気がつくと、祠の前に立っていた。

 現実に戻ったのだと悟るとすぐに、孝志は頭を抱えてうなだれ、その場にしゃがみこんでしまった。


「おにいさん、どうしたの?」

「どうもこうもない。最悪だ。どっちを選んでも犯罪者だぞ。懲役十三年と六年だとさ」


 駆け寄ってくる少年に思わず愚痴る。


「ってことは、六年のほうを選ぶの?」

「そっちは駄目だ。そっちの道を選ぶと、本当の人殺しになっちまう」

「え」


 ざっと少年が後ずさったのが音でわかった。


「坊主を殺したりなんかしないって。俺をはめた奴を殺しちまったんだよ。……傷害致死ってわかるか?」

「たぶんだけど、うっかりして殺しちゃうこと?」

「そうだ。事情を吐かせようとして、もみあって喧嘩してるうちに、たまたま相手を死なせちまったんだ」

「じゃあ、結局なにもわからないままなの?」

「いや。その後に警察に自首して色々調べてもらったから、全部わかってる」

「なんだ。そっか」


 よかったね、と少年がほっと息を吐いた。


「よかねぇよ。どっちを選んでも前科者だぞ」

「でも、懲役十三年のほうは冤罪なんでしょう? だったら、おにいさんがうまく動けば、きっと真犯人を捕まえてもらえるよ」

「はあ?」


 思いがけない言葉に、孝志はうなだれていた顔を上げた。


「いや、だが今見せられた夢の中では、誰にも信じてもらえなかったぞ」

「うん、だから夢なんだよ。言ったでしょう? ふたつの可能性を見せられるって……。ゲームだと考えてみてよ。いくつか選択肢があって、選ぶルートでストーリーが変わっちゃう奴。これもそれと同じなんだよ」

「そうなのか?」

「うん。あらかじめ犯人がわかってるんなら、選べるルートは増えるんじゃない? 無罪になるように頑張ってみたらいいんだよ」


 孝志の隣りにしゃがみ込んだ少年が、「僕も応援するよ」と丸まったままの孝志の背中をポンポンと叩いた。

 少し大人びたその仕草に、孝志は思わず口元を緩める。


「応援するって、具体的にどんな風に?」

「警察に証言してあげる」

「『真夜中の祠』で会って話を聞いたってか? そんな与太話、信じてもらえるわけないだろ。それに、坊主みたいな子供と真夜中に会ってたなんて知られたら、俺の罪状がもうひとつ増える。坊主の親も子供から目を離すなって警察に怒られるぞ」

「あ、それは駄目」

「だろ? ……まあ、色々教えてくれただけでもう充分だ。助かったよ」


 孝志は少年の頭をわしわし撫でてから立ち上がった。


「っと、悪い。血のついた手で撫でちまったな」

「ちゃんと洗ったんだから平気だよ。――これからどうするか決めたの?」

「ああ。……このまま警察に行く」


 あの夢のように信じてもらえずに有罪になってしまうかもしれない。

 だが、本当に人殺しになるよりはマシだ。

 自分を案じてくれる父親の目をまっすぐに見つめ返すことができない生き方はしたくない。


「そっか。おにいさん、頑張ってね」

「おう。坊主も早く家に帰れよ」


 少年と一緒に祠を出て、道が同じだからと途中まで一緒に歩いた。


「じゃあね。応援してるから!」


 分かれ道で少年が大きく手を振って帰って行く。


(あの坊主と会わなかったら、きっとあの夢の通りになってた)


 このまま逃げるのは得策じゃないと警察に出頭した結果、証言をろくにきいてもらえないまま逮捕され起訴、そして有罪に……。

 だが今は違う可能性が少しだが見えている。

 うまく行くかどうか微妙なところだが、無策で飛び込むよりはマシだろう。

 全てあの少年の助言のおかげだった。


 ――頭を垂れるは悪いことばかりではないぞ。


 神さまのそんな言葉を思い出した孝志は、試しに少年の後ろ姿に深く頭を垂れてみた。




 警察に行き、女性の死体を発見したことを報告した。

 夢の中では、はっきりとマンション名を覚えていなかった孝志が警察を案内してもう一度あのマンションに戻っていたのだが、今回は違う。

 マンション名と部屋番号は夢の中で何度か目にして覚えていたので、場所だけ教えて孝志はその場に留まり事情を説明することができた。


「女性の死体を発見した流れを教えてもらえるかな?」


 まっすぐにこちらを見つめて話しかけてくる刑事には見覚えがあった。

 二度目の夢の中で、嵌められた挙げ句に殺人を犯すことになってしまった孝志に、「災難だったな」と同情してくれた刑事だ。

 一度目で見た夢で出会った刑事とは違い、先入観に囚われずきちんと事情を聞いてくれた人だった。


(この人なら大丈夫かもしれない)


 孝志はしっかりと刑事の目を見つめ返して、事情を話した。


「……記憶がない?」

「はい。前後不覚になるほど酒は飲んでいませんでした。不自然だと思うんです。だから、飲み屋でなにか薬を飲まされたんじゃないかと疑ってるんですが……」

「ふむ。今すぐ尿検査をしてみるか」

「お願いします」


 夢の中でも尿検査はされたが、女性の死体が発見されたことですぐに取り調べがはじまり、孝志が刑事に殴りかかったりとごたついたせいで、尿を採取されるのがかなり遅くなってしまったのだ。

 すぐに目が醒めたことから考えても孝志が口にした薬の量は少ないはず。日を跨いだせいで、薬の成分が検出されなかった可能性もある。


(事件当日なら、きっとなにか出るはずだ。……なにか見つけてくれ)


 孝志は一縷の希望をかけて深々と頭を垂れた。

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