第10話『特別な一皿』


 気づいた? と彩香が首を傾げた。

 僕は箸を止めた。

「何に?」

「卵焼き。いつもと違うでしょ」

 確かに違う。普段より大きくて大味で、何より量が多い。

 まさか、と思った。

 昨日は唐揚げにエミューの肉が使われていたし、今朝のトーストにはベジマイトが塗られていたっけ。

「ダチョウの卵?」

「正解!」

「彩香……。分かったよ。僕の負け。モーツァルトの家はまた今度にする。ウルルに登って星を見よう」

やった! と彩香が声を弾ませた。

 結婚して三年。少し遅めの新婚旅行の行き先が決まった瞬間だった。

「今日の夜はお祝いね」

 彩香は心底嬉しそうだ。

「楽しみにしてて。特別なお肉を用意するから」

 きっとオージービーフかルーミートだろう。

 実際、勝敗は初めから見えていた。

 前世はアボリジニとまで言い張る彼女のオーストラリア愛に、ただのクラシック好きが抱くオーストリアへの憧れなんかが敵うわけはない。

 僕は笑って、大きな卵焼きを口いっぱいに頬張った。

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『月の文学館』投稿作品集11~20 夕辺歩 @ayumu_yube

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