復讐の手段はすでに絵里の手元にあった。

 イジメられる度に、こっそりスマホで録画していたのだ。

 昨今、ネットに動画をアップされて明るみになるいじめ問題が多い。きっと絵里のイジメも同じような経過を辿るはずだ。

 アップされた動画がSNSを経由して広まり、やがて様々なメディアで取り上げられるようになる。

 そうなったらもうこっちのものだ。

 イジメの加害者は、ネット上でその素性を次々に暴かれ、徹底的に晒されることになる。法的には捌かれなくても、ネット上に集う顔の見えない人々によって私刑に遭うのだ。


 ――ざまあみろ。


 仄暗く笑いながら、絵里は動画をネットにアップした。



 効果は絶大だった。

 あっという間に動画は拡散して、騒動は大きくなっていった。

 学校を休むことを許してくれなかった父親も、今では逆に家にいなさいと言うぐらいだ。

 しばらくすると、クラスメイトの誰かが撮影したイジメ動画も拡散されていった。

 動画の中、男子生徒に蹴られた絵里が、転んだ拍子に壁に頭を打ちつけている。そしてそれを笑い飛ばす男子生徒達。

 客観的な視点からの動画は世間の怒りに火をつけた。

 絵里を苛めていた奴らが次々にネットに晒された。ただ、動画に映っているのは実行犯だけだから、最初に無視をはじめたグループがあまりクローズアップされていないことだけは不満だった。


 ――あいつらも酷い目に遭えばいいのに……。


 少し悔しかったが、絵里に暴力をふるったり金を脅し取ったりした奴らが、ネット上で散々に罵られるのが面白かった。


『無抵抗な女子生徒を蹴り飛ばすなんて、こいつ等クズ』『氏ねばいいのに』『イジメかっこわるい』『イジメで人生つんだなw』『この動画に映ってるの、○○中学出身の○○君と○○君でーす』


 名前が特定されると同時に、親の職業や住所までもが晒された。ここまで大騒動になったら、きっと親の仕事にも支障が出るだろうし、本人の大学進学や就職にまで影響が及ぶはずだ。


 ――私をイジメるからいけないのよ。ざまあみろ!


 絵里はネットに流れる情報を貪るように読んで笑い転げた。



 だが、騒動が本格的になって一週間が過ぎた頃、潮目が急に変わった。

 イジメ事件の真実を語りたいと、かつて絵里が仲良くしていたグループの女の子たちがテレビ局の取材を受けたのだ。


【イジメのきっかけを知ってるってホント?】

『本当です。最初にイジメをはじめたのは、――なんです』

『――が、――ちゃんを苛めてたんです』

『だから私達、――と絶交することにしたんですよ』

『――ちゃんがやられたことをそのままやり返してから絶交しようかとも思ったんだけど、――ちゃんが仕返しはしなくていいっていうから……。だから、ただ無視をすることにしたんです』


 顔にはモザイク、声はボイスチェンジャーで変えられていたが、間違いなく、かつて絵里と友達だった女の子たちだった。

 実名を言っているところはピー音で消されているが、誰のことを言っているのかはわかる。

 『――』は絵里、『――ちゃん』は和子わこのことだ。


 なんで今さら……。和子なんてどうだっていいじゃない。


 和子は、クラスカーストトップのグループには似合わない子だった。

 小太りだし平凡な顔立ちで流行にも疎い。鈍臭くて、いつもへらへら馬鹿みたいに笑っている。皆は、その笑顔が可愛いとマスコットのように可愛がっていたけれど、絵里は不満だった。

 和子はクラスカーストトップのグループに混ざっていい子じゃない。あんな鈍臭い子がグループにいたら、グループの格が下がると思った。

 だから、身の程を知れと何度か和子に忠告してやったのだ。

 その結果、皆の為を思ってやったことだったのに、なぜか絵里が無視されるようになった。


【その無視が、――さんへのイジメに発展したと思う?】

『はい。私達の無視は、――がイジメのターゲットにされるきっかけになったと思います。それは悪いとは思うけど……』

『でも、だからって助けてあげようとは思えなかった。――とはもう友達に戻るつもりはないし、それに……自業自得かなって思ってたから……』

【どうして今、インタビューに答えてくれる気になったの?】

『……不公平だと思ったから』

『イジメをしていた人達を庇うつもりはないんです。暴力をふるったりお金を盗ったりするのは犯罪みたいなものだし……。でも、――がイジメの被害者面してるのは違うんじゃないかなって思って……』

『だって、――もイジメをしてたんだから……』


 このインタビューをきっかけに、世間の目は一斉に絵里に向けられるようになった。

 ネット上には名前や顔写真、親の職業や成績まで晒されていく。家にはひっきりなしに悪戯電話がかかってくるし、夜中にゴミを投げ入れられることもあった。


 なんで? なんでこんなことになったの?

 ――私は悪くないのに!

 そうよ。私は悪くない!


 誰か味方になって擁護してくれる人はいないか?

 絵里は必死になってネット上を捜した。


『被害者面して同情を買いたかったってか』『やな女』『苛められても自業自得じゃんw』 


 だが、見つかるのは心無い誹謗中傷ばかり。

 その中でも、ある一文が絵里の心に突き刺さった。


『ねえねえ、自称イジメられっ子さん、今どんな気持ち? w』


「っ、違う! こんなはずじゃない! 私っ、私がっそれを言うはずだったのにっ!」


 自分を馬鹿にした皆を、ざまあみろとあざ笑ってやるつもりだったのに、どうしてこんなことになったのか……。


「こんなの嫌! 戻して! お願い、神さまっ! 元に戻してっ‼」


 どんなに叫んでも、真夜中の祠で体験したように時は戻らない。

 それもそのはず、これは現実なのだから……。


「嫌だっ! イヤ! こんなの嫌っ!」


 絵里はただ泣き叫ぶことしか出来なかった。

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