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「ここでいいんですか?」
「ええ。ありがとう」
友人の娘から聞いていた場所より少し手前でタクシーを降りる。
強いビル風に、麻美は慌てて持っていたマフラーを首に巻いた。
(多分、ここら辺りだと思うけど……)
ゆっくりと歩きながら真夜中の祠への入り口である灰色の鳥居とやらを捜す。やがてビルとビルの間に小さな灰色の鳥居を見つけて、麻美は驚きと共に立ち止まった。
「本当にあるなんて……」
切羽詰まって都市伝説にすがってはみたものの、半信半疑だった。この道は以前にも何度か通ったことがあるが、こんな鳥居を見かけたことはなかったように思う。不思議に思いながらも鳥居をくぐり、灰色の石畳の上を進む。
進んだその先に、その祠はあった。
「これが真夜中の祠?」
「そうだよ」
きちんと手入れされた瓦屋根の小さな祠をしげしげと眺めながら呟いた独り言に、答える声があった。
振り返ると、小学生ぐらいの男の子が立っている。
(最初の子が生きていたら、これぐらいかしら……)
失った最初の子のことを思って、胸がちくりと痛む。
「坊や、まだ小学生よね? こんな時間にどうしてこんなところにいるの? 親御さんは?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。僕はおねえさんと一緒で、神さまに呼ばれてここにいるみたいなんだ。神さまが守ってくれてるから、危ないことなんてなにもないよ」
「そうなの?」
目の前の子供は、夜の闇に怯える様子もなく堂々と立っている。
麻美のことを、おばさんではなくおねえさんと呼ぶ如才なさも妙に大人びていて、その言葉に信憑性を与えていた。
「うん。大丈夫。――ところでおねえさん、この祠のこと、どれぐらい知ってるの?」
「ちゃんとは知らないわ。友人の娘から、ここに『真夜中の祠』があるらしいって言われて来てみただけだから……。この通りは何度も歩いたことがあるんだけど、こんな祠があるなんて今まで気づかなかったわ」
驚いちゃったと肩をすくめると、少年はにっこり笑った。
「気づくわけないよ。普段はここに祠なんてないんだから」
「……そうなの?」
「うん。僕だって、呼ばれてないときはこの祠に辿り着けないんだ」
「あなたは、どんな風に呼ばれるの?」
「ん~、なんか眠れなくて、外が気になる感じ……かな。それで家を抜け出してここに来ると、必ず『真夜中の祠』を訪ねてきた誰かに会っちゃうんだ。曾お祖父ちゃんからこの祠のこと色々聞いたせいか、神さまから説明係に選ばれちゃったみたい」
「そう」
こんな子供に夜歩きをさせるなんてと、神さまに対して少しだけ苛立ちを感じる。
危険はないのかもしれないが、絶対に寝不足にはなるだろう。この年頃の子供にとって、充分な睡眠は必要不可欠だと言うのに。
「じゃあ聞くけど、ここの神さまが追い詰められている人を助けてくれるって言うのは本当?」
少しでも早くこの子を神さまの用事から解放してあげたくて、麻美はさっそく説明を求めた。
「うん。条件付きだけどね」
「どんな?」
「あのね――」
少年は『真夜中の祠』のことを詳しく話してくれる。
この祠の神さまに真剣な祈りを捧げると、ふたつの道、ふたつの可能性を見せられる。それを見た者は、絶対にそのどちらかの道を選ばなくてはならないと。
「絶対なの?」
「そうだよ。神様の御厚意を無駄にしたら失礼にあたるしょう? 神さまを怒らせちゃうよ。この祠に封じられている神さまは元々が荒魂だから、なるべく刺激しないほうがいいんだ」
「本当に詳しいのね。他になにか注意事項はある?」
「後は、ちゃんと二回お辞儀して二拍手するぐらいかな」
「そう。……ここにはお賽銭箱もないのね」
「お金はいらないみたいだよ。きっと神さまには使い道がないんだ」
「それも曾お祖父さんに聞いたの?」
「ううん、僕の勝手な想像」
少年はちょっと照れ臭そうにもじもじしながら答えた。
麻美は微笑ましくその姿を眺めながら、「ありがとう。もう充分よ」と少年に告げる。
「家にお帰りなさい。少しでも早く寝ないと明日が辛いわよ」
「平気だよ。神さまに呼ばれた翌日は不思議と眠くならないんだ」
「それでも駄目。寝る子は育つって言うでしょう? 風邪引かないように温かくして寝るのよ」
ほらと促すと、少年は渋々ながらも頷いた。
「おねえさん、ちゃんとどっちかの道を選んでね。神さまは夢みたいなものを見せてくれるけど、それは予知夢とかじゃなくてシミュレーションみたいなものだから。夢の中で嫌なことがあっても、おねえさんのその後の努力次第で避けることもできるから。絶対にやけになったりしないでね」
「……神さまの提示する道が気に入らなくて、やけになった人もいたの?」
「うん。何人かいたよ。その後どうなったか僕にはわからないけど、でも間違いなく神さまの怒りに触れたと思う。――おねえさんはいい人みたいだから忠告するんだ。ここの神さまは親切なだけじゃない。気をつけてね」
「わかったわ」
麻美が頷くと、少年の華奢な肩に手を伸ばし、くるっと回れ右させた。そのまま背中をぽんと押すと、少年はやっと歩き出してくれる。
「坊や、おやすみなさい。良い夢を……」
その背中にそっと呟く。
ちょっとこまっしゃくれてはいたけれど優しい子だった。あんな子が自分の子供だったら、どんなに幸せだろう。
「……神さまに聞かなくても、もう答えが出ちゃったみたいね」
鳥居の外に少年の姿が消えるのを見送った麻美は、苦笑しながらもう一度、祠に向き直る。
長年の習慣からか、どうしても気になるので、お財布から小銭を出して祠に供え、少年に言われたようにきちんと二回お辞儀して手を二回叩く。
「神さま、どうか私に道をお示しください」
――そなたの願いをかなえよう。
両手を合わせて祈りを捧げると同時に、どこからか性別不詳の声が聞こえた。
その瞬間、麻美の意識はばっさり刈り取られるように途切れた。
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