第47話
京極が迎えに来て、鸞は先に行き、暫くしてから龍介と亀一、瑠璃も龍彦としずかに付き添われて1週間のフランス旅行に旅立った。
そしてドゴール空港に着くなり、龍介は真っ青。亀一は真っ赤になって怒り狂い、瑠璃はきゃあきゃあ言いだし、寅彦は苦笑する事態に陥った。
何故か。
遂に龍介が知らなかった、龍彦の18禁男、ハレンチぶりが白日の下に晒されたからである。
外国だから、目立たないと言えばそうかもしれないが、龍彦はずっとしずかの肩を抱いたり腰に手を回しと、くっ付いている上、ちゅだの、ちゅー!だの、ちゅーちゅーちゅー!!!だの、何かにつけやっている。
「こ、これか…。お父さんがハレンチとか、18禁男っていうのは…。」
京極が用意してくれた車の運転席に乗り込むなり、またちゅ!としている龍彦に、龍介がやっとの思いで言うと、ニカっと笑って振り返った。
「びっくりしたあ?龍介。うちでやると、お義父さんが怒るからさあ。」
「だだだだだ大丈夫…。」
全然大丈夫でなさそうなのだが、必死にそう言う龍介が痛々しい。
龍介としては、ずっと離れ離れだったのだから、これ位許してやりたいという気持ちがあり、文句は言いたくない。
しかし、目の前でやられると、どうしたらいいのか分からないし、あまりに刺激が強すぎる。
処理し切れない状態に陥り、龍介はフランスに来た早々、知恵熱を出して寝込んでしまった。
瑠璃はそこで考えた。
今回のフランス旅行、実はフランスそのものに興味があった訳でも無いのに、わざわざ来たのは、一重に龍介が行くからである。
龍介が寝込んで動けないのに、観光に連れて行って貰ってもつまらない。
しずかを残して、龍彦だけで子供たちを連れて歩かせるのも、こんなべったりの2人を引き裂く様で、可哀想だし。
という訳で、残って龍介の看病をするという事を思いついた。
「わっ、私残って、加納君の看病してるから、行って来て下さい。」
勇気を振り絞って言ったのに、常日頃から応援してくれていたはずの亀一が、いきなり全否定して来た。
「駄目だあ!俺が残る!」
「な…、なんで?長岡君、今まで味方してくれてたじゃない…。」
「唐沢!俺はもう龍のつがいはどうでもいいんだあ!」
「そんな勝手なあ~!」
「龍も居ねえのに、しずかちゃんと、このスケベ親父にくっ付いて観光なんか出来るかあ!」
しずかが苦笑しながら言った。
「じゃあ、きいっちゃんと瑠璃ちゃん、2人で残ってくれる?私達は寅ちゃんと鸞ちゃんと4人で観光してきます。」
そういう訳で、着いてからずっと機嫌がメガMAXに悪い亀一と2人で、龍介の側に座った。
しかし亀一はイライラしているだけで、なんの世話もしない。
小難しそうな本を1、2行読んでは止めて、不機嫌そうな顔で龍介を見ている。
ー全くもう…。おば様に私もって言って貰って良かった。長岡君、何もしないじゃない…。
瑠璃はこまめに氷枕を変えてやったり、汗をかいていないかチェックして、温度調節してやったりと甲斐甲斐しく世話をやいていた。
ーもしかしておば様は、長岡君が全く役に立たないの、予想してらしたのかしら?長い付き合いだし…。
そんな気もする。
土台亀一はあまり器用な方では無い。
1つの事で悩むと頭全体を覆ってしまい、それしか考えられなくなる。
ーまあ、仕方ないか…。おば様に本気だったんですものね…。
龍介が薄目を開けた。
「唐沢だったのか…。ありがとう…。」
「ううん。具合はどう?おば様がおじや作って置いてくださったよ?食べてみる?」
ここは京極の広~いマンションなので、勿論煮炊きも可能だ。
勿論宿代無し。
「ーうん…。」
「じゃ、ちょっと待っててね。あっためて来るから。」
いそいそとキッチンへ向かう瑠璃の後ろ姿を見た後、不機嫌全開の亀一が目に入り、ギョッとする。
「き、きいっちゃん…。どしたんだよ…。観光行かなかったのか…。」
「あんなハレンチなドスケベオヤジと、パリなんか歩けるかあ!」
「ご、ごめん…。」
「なんで龍が謝るんだよ…。それが原因で熱出したくせに…。」
「いやまあ…。いいんじゃねえの…。アレは…。お父さんは正直な人だから…。」
「正直過ぎだってえの!」
瑠璃が戻って来た。
「長岡君!病人に怒鳴らないで!」
キリッとした迫力に思わず黙ってしまった亀一を見て、龍介が笑う。
「でも、おじさまは、心からおば様の事愛してらして、可愛くて堪らないって感じがとってもするよね。」
亀一は憮然としてしまったが、龍介は微笑んだ。
「そうなんだ。2人共幸せそうだから…。」
そして、急激に熱が上がって来たのか、顔色がおかしくなり、龍介は少し食べて、もう入らないと言って横になってしまった。
「お熱測りましょ?」
ピピッと鳴って、8度5分。
亀一が不機嫌そうに言う。
「思い出すだけで被害が出てんじゃねえかよ。」
「まだ高いね。寒くなあい?」
布団をかけつつ聞くと、トロンとした目で答える。
「うん…。」
ーはああ!加納君かわいい!
亀一が吹き出すので、ギロリと睨む瑠璃だったが、既にデレデレの顔になっているので、あまり迫力は無い。
程なく龍介は眠ってしまった。
ーうう~ん!寝顔も可愛いわああ~!こんな可愛い寝顔見た事無いわよお~!
見惚れていたら、また亀一に笑われた。
昼近くになって、龍彦としずかだけ帰って来た。
「龍介どう?」
心配しきりといった様子の龍彦が顔を覗かせ、瑠璃が説明すると、龍彦は龍介の額に手を当て、顔を見つめた。
しずかが苦笑している。
「まったくもう。心配し過ぎて、観光どころじゃないの。ここは鸞ちゃんの庭みたいなもんだし、やっちゃんもほったらかしておいていいって言うから、寅ちゃんと2人で置いて戻って来ちゃった。お昼ごはん買って来たから、向こうで食べましょ?」
やっちゃんとは、京極の事である。
従兄なので、しずかだけは、そう呼んでいるらしい。
呉々も、ヤクザのヤッチャンでは無い。念の為。
結局龍彦は食欲が無いと言い、龍介の側から離れないので、3人でダイニングでフランスのお惣菜という大変美味な昼食を摂っていると、マンションの鍵が開き、京極が帰って来た。
「ああ~、やべ。」
これが第一声。
しかしこの京極という男、顔は文句無しでいいが、声が悪すぎる。
ガラガラもいいところ。
しかも酒ヤケ、タバコヤケしているのか、本当に酷い声である。
「どしたの?やっちゃん。」
食卓の椅子にドサリと座りながら既に出していたゴロワースという、フランスのメンソールタバコに火を点けて、チラッと子ども達を見た。
「しずかちゃん。」
「なあに?」
「うちの鸞は、まさしく、俺が仕事しながら育てたから、俺達の仕事は知ってっけど、この子達はなんも知らねえんだろ?。」
亀一の刺す様な視線を懸命に避けながら、しずかが頷くと、京極は微笑んで、亀一を見つめた。
「信用されてねえ訳じゃねえんだよ。知らねえ方が幸せって事は実際あんの。知って不幸にならねえ年になったら、否が応でも教える。OK?。」
なんだか、妙に説得力があるのは、この悲しい、海の底の様な美し過ぎる目のせいなのだろうか。
「ーはい…。」
という訳で、2人はヒソヒソ話し、龍彦も呼んで、またヒソヒソと話し始めた。
だが、龍彦は唸りっぱなしだ。
その内、京極の笑いを含んだ声が聞こえだす。
「いいじゃねえかよ。寅は鸞の婿になんだろ?」
「そういう問題じゃないっつーの!未だ早い!本部長としても、普通の大人としても認めない!んな言うなら、局長に聞いてみろよ!絶対ダメだっつーぞ!」
「ーまあ、理路整然と、静か〜にお説教くらうだろうな。」
「分かってんじゃねえかっ。」
「んじゃあ、今回のヤマどうすんだよ。」
「ー致し方ない…。俺が手伝う。」
「電子ロックどうすんだよ。」
「しずか、やって。」
今度はしずかが真っ青になっている。
「わ、私!?出来ない事はないかもしれないけど、すっごく遅いよ!?」
「最悪ぶっ壊したっていい!兎も角大人だけ!いいか、京極!」
「しょうがねえな。派手に行くぜ。」
なんだか、逆に京極は嬉しそうになっている。
「お前と仕事か…。始まる前から疲れて来るな…。」
なんだか全然分からないが、まるでルパン三世の世界の様な会話だ。
電子ロックとかなんとか…。
寅彦が欲しいという事は、パソコンオタクが欲しいという事なのだろうが、京極が何故欲する立場にあるのかからして分からないので、全く想像がつかない。
子ども達の方に振り返った龍彦は、既に疲れた様な顔になって、微笑んだ。
「ごめんね。ちょっと仕事行ってきます。子ども達だけになっちゃうけど、いい子にしててね。
瑠璃ちゃん、申し訳ないんだけど、引き続き、龍介お願いします。
今夜中には終わらせて帰って来るからね…。」
寅彦と鸞が、仲良くデートから帰って来た夕方近く、龍介の熱は下がっており、シャワー浴びたてで濡れた髪を、瑠璃がにやけまくった崩れ切った顔で乾かしてやっていた。
「鸞ちゃん、京極さんの仕事って…。」
亀一が恐る恐る聞くと、鸞はにっこり微笑んだ。
「外交官よ。ほら、日本人観光客とか、トラブルに巻き込まれたりするでしょう?ああいう時、助けてあげたりする係なの。」
かなり当たり障りない感じだが、全て知っているらしい鸞も口を割りそうにないので、諦めるより他なさそうだ。
「きいっちゃん、その時が来たら、全部教えて貰えるって言われたろ?」
龍介にも、ジト目で注意され、珍しく引き下がる亀一。
「うーん、でも、なんか暇だな。それに夕飯どうすんだ。」
すると寅彦が、帰ってきた時に抱えていた、大きな紙袋2つをテーブルの上に置き、鸞がにこやかに答えた。
「お父さんから連絡受けて、外にご招待するか迷ったんだけど、折角だから、私が作ろうと思って。
寅も、私の手料理食べてみたいって言うし。」
その瞬間、第2の衝撃が広がった。
「寅!?」
「そう。私達、お付き合いする事になったの。ねー。」
鸞が寅彦と腕を組み、そう言うと、寅彦も赤い顔で、コクリと頷いた。
「お付き合い!?寅まで変態に!?」
そう言ったのは、当然龍介である。
亀一は心底嫌そうな顔をし、瑠璃は悲しそうに目を伏せている。
「龍!お前はいいから黙っとけ!寅が変態なら、おめーのスケベ親父はどうなるんだ!性犯罪者か!」
「ご…ごめん…。女の人方も好きなら、変態じゃねえんだな…。」
「そうだ!しかし、それは良かったのう、寅。」
亀一のニヤニヤ顔に、仏頂面で睨み付ける寅彦だったが、真っ赤な顔なので、あまり迫力は無い。
男共はキッチンから追い出され、いい匂いを嗅ぎながら呼ばれるのを待っていた訳だが、しかしこの鸞の手料理が、本日3番目の衝撃を呼ぶとは、思いもしなかった。
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