6
復讐に失敗したのだと悟った日から、絵里は魂が抜けたような状態になった。
私、なにがしたかったんだろう?
苛められていることを認めて欲しかった。可哀想にと同情されて、自分を苛めた奴らが酷い目に遭うのを見て、指を指してざまあみろと笑ってやりたかった。
その結果が今の状態だ。
苛められていたのは事実で、絵里は嘘なんてついてない。ただ、ちょっと隠していたことがあっただけ。
それなのに、自分がざまあみろと言われる立場になってしまった。
これからどうしたらいいんだろう?
もう学校にはいけない。ネット上に顔写真が出回ってしまっているから外を歩くのも怖い。
だから部屋に閉じこもっていることしかできない。
もしも、この復讐が成功していたらどうなってた?
自分を苛めた奴らを、ざまあみろとあざ笑って、その後はどうしていたのか……。
考えてみたが、答えはでなかった。
学校に戻ったとしても、絵里を無視している友達との仲が元に戻るわけじゃない。クラスカーストトップのグループで、友達と楽しく笑って過ごしていた日々はもう戻ってこない。
むしろ校内の問題を世間に晒し騒ぎを起こした生徒として、当たらず障らずの腫れ物扱いをされるようになるかもしれない。
そんなのちっとも楽しくない。
少し考えればわかることだ。それなのになぜこんなことをしてしまったのか……。
後悔しても時はもう戻らない。ただ、前に進んでいくだけ。
ふとカレンダーを見ると、もう夏休みになっていた。
でも絵里には関係ない。あの学校にはもう二度と行けなくなってしまったのだから……。
そんなある日、母親から荷造りするようにと言われた。
母親の田舎に引っ越して、夏休み明けから向こうの高校に転校することが決まったらしい。
そっか……。離婚するんだ。
真夜中の祠で見た夢を思い出して、絵里は溜め息をつく。
夢の中、母の田舎の人々はみんな素朴で優しかった。転校生の絵里をすんなり受け入れて、なにくれとなく面倒もみてくれた。絵里が彼らを田舎者と馬鹿にするようなことさえ言わなければ、きっとずっと優しいままだっただろう。
でも、今度はそうはいかない。
田舎にも、テレビやネットを通して今回絵里が起こした騒動は伝わっているはずだ。
自分もイジメをしたくせに、苛められた途端被害者ぶって同情を買おうとした卑怯な女の子。絵里に対するそんな世間の評価は、きっと素朴で優しかった彼らの態度も変えてしまう。
――田舎者に気をつかってやることなんてないわ。私は悪くないんだから、毅然としてればいいのよ。
本当にそうだろうか?
後先考えずに行動したことで取り返しのつかない失敗をしてしまった絵里は自問自答した。
もう絵里に逃げ道はないのだ。
毅然としてひとりで過ごしたとして、その孤独に耐えられるのだろうか?
そんなの無理。
苛められていた時、誰も庇ってくれなかった。可哀想にと慰めてくれる人も一緒に怒ってくれる人もいなかった。
絵里はたったひとり、孤独だった。
嫌、嫌だ! 一人は嫌っ!
誰かに声をかけて欲しかった。同情して、慰めて欲しかった。一緒に悩んでくれる友達が欲しかった。
それこそが、絵里の本当の望みだったのだ。
絵里は、やっと自分の本当の望みに気がついた。
そして、その日以来、自分自身を省みるようになった。
『おねえさんって性格悪いよね。傲慢で高飛車、世の中は自分を中心に回ってると思ってるでしょう?』
真夜中の祠で出会った少年の言葉を思い出す。
今のままの自分だったら、きっとまた神さまが見せてくれたあの夢のように失敗する。だから、あの夢の中の自分のどこが悪かったのか、自問自答し続けて、今度こそ間違えないようにしなくては。
もうやり直しはきかないのだから……。
母方の祖父母は、孫のしでかした事件を知って戸惑っているようだったが、それでもやはり優しかった。
「反省したんならそれでいい。大丈夫だ。爺ちゃんがついてる」
「少し痩せたんじゃない? ほら、もっとご飯食べて」
「……うん」
絵里は祖父母に感謝して、出された田舎料理を口にした。
『食卓に肘をつくな。子供じゃないんだから、好き嫌いは無くせ。箸の使い方もおかしいんじゃないか?』
『女の子なんだから下着ぐらいは自分で洗濯してね。それからもう少し家事を手伝ってちょうだい』
神さまに見せられたもうひとつの夢の中、父方の祖父母に言われた言葉も思い出した。
あのときは口うるさいと思っただけだったけれど、よくよく考えれば全てが正しい助言だった。
なるべく背筋を伸ばして座って、ぎこちないながらも箸の使い方を矯正してみる。下着だけは自分で洗濯すると母に言ったら、不経済だからまとめて洗った方がいいのだと言われた。
「その代わり、洗濯物を畳むのを手伝ってくれる?」
「わかった。……他にもなにか手伝えることがあったら言ってね」
素直に頷いた絵里を見て、母が嬉しそうに微笑む。
そして絵里は、そんな母の笑顔をずいぶんと長く見ていなかったことにやっと気づいた。
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