第46話
ヤモリは胸を張って、なんだか偉そうに話し始めた。
「ワシがここを見つけたのは、今から70年前の事じゃ。
当時お主ら位の年だったワシは、この異世界に入り込んでしまい、暫くは泣いておった。
しかし、ここは望めばなんでも手に入る事に気が付いた。
白い米が食いたいと言えば出てくる。
洋風の部屋が欲しいと言えば出来てそこにある。
ヤモリになりたいと言えばなれる。
そして、年も取らん。
だから死なぬ。
それ以来、時々扉を出しては、仲間を集めて、暮らしておったのじゃ。
ここは天国じゃぞ。
欲しい物はなんでも出てきて、なりたい自分に難なくなれるのじゃ。
その上、美しいままじゃ。
そなたも、その子も美しいまま永遠に過ごして行けるのじゃぞ?」
そう言って、龍介と鸞を見ている。
続いて女が話し始めた。
「私がここに来たのは、30年前よ。もう年を取って、すっかりおばあちゃんになってしまって、美人だった昔の面影なんか無くなってしまってたの。
でも主様に教えて頂いて、1番美しかった頃に戻れて、こうして幸せに暮らしているの。」
男が笑った。
「でも君は一度下界に戻ったじゃないか。」
「あれは、最近のお化粧道具はどうなっているのか知りたかったのよ。つい手に取ってそのまま店を出てしまって、万引きと間違えられた時にはどうなるかと思ったわ。もう懲りました。下界には戻りません。」
だが、5人の顔は、期待に満ちた顔にも、嬉しそうな顔にもならなかった。
寧ろ不愉快そうになっている。
中でも一際不愉快そうな龍介が、亀一に聞いた。
「きいっちゃん、つまり何?ここはどういう世界な訳?」
「うーん…。欲しいと思う物が何の工程も必要無く出て来て、時間軸も完全に狂ってて、人間の思い通り…。所謂、四次元空間じゃねえかな。」
「四次元空間ね…。それで不思議のアリス系に不気味なのか。」
ヤモリは腕っ節が強く、美少年の龍介をかなり強く仲間にしたい様で、不気味と言われた事にも腹を立てず、更に言った。
「どうじゃ。ここに住まぬか。なりたい自分になれて、欲しい物が全て手に入るのじゃぞ?子供にとって、こんな魅力的な世界はあるまい?」
龍介はヤモリをギロリと睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「俺は嫌だ。」
「な、何を言う…。」
ヤモリ達はひどく驚いた様子でたじろいだ。
「なりたい自分も、欲しいもんも、自分で努力して手に入れるから価値があるんだ。
時間や人間の理を捻じ曲げて、ポンと手に入ったって、それには何の価値もねえし、面白くもなんともない。
努力して、頑張って、手に入れたから嬉しいんだ。
だからあんた達は気味が悪いんだよ。
年取って、変わっていくのの何が悪い。
俺はこの先も時間の流れと一緒に成長して、夏目さんみたくなるんだ。自分の力でな!」
亀一は龍介の言う事は尤もだと思ったし、自分もそう思う。
多分、他の3人もそう思っている様で、頷いている。
しかし、龍介の発言の最後の部分に衝撃を受けていた。
ー龍は夏目兄貴みてえになりたかったのか!?マジで!?あんな鬼みてえな人になりてえの!?嘘お!
亀一の衝撃には気付かず、龍介の発言は続く。
「俺はこんな世界大嫌いだ!
お前ら甘ったれてんじゃねえよ!
それこそ、何が楽しくて生きてんだ!
努力もしないで手に入れたもんになんか、なんの価値も無えんだ!
こんな世界、なんの価値も無い!無い方がいい!」
その途端、急激に部屋の中が歪み始めた。
扉が失くなる時のような、あの変な歪み方だ。
「なんという事を~!それを子供が言うかあ~!」
ヤモリは断末魔の悲鳴のようにそう叫び、他の者達も皆、這いつくばって、苦しみ始めた。
そして、全員、急速に年を取って行き、見た事もない様な皺くちゃの老人になっていくと、今度は髪や肉が落ち始めた。
あまりの気持ち悪さに、龍介と寅彦は女の子達を抱えて、見せない様にした。
ヤモリ達はそのまま骨になって、ガチャガチャいいながら倒れていった。
どうも四次元の効能を龍介の発言で失くしてしまったらしい。
元々あった四次元空間と、それに依存し、享受する人間とで出来上がっていた異世界空間を、全否定したからなのか。
四次元の効能が失くなると、生きてきた年数分の年を一気に取る事になるようだ。
それと同時に空間の歪みはもっと酷くなり、立って居られない程になると、ここに入って来た時の、吸い込まれる感覚とは逆の、強風で吐き出される様な強い力で押された。
寅彦は鸞を庇う様に抱き抱え、龍介も瑠璃を抱き抱え、されるがままに吹き飛ばされ、転がった先は、あの扉があった所だった。
「龍ー!!!」
竜朗が殆ど泣き叫んでいる。
「爺ちゃん?」
「もうどうしようかと思ってたトコだぜえ!」
瑠璃を離すと、苺が龍介に抱きついてきた。
「苺?」
「心配だから来ちゃったのよ。にいにの発信器が消えちゃったって、大きいにいにが泣いちゃったから。」
「お父さん泣いちゃったの…?」
龍彦、真っ青になって全否定。
「泣いてねえ!泣いてねえよ!?」
龍介は少し笑うと、苺の頭を撫でた。
「ありがとう…ございます。」
苺に言ったのか、心配して来てくれている大人達に言ったのかは、定かでないが、多分龍彦にの様な気がした。
「ねえ、にいに。四次元だった?」
「みてえだな。気味の悪いトコだったぜ?」
「苺が言ったのよ。四次元じゃないかなって。」
「へえー。凄えじゃん。」
「ああ…。でも良かった…。」
そう呟く龍彦の目には、やはり涙の粒があった。
「ごめんなさい。ご心配おかけしました。」
真行寺が意地悪く微笑んで、龍彦を見ている。
「子を持って知る親の恩だなあ!龍彦!」
「す、すみません…。」
龍彦も真行寺に、相当な迷惑と心配をかけていたようだ。
「しかし、龍は四次元空間まで正論で吹き飛ばしちまうんだから、凄えよな。」
翌日の朝の電車で寅彦が言うと、亀一が笑って頷いた。
「全くだ。夏目兄貴になりてえってのは衝撃だったけどな。」
苦笑しながら頷く寅彦に鸞が聞いた。
「どなたなの?夏目兄貴って。」
「龍の剣道の兄弟子だよ。すっげえ怖えの。
子供嫌いなのか、いい意味でも悪い意味でも、子供扱いってしてくれない。
まあ、意外と凄え過保護な所見ると、本当は心配性で、優しい人なのかなとは思うけど…。
ああいう風に、怖い大人になりてえの?龍。」
「夏目さんはまあ、確かにおっかない人ではあるけど、あの人かっこいいんだよ。
言葉数少ねえけど、いつもちゃんと周りの人の事見てて、それとなく優しくする。
美雨ちゃんが具合悪いのだって、誰よりも早く気がついて、ささっと寝かせたり。
俺がちょっとでも悩んでると、なんかあったのかって直ぐ聞いてくれるし。
ああいう風に、周りの事全部見てて判断したり、受け入れられる器を持った男になりてえなと…。」
鸞が微笑んだ。
「それなら加納君はもうなってるような気がするけど?」
「いや、足りませんね。」
瑠璃が微かに頷き、笑ってしまう亀一と寅彦。
確かに瑠璃の気持ちには全く気付いてくれていない。
「なあに?」
鸞が寅彦にくっ付いて聞いている。
2人の距離は昨日の一件でかなり近付けた様だ。
「吊り橋効果かね。」
亀一が龍介と瑠璃にそっと言った。
「吊り橋効果ってなんじゃい。」
龍介が聞くと、瑠璃が説明。
「一緒に恐怖体験すると、そのドキドキが恋と同じドキドキなので、恋が芽生える可能性もあるというお話よ。
でも、加来君、一生懸命鸞ちゃん庇って、守ってくれてたしね、私の事も。かっこ良かったもん。」
「それは良かった。」
そう言う龍介は、多分、根本的には分かって居ないので、瑠璃は悲しそうに目を伏せた。
「そ、そういや夏目兄貴は今年で大学生も終わりだろ?就職活動してんのか。」
亀一は精一杯、全力で話を逸らした。
「警視庁に入るんだって。だから、国家公務員試験だかなんだかを受けるらしいよ。勉強でストレス溜まって、煙草が増えてるって、美雨ちゃんが心配してた。」
「勉強…。確かにあの人が勉強ってピンと来ねえな…。」
「でも、あの人頭いいんだぜ?本当だったら、東大入れてたんだから。」
「確かW大だったよな。なんで?」
「東大の試験日の前日、人生初の酷い風邪ひいて、病院行った帰り道、近所の池で猫が騒いでたんだと。
何かと思って見たら、子猫が溺れてて、親猫が騒いでたと。
夏目さんは見過ごせず、子猫を助けたはいいものの、熱でぼーっとなってたせいか、足を滑らして池にぼっちゃん。
全身ずぶ濡れ状態で、この冬1番の寒さって中を帰って来たら、肺炎起こして、試験も受けられなかったと。」
「人生の厄日がいっぺんにやって来た様な日だな、それ…。」
「本人もそう言ってた。」
寅彦と話していた鸞が急にこっちを向いた。
「ねえねえ、夏休み、みんなもフランスに遊びに来ない?寅彦君は来るって。」
ー寅彦君!?
フランスへのお誘いより、いきなりの距離の縮まり方の方に、3人して驚いてしまったが、亀一が一早く乗った。
「それいいな!そうしようぜ、龍!」
「なんだ、随分乗り気だな。あんたフランス車もフランス人も嫌いじゃなかったか?
ピエール先生と険悪ムードのままなのに、大丈夫なのか。」
ピエール先生とは、3人のフランス語の先生の事だ。
「だってほら。考えてみろ、龍。妙なトラブルに巻き込まれる様になったの、佐々木と付き合うようになってからじゃねえかよ。」
寅彦も思い出した様子で頷く。
「そういやそうだな…。加納先生の仰る通り、確かに佐々木は鬼門なのかもしれねえな。」
「そう。アイツ、大凶男なんだよ。考えてもみろ。中学入って、全然会わなくなったら、なんも起きなかったじゃん。昨日まで。」
「まあ、そうかもな。」
龍介が同意すると、更に言う。
「中学行ったら、仲良い奴も出来て、朱雀と4人位で楽しくやってるっていう話だし、下手に夏休みだからって会わねえ方がいいぜ?」
「佐々木避ける為に、フランス行くのか?なんか納得行かねえな。」
「お前、佐々木嫌いじゃねえかよ。」
「いや、嫌いだけど、あからさまに仲間外れにしようぜみたいなのって、なんか気分悪いっつってんだよ。」
「けど、いい年して、また去年の夏休みみてえなドタバタは嫌だっつーんだよ。」
龍介は、ジロリと亀一を見た。
「きいっちゃん、あんた、自分のせいは全く無えと思ってんのか。」
「う…。」
「確かに佐々木はトラブルメーカーだが、そのきっかけを作ってんのは、いつもあんただぜ?」
「う…。」
「まあ佐々木は別として、海外旅行ってした事無えし、フランスなら行ってみたい気はしてたので、行っていいか聞いてみる。」
帰宅して竜朗に聞くと、2つ返事でOKをくれた上、ある提案をして来た。
「どうせなら、たっちゃんとしずかちゃんと3人で行って来な。ここじゃ親子水入らずって訳には行かねえからさ。」
「でも大丈夫?苺と蜜柑…。特に蜜柑…。」
竜朗の眉間に皺が寄る。
「首に縄でもつけて、ポチにくっ付けとくぜ…。」
確かにポチは大型犬だから、同い年の子よりも小さい蜜柑では、引っ張れないだろうが…。
ー大丈夫なんだろうか…。なんか不安だ…。
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