第45話
龍介達が親に連絡をしようとしていると、ギュンという音と共に、再び扉が現れた。
ドアノブにそっと手をかけてみると、今度は難なく回った。
「きいっちゃん、俺、入ってみる。」
「誰か呼んでからにしようぜ、龍。」
「でも、この扉、今度いつ出て来るか分かんねえじゃん。多少の装備は持ってる。寅1人じゃ大変だ。」
言いながら龍介は扉を開けてしまった。
それと同時に吸い込まれる龍介。
「ああ!もう!」
亀一もやけの様に龍介に掴まり、一緒に吸い込まれ、扉はまた消えた。
その頃、寅彦達は長い長い落下の後、ボヨンボヨンの柔らかい物の上に落ちていた。
眼鏡をかけ直し、2人の女の子に声をかける。
「大丈夫か。」
鸞が泣き出しそうな顔で言った。
「ごめんなさい…。私があんな扉開けたから…。」
「いや、俺も開けると思う。」
「私も。」
2人にそう言って貰い、鸞がまた謝ったところで、3人は自分達の下のボヨンボヨンした物が、無機物的な物でないような不安を薄っすらと感じ始めた。
丸で呼吸の様に、上下にゆっくり動いているし、生暖かいし…。
「あ、あれ…、もしかして足では…。」
瑠璃が指差した方向を見ると、大きな山の様なボヨンボヨンの向こうに、毛深い男の大きな太い足の様な物が見えた。
「そっと降りよう…。」
寅彦が女の子達の手を引き、まさに抜き足差し足で歩き始めた途端、ボヨンボヨンが大きく動き出した。
「誰だあー?」
ボヨンボヨンの正体は、やはり大きな人間の形をした男だった。
野太い声でそう言いながら起き上がってきているから堪らない。
寅彦達は必然的に転がり落ちた。
思わず鸞だけを抱えて庇ってしまい、瑠璃はべっターンと床に落ちている。
「ごめん!唐沢、大丈夫か!?」
「いだだだ…。大丈夫よ…。」
ボヨンボヨンの男の手が瑠璃に伸びて来た。
寅彦は瑠璃の手を掴み、自分の方へ引き寄せ、鸞と一緒に後ろ手に抱えると、ポケットから出したパタパタ竹刀で男の手をこれでもかという程打った。
「痛い!痛いよお!何するんだよお!」
男が怒り狂った様子で暴れ出したので、寅彦は1番近くにあった小さな扉に女の子達を入れ、自分も入った。
取り敢えず、この大きさなら、あの男は入って来ない。
寅彦が屈まなければ入れなかった小さな扉の奥は部屋になっている様だ。
寅彦が顔を上げると、ゴンという音と共に、天井に頭を打った。
瑠璃達は大丈夫な様だが、それでも天井スレスレに頭がある。
寅彦は165センチあるが、女の子達は150センチくらいしかない。
それで女の子達の頭スレスレの天井という事は、天井までの高さは150センチしかないという事になる。
「加来君、大丈夫?天井が凄く低いお部屋みたいね。」
鸞に心配されて、天にも昇る心地だが、そんな気分に浸っている場合ではない。
部屋の奥にはテーブルがあり、うさぎや亀、それにやたら大きいヤモリと、ヨーロッパの16世紀の貴族の様な格好をした、不自然で気味が悪い感じで美しい男と女が日本茶とお煎餅でティーパーティー風な事をしていた。
寅彦達に気付いて、全員がこっちを見ている。
声変わりの途中の様な、おかしな声で男が言った。
「おや、久しぶりだね。人間の子供だ。中学生位かな。」
3人とも返事はせず、固まっていた。
ここはどこなのか、どういう世界なのか、帰り道はあるのか、疑問が山ほどあり過ぎて、頭の整理がつかないのだ。
すると、巨大なヤモリが瑠璃を見て、ニヤニヤといやらしく笑った。
「あの時の娘ではないか。久しいのう。」
「ひっ!ま、まさか、あなたは私をお風呂で見ていたドスケベヤモリ!?」
「ドスケベとは失礼な事を申す娘じゃ。まあ、将来が楽しみじゃのう…。うふふふ…。」
「いやああー!やっぱりドスケベじゃないのよおおー!」
「ホントだな!龍の言ってた通りスケベなヤモリだぜ!」
女が眉をひそめ、やはり子供の様な妙に甲高い声で言った。
「この方はここの主様なのですよ!失礼ではありませんか!」
寅彦が女の子2人を庇う様に隠し、身構えながら聞いた。
「帰りたいんです。帰り道を教えて下さい。ヤモリさんが南国の無人島に来たんなら、あそこには必ず出口があるんでしょう?最悪あそこでもいい。外へ出して下さい。」
ヤモリが意地悪く笑った。
「それは出来んな。ワシの用が無い限り、ここの扉は下界には開かん。まあゆっくりしていけ。その内帰りたくなくなるわい。」
うさぎや亀まで不気味に笑って、3人をテーブルに招き寄せている。
可愛い物では全く無く、寧ろ酷く不気味なので、座るのも躊躇われたが、鸞が寅彦を心配そうに見ながら言った。
「でも加来君はその体勢は辛いわ。取り敢えず座らせて頂きましょう。」
3人が固まって座ると、女がお茶を勧めて来たが、とても飲む気にはなれない。
すると女は、口の端を歪める様にして笑った。
「大丈夫よ。毒なんか入ってないわ。みんなね、元は普通の、あなた達と同じ人間だったの。だから大丈夫よ。あなた達が飲み食いしたって。」
「ーでは何故そういう形に?」
鸞が聞くと、ヤモリが誇らしげに答えた。
「ここはな、なりたい物になれるんじゃ。ワシはヤモリ。こいつは亀。この子はうさぎ。この男と女は子供になりたいと言うてな。さっきお前達が会ったでっかいのは、大きな子供になって、毎日ゲームをしてお菓子が食べたいんだそうだ。そして、なりたいものになった暁には、そのまま永遠に居られるんじゃ。」
寅彦が薄気味悪そうに言った。
「つまり不老不死って事かよ。だからあんた達みんな不気味なんだな。」
「なんだとお!?」
ヤモリを始め、全員が立ち上がって怒りだした。
身の危険を感じる様な怒り方に、寅彦は咄嗟にテーブルをひっくり返して投げつけ、2人の手を引いて、部屋の奥の先の扉に走った。
そのドアを開け、2人を出し、急いで扉を閉めると、ヤモリ達はそれ以上追って来なかった。
「なんだろうな…。なんで追って来ねえのかな…。」
鸞が寅彦のポロシャツの袖を引っ張った。
「あ、アレが原因じゃないかしら…。」
鸞の指差す物を見て、寅彦は我が目を疑った。
龍介は真っ逆さまに落ちながら、ロープを投げ、金具を壁に引っ掛けてぶら下がると、後から落ちてきた亀一の手を掴み、一緒にロープに摑まらせ、壁と下を見ながらゆっくり降りて行った。
壁はレンガの様だ。
そこら中がデコボコしているお陰で、ロープの金具も上手く嵌ったらしい。
下には大広間の様な、変な空間が見える。
テレビや昔のファミコンらしき物もあり、丁度しずか達の年代の子供時代のような雰囲気だ。
お菓子も散らかっているが、どれもこれもレトロなパッケージで、知らないお菓子ばかりである。
その広間を、何か大きな物が足音を轟かせて、手を抑えながらブツブツ言って歩き回っている。
「チキショー!あの子供めー!ぶん殴ってやるぞお!」
龍介と亀一は顔を見合わせた。
「子供って寅の事かね?きいっちゃん。」
「じゃねえのか?つーか、あのデカブツはなんだよ。えらい太った中年みてえな気色悪いガキはあ!」
「知らねえよ、んな事。取り敢えず、奴が言っている子供ってのが寅なら、あいつらはここ通ったって事だろ?」
「降りんのかよ…。龍…。」
「降りるしかねえだろ。」
龍介達が降り立つと、でっかいオヤジ子供が2人を振り返って睨んだ。
「許さないぞお!お前が代わりに殴られろお!」
手を伸ばし、ドドドドっと駆け寄って来る。
「なんだ、このアホは。面倒くせえ奴だな。きいっちゃん!」
龍介はロープの先を亀一に向かって放った。
亀一も面倒そうにロープを持つと、2人で逆方向に走り、でっかいオヤジ子供の足元にピンと張り、オヤジ子供が大きな音を立てて転ぶと、今度は手足を手早く一緒に縛った。
「次に行くとしたら…。」
広間を見渡すと、小さな扉一つしか出入り口は無い。
「ここだな。」
でっかいオヤジ子供がギャアギャア喚いているのを無視して、中に入ると、ヤモリ達に殺気だった目で見られた。
そしていきなり物も言わず、皿や茶碗を投げ付けられ始めた。
「なんだあ!?」
龍介が叫ぶと、ヤモリが答えた。
「なんだはこっちのセリフじゃ!なんだ、折角久しぶりに仲間が出来るかと思えば、ワシらをバカにしおってえ!」
亀一が嫌そうな顔で龍介と一緒にパタパタ竹刀で、茶碗類を跳ね返しながら言った。
「寅は行く先々で何怒らせてんだよ…。」
「なんだかなあ…。取り敢えずここ出ちまおうぜ。奥にまた扉がある様だ。」
2人で、まるで剣豪の様に食器を跳ね返しながら奥の扉に近付くと、瑠璃の叫び声が聞こえた。
「いやあああー!加来君が死んじゃうー!加納君助けてえええー!」
同時にフランス語が混じった鸞の声もする。
「離してえ!加来君を離してええ!」
龍介は迷わず扉を勢い良く開けた。
そこには龍彦位の大きさ、つまり体長180センチのコブラが居た。
そして寅彦の身体に巻きついて、ぎゅうぎゅうに締めている。
「寅あ!」
龍介と亀一は叫びながらコブラの身体を駆け上がり、パタパタ竹刀で、思いっきりコブラの脳天に打ち込んだ。
ボキッという鈍い音がし、コブラが泡を吹いて倒れた。
「寅、大丈夫か。」
龍介に助け出され、寅彦は苦笑いで答えた。
「助かった…。龍達が来てくれなかったら、死んでたよ。」
念のため、コブラも亀一が持っていたロープでグルグル巻きにすると、さっきの扉からヤモリ達が覗いていた。
「そいつは難儀しておったのじゃ。でっかいコブラになりたいと言って、なったはいいが、みんなを襲おうとするんでな。頼もしいなあ、お主達。もう一度よく考え直して、ここで暮らして、仲間にならんか。」
龍介は漸く、ヤモリをちゃんと見た。
「体長30センチのヤモリ…。ああ!もしかして、お前じゃねえのか!唐沢の裸見てたドスケベヤモリは!」
「ーほんに失礼な子供達じゃ…。まあ良いから聞け。」
その頃竜朗と龍彦は、龍介達の発信機の反応が消えた、扉があった場所にいた。
勿論、もう扉の影も形も無くなっている。
そこへ自衛隊のジープが急停車し、龍太郎と和臣が降りて来た。
「拉致されたとかじゃ無いんですよね?お父さん。」
龍太郎が聞くと、竜朗が頷いた。
「この辺り一帯の監視カメラ、加来が全部調べてくれたが、龍達はここ歩いて来て、この場所で、最初、鸞ちゃん、瑠璃ちゃん、寅がふっと消えて、その後、龍と亀一が同じ様にふっと消えてんだ。細工された節も無え。ただ消えてる。」
「なんだそれは…。」
龍太郎と和臣ですら、首を捻ってしまっている。
「タイムスリップとか、瞬間移動とか、パラレルワールドとかじゃねえのか。」
「無いと思いますね…。その3つは起こる時に、相当なエネルギーや磁場を発生させます。ここにはそういう変化が一切無い。」
4人で深刻な顔で唸っていると、真行寺のカイエンが急停車して止まった。
「遅くなって済まない。少々調べ物をしていた。」
「何を?なんかあるのか、この場所。」
龍彦が早口で聞くと、真行寺も早口で説明し始めた。
「大分古いXファイルにあったんだ。
70年前位から、ここで人がふっと消えるという現象が目撃されてる。
消えた人物は大体が年寄りだったが、たまに中年や子供も居たそうだ。神隠しとか言われていた。
ところが、その事件から何十年かして、突然、消えた筈の人物そっくりの若い少女の様な、でもお婆さんのような気味の悪い人物が、スーパーで万引きをした事で、30年前に消えた年寄りだった事が判明した。
しかし、その年寄りは釈放されると、また消えてしまったそうだ。」
「親父、つまりどういう事!?龍介達は戻って来られないのか!?どこ行っちまった訳!?」
「その謎は結局解明されていない…。」
すると、龍彦べったりで、ブラコンの為、心配でくっ付いてきた苺が言った。
「四次元空間じゃないのかなあ、それ…。」
「苺ちゃん…。四次元空間て、相対性理論の事?」
龍彦が聞くと、ちょっと首を捻りながら答えた。
「まあそうなんだけど、結局の所、この世には存在出来ない事になっているんだけど、おじいちゃまが仰った様に、神隠しとか、バミューダトライアングルなんかもそうなんじゃないかって言われてるのね。」
龍太郎が手を打った。
「そうか…。そのお婆さんにしても、時間の流れを逆行して、若返ってる状態で、何十年も生き続けてるんだもんな…。時間軸がめちゃくちゃだ…。確かに、四次元空間に入ってたと考えた方が筋が通る。」
「で、四次元空間に入っちまったとして、どうやって助け出すんだ。」
龍彦の質問には誰も答えられなかった。
ただ不安そうに、扉のあった場所を見つめるしかない。
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