第2話


警視庁五課では、五課の新しい課長になった太宰が、3年止めていた煙草を吸いながら、見るからに不機嫌そうな顔で座っていた。


「課長、そんな顔しないで。こういうご時世ですから、需要はありますよ。」


そう言った、ちゃんと身なりを整えていればかなりのイケメンなはずの甘粕を横目で見る。


「甘粕、この課はなあ、世間様の声に押されて作ったはいいけど、上は全然乗り気じゃねえのよ?パッとしなきゃ、厄介者の俺と一緒に葬る積りなんだよ。なのに、なんでお前は付いて来ちまうんだ。大体、一課の課長、俺が辞めたらお前って話まで出てたのに、蹴ってきちまうなんてさあ。」


一課とは、捜査一課の事である。

主に殺人事件を捜査する、捜査課の中では、花形的存在だ。

甘粕も所謂キャリアで、公務員試験をパスして入って来たから、順当に行けば、もうとっくに管理官になっているはずなのに、蹴り続けて、太宰の下に居た上、太宰が出るとなったら、付いてきてしまった。


太宰は甘粕の事は格別目をかけていた。

だからこそ、こんな所に付き合って、潰れて欲しくないのである。


「課長、俺は五課みたいな事やりたくて、刑事になったんですよ?プロファイリングしたって、白い目で見られない。気楽でいいじゃないですか。大体、なんで潰れるの前提なんですか。」


甘粕は、大学で犯罪心理学を専攻していた。

その為、捜査一課でも、プロファイリング能力を発揮して、捜査の役に立っていた。

だから、太宰は甘粕に目をかけていたのだが、それを快く思わない者も居た。

捜査は飽くまで足で稼ぐもの、プロファイリングなど、机上の空論に過ぎないという考え方は根強くある。

勿論、甘粕とて、プロファイリングばかりして、足で稼ぐ捜査はしないなんていう事はなかった。

靴をすり減らし、必死に裏付け捜査もしていた。

要するに、いいところ取りのいい刑事なのだ。


「だってさあ。そんな御誂え向きに猟奇殺人事件だの、連続殺人事件だの起きねえじゃん。どこで五課は役立ちますってアピールすりゃいいんだよ。」


「だから今、未解決事件のデータベース掘っくり返してみてるんでしょお?課長も真面目にやってくださいよ。」


「だってさあ…。」


太宰は窓の方を向き、椅子を回転させながら口籠った。


甘粕は情けなさそうに太宰を見つめた。


「ー課長…。また飽きたんですか…。」


「う…。」


太宰は一課にいる当時から、とてもいい上司だった。

上からの圧力から部下を庇って盾となり、自ら走り回って、全力で指揮をとっていた。

誰もがそんな太宰を信頼し、好きだった。


そんな彼は、同じ事をずっとやっていると、突然飽きる。

五課が出来て、4日目。

日がな一日パソコンとにらめっこに飽きたのだという事は、長い付き合いの甘粕には分かった。


2人の様子を見ていた、外部から来た、森霞という学者が笑いだした。


「確かに飽きますよね。そろそろ動きましょうか。この大田区の民家で一家全員惨殺された事件なんかいかがですか。」


その事件は、事件が発生してから、一年が経とうとしているが、未だに解決の糸口すら見えてきていない。

子供も大人も容赦無く、滅多刺しの上、切り刻まれたという表現の方が相応しいほど、酷い殺され方をしていた。

犯人のDNAまで遺留品としてあるというのに、容疑者は全く浮かんできていない。

そこまでの殺し方なのだから、当然怨恨と考えられたが、被害者を恨むような人物は上がってこなかった。


「霞ちゃん、それ解決出来たら、まず潰れねえよ、うち。」


「でしょう?一石二鳥ですね。」


「じゃ、どっから手をつける?」


太宰が張り切りだした所で、電話が鳴った。


「何だよ、乗ってきたっつーのに。はいはい、五課だ。」


太宰が出ると、来客を告げる用件だった。


「客?誰?」


「えー、品川区大井管内の派出所勤務、夏目達也24歳だそうです。」


「用件は?」


「えー、連続して、森川中学校関係者が亡くなっており、他殺ではないかと思う節あり。相談に乗って頂きたいとの事であります。」


「森川中学校…。品川区大井…。そういや、最近しょっ中ニュースで見かけるな…。いいよ。通して。」




きちんとスーツを着て来た夏目は、時間を割いてもらった礼を述べると、主観を交えず、事実だけをまとめて、プリントアウトしたものを3人に渡しつつ、説明した。


説明が一通り終わると、霞が興味深気に夏目を見つめて聞いた。


「福井悠斗という少年が怪しいと思ったのは、原田美咲さんの遺体発見時に、遺書は落ちて居なかった事や、夏目さんが到着してから、人工呼吸を始めた様子。死ぬと宣言してきたメールとやらを誰も見ていないなどからとおっしゃいましたが、他にもなにかあるのでは?感覚的な事で構いませんので、教えて下さい。」


「ー自分を馬鹿にしてヘラヘラ笑ってる位なら、なんだこのクソガキで済むんですが、原田美咲の遺体の人工呼吸を必死にやっていながら、携帯見せてくれと言ったら、しばらく考えた後、酷く冷たいというか、感情が無いような無表情で、携帯が血で汚れるから、後にしてくれと言ったんです。携帯が汚れるのは嫌で、自分が血だらけになって人工呼吸するのは苦ではないというのは、理解できませんでしたが、携帯が汚れるのが嫌の方が本音に思えました。そう考えると、人工呼吸は演技としか思えません。事実、その話になってから、彼は人工呼吸を止め、所轄の車や救急車が到着してから、人工呼吸を再開したんです。」


「なるほどね…。よく見てらっしゃるわ。他には?」


「どうも交番の巡査に捜査権は無いと知っているのか、更に馬鹿にした態度で笑ったので、脅しをかけてみたんです。3ヶ月したら、自動的に刑事になるし、自分は子供だからって甘い顔はしない。子供だからまさかとも思わないと。福井は怒った様な顔をして、走り去りました。何もやっていなければ、そんな反応はしないのではないかと思いました。あとは…、何て言えばいいのかな…。本当に感覚的もいいところなんですが、目が子供じゃないんです。他の子とは、全く違うものを見てきたような目をしてると思いました…。」


霞より先に、太宰が目を輝かせて答えた。


「いや!君は刑事のいい目を持ってる!今、後3ヶ月でと言ったな?大学出なの?」


「はい。」


「上目指してるとか、希望の課なんかはあるの?」


「希望の課に入れるようにと思い、公務員試験を受けてきました。よって、上を目指してるわけではありません。希望の課は、一課か五課です。」


「なら、明日から来なさい!あと3ヶ月はなんとかしといてあげるから!」


「え…。」


そんな例外が適用されるのかと、夏目が戸惑っていると、甘粕が笑い出し、夏目の肩を叩いた。


「俺も巡査時代に課長にヘッドハンティングされたんだ。課長は、刑事部長に顔が効くらしくて、研修って名目で、なんとかしてくれた。大丈夫だと思うぜ?」


「ん。大船に乗った気で大丈夫だから。なにせ、君は一番の事情通。それに、霞ちゃん、見込みあんだろ?こいつ。」


「はい。ありますね。」


「甘粕はどう?」


「いいと思います。一見バラバラで、事故、自殺で片付けた方が楽なのに、疑問点があれば、とことん調べる姿勢。好きですね。


「つー事で決まり。じゃ、早速調べに入ろう。動物の殺しは森川小学校の鶏と福井悠斗宅の隣家だったな。そこから聞き込みと調査に入ろう。じゃ、甘粕。」


「では、二手に分かれましょうか。俺と夏目で二件の動物殺し、安田裕翔君失踪事件、2人いっぺんにトラックに轢かれて事故死とされた子達が、福井と関わりがあるとすれば、小学校時代だろうから、動物の件と一緒に聞き込み及び調査。ここまで俺達で、後の2件を霞さんと課長でお願いします。」


「ん。じゃ、行こうか。」










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