示談金目当ての犯行だったのだ。


『一番は金。あと、真面目そうなおっさんが惨めにぺこぺこ謝る姿を見物したかったんだよ』


 そう嘯く男が犯罪を起こして警察に拘束されたことで、その男から解放された女性が全て正直に打ち明けてくれたのだ。

 痴漢したことを認めて示談にすれば刑が軽くなったはずなのに、最後の最後まで冤罪だと言い続けた父親に対して、ずっと申し訳ないことをしたと後悔していたのだと……。


「認めなくてよかった」


 涙ながらに呟く父親の背中を、やはり涙を滲ませた孝志が撫でていると。


 ――助けるといったであろう。


 あの祠で聞いた性別不詳の低い声が頭の中で響いた。

 やけに得意気な声だった。

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