第14話
龍介がただいまという元気も無く玄関の引き戸を開けると、ポチが滑りながらダッシュしてきて、お腹を出して、甘えて来た。
まだ毛も生えそろっていない可愛い尻尾をブンブン振って、龍介の帰宅を喜んでくれている。
「ポチ…。ただいま…。」
竜朗が出てきた。
「なんだ龍。帰ってたのかい。お帰り。」
「うん…。ただいま…。」
声の調子で竜朗は直ぐに龍介の異変を感じ取った。
玄関の前の廊下に座り込み、ポチのお腹を撫でている龍介の前にしゃがみ、龍介の頭を撫でながら顔を覗き込んだ。
龍介の目は赤くなっており、泣いた様に見え、竜朗はかなり心配になった。
龍介はヤクザな口調で、気性も荒いが優しい子だ。
しかし、子どもといえども、そう滅多に泣く方ではない。
何か彼の肩には背負い切れない辛い事が起きたのだと直感した。
「どうした。なんかあったのかい。」
龍介は竜朗の顔を見上げた。
酷く不安そうな顔だった。
こんな顔もあまり見せた事は無い。
そして、これもいつもにはない、弱々しい声で答えた。
「ー爺ちゃん…。どうしよう…。」
竜朗は努めて優しい声色で、笑って見せて言った。
「ん?なんだい?説明してみな。」
龍介は竜朗をじっと見つめた。
その後、不安そうなまま、自信のない声で話し始めた。
「ー佐々木がいなくなっちゃったんだ…。
みんな覚えてない、俺が夢見てたって言うんだ。
でも、俺の中には佐々木の記憶はちゃんとあって、全部が夢だとは思えない。
だけど、佐々木は学校にも存在していない事になってるし、佐々木の家にも行ってみたけど、悟なんて子は居ないって…。
どうしたらいい?佐々木どこ行っちゃったんだろう…。
もしかして、死んじゃったのかな…。」
龍介の大きな目から涙がポタポタ落ち始めた。
ポチが心配した様子で龍介の涙を舐め、竜朗も自分のポロシャツの裾で涙を拭いてやりながら、龍介とは反対に、元気づけるかの様に、自信を持って答えた。
「佐々木は居んだろ。あの龍を遭難させたうちの鬼門野郎だ。親子揃ってのな。」
龍介はパッと竜朗を見た。
「爺ちゃんは覚えてる!?」
竜朗は、ニッと笑って、龍介の頭をガシガシ撫でた。
「当たりめえだあ。そんで?なんで佐々木は消えちまったのよ。」
龍介が話そうとした時、後ろで玄関が開き、龍太郎が立っていた。
「どしたんですか、2人で玄関端で…。」
「佐々木悟が消えちまったんだそうだ。今その経緯を聞き始めたとこだよ。」
それを聞くなり、龍太郎はサラッと言った。
「ータイムマシンでも作ったのか、龍。」
「父さん…。どうしてそれを…。」
「悟くんは歴史を変えるような事したんじゃないのか。取り敢えず、向こうで落ち着いて聞かせてくれ。」
リビングに行き、ずっと心配そうに様子を見ていたしずかも入って、龍介の説明を聞き始めた。
「きいっちゃんと寅がタイムマシン作るって言い出して、佐々木も仲間に入れたんだ。
パラレルワールド装置、親父さん喜ばせようと思って組み直したけど出来ないってきいっちゃん頼って来て、結果的に、親父さんを悲しませる事になるって分かったら落ち込んでたから。
それで昨日完成して、今日、父さん達が高校一年生の時代に行った。
きいっちゃんは何回も、買い物はダメ、葉っぱ一枚でも、向こうからもこっちからも持ってっちゃダメだって、佐々木にきつく言った。
だけど、佐々木は俺たちから離れて、親父さんが残しておいた昭和のお金使って、それ買って来ちゃったって帰りにカミングアウトしたんだ。
そして、こっち戻って来たら、1時にセットしたはずなのに、4時過ぎになってて、気が付いたら、タイムマシンもなくなってて、佐々木も、佐々木の自転車も無くなってた。
きいっちゃんに佐々木がタイムマシン持ってっちまったんじゃないか、探しに行こうって言ったら、佐々木って誰だって…。
寅も朱雀も佐々木なんか知らないって言う。
佐々木のお袋さんまで知らないっていうし、学校では佐々木は存在してない…。
おもちゃ屋のおじさんに22年前の佐々木が買ってしまった金属パーツの外国製プラモについて聞いてみたら、おじさんは佐々木に売ったの覚えてた。
でも、後にも先にも佐々木は見てないって…。」
黙って聞いていた龍太郎が冷静に話し始めた。
「その金属パーツの外国製プラモは、俺が買って、佐々木と一緒に作って、佐々木にやった。
佐々木はそれがきっかけで、自動車の設計士になったんだ。
悟君が買っちまった事で、俺が買えなくなり、佐々木もその経験がなくなったとすると、職業選択も変わってくるだろうな。
職業選択が変われば、人生も変わる。つまり、悟君は歴史を変えちまったんだ。」
「歴史を変えたら、現在の存在が消えちまうの?」
「ー龍、オフレコで頼むよ。」
「うん…。」
「米軍では、大分前からタイムマシン実験を進めてる。だが、一向に成功しないというか、進まない。亀一や寅は、ずば抜けた技術者で発明家だが、それでも素人だ。その彼らに作れた物が天下の米軍に出来ないとはおかしな話だろ?」
「うん。」
「実は、とうに成功しているって話もある。それも何十回とね。」
「どういう事?」
「米軍がタイムマシンを作りたいのは、国益を上げる為だ。
某国の秘密文書をあの時点で入手出来ていたら、米国の国益が上がるとか、優位に立てるとか、そういう目的で作ってる。
だから、実験でも、ロシアのα文書を持って来いとかそういう目的でやる。それはつまり歴史を変えてしまう行為だ。
で、時々龍や俺たちの様な人間がいる。全部覚えてる。実験の経緯もタイムマシンでその時代に行った人間の事も。
だけど、覚えてるのはその人たった一人。データも記録もまったく無いから、誰にも信用してもらえない。逆に精神に異常をきたしたと思われて、首にされてしまう。
それが、時々出てくるんで、試しに歴史を変える行為を一切しないでただ行ってきて、写真を撮って来る目的だけで行かせてみたら、成功したって話だ。」
「つまり、歴史を変えてしまった人は、存在も何もかも消えてしまうって事?タイムマシンまで?」
「そう。」
「その消えちゃった人はどうなってんの!?どこ行っちゃったんだよ!」
「それは誰もにも分からない。」
龍介は肩を落とし、項垂れた。
竜朗が心配そうに龍介の肩を抱きながら、龍太郎を見た。
「なんとかなんねえのかい。いくらうちの鬼門でも、消えちまうのは、俺でも気分悪いぜ。」
「無い事はありません。龍、もう一回タイムマシンを作ろう。それで、悟君が買い物する前に行って、悟君を止めるんだ。
変えてしまった過去を元通りにすれば、もしかしたら、戻って来れるかもしれない。」
「タイムマシンをまた作る?」
「そう。手伝うからさ。やってみよう。 」
「うん!やる!」
その時突然、玄関の呼び鈴が連打された。
何事かと警戒しながら竜朗が開けると、そこには、憔悴しきった悟の父が立っていた。
「んあああ!来たな!この鬼門野郎!」
迷わず玄関に置いてある木刀を手にして構える竜朗を、龍太郎としずかが慌てて止めた。
「ひえええ!おじさん、すみません!」
悟の父が真っ青になって、仰け反っている。
「お父さんが木刀って、洒落になりませんよ!あなた剣道何段だかお忘れですか!」
「お父様、取り敢えず木刀振り回すのは、話を聞いてからにしましょう。」
渋々構えた木刀を下げると顎をしゃくって、悟の父を中に入れた。
悟の父は、しずかに淹れて貰った紅茶を飲むと、漸く落ち着き、話し始めた。
「正直何がなんだか…。夕方4時位だったかな。はっと気がついたら、見た事も無いオフィスに居るんだ。家電メーカーの営業部でさ。
俺、係長なんて呼ばれて。
なんの事だかわからないし、仕事も丸で分からない。
東発のデザイン部で新型の打ち合わせしてたはずなのにさ…。
もうパニックになって、そこ飛び出した。
家に帰ったら、今度は悟がいない。
誰も知らないって、もう頭おかしい扱いだ。
そしたら、女房が龍介君らしき男の子も、悟って子を探しに来た、気味が悪いって言ったから、龍介君に聞けば、何か分かるんじゃないかと思って来たんだ。」
龍太郎は龍介の話と自分の話、それから今後の対策に関して理路整然と説明した。
「そうだったのか…。でも、なんでここの家の人と僕だけ覚えてるんだろう…。」
「さあ、それは俺も分からない。」
すると、ずっと不機嫌そうに黙っていた竜朗が言った。
「気配だろ。」
「気配…ですか…。」
「そう。俺達4人は剣道歴が長え。人が居る居ないは、見なくても気配で分かる。」
「なるほど。そう言えば僕は、悟だけは気配で分かりました。そこに居るとか、部屋に入って来たとか。他の子供達は全然分からなかったんですが。」
「それだな。気配ってのを感じんのは、研ぎ澄まされた五感と第六感だ。そこに見えなくたって、来ただの、来るだのが分かる。つまり、悟はここで目には見えねえが、生きてるってこった。」
悟の父はほっとした様子で、大きなため息を吐き、顔を両手で覆った。
「良かった…。そうか…。良かった…。」
龍介は二つの事にほっとしていた。
龍介の存在が消えてしまって、しずかや竜朗に忘れられたら、どんなにショックだろうと思ったら、母にも完全に忘れられていた悟が不憫でならなかった。
でも、父がちゃんと覚えてくれていた。
ー良かったな、佐々木。大好きな親父さんは覚えてくれてたぜ。
もう一つは、悟が生きていると竜朗が言った事だ。
存在が消えてしまったら、死んでしまっているかもしれないと、それもあって、龍介は不安でたまらなかったのだ。
ー良かった…。なるべく早く助けるからな…。
翌日、龍太郎は珍しく仕事を休んでくれた。
龍介はプラモ作りの技術を生かし、せっせと龍太郎の設計図通りに組み立てている。
竜朗もアルバイトを休んで手伝ってくれ、悟の父も流石技術者という手際でやってくれている。
客間で広げて無心でやっていると、しずかが顔を出した。
「龍、きいっちゃんと寅ちゃん。」
「きいっちゃん達?遊べないって言って。」
「ううん、違うわ。思い出したって言ってる。」
「え…。」
竜朗が笑って龍介の背中を押した。
「亀一も寅も龍ほどじゃねえが剣道はいい筋だ。思い出しても不思議じゃないぜ?」
「うん!」
嬉しそうに返事をした龍介がリビングに駆け込むと、亀一と寅彦がいきなり謝った。
「ごめん!あれからしばらくして全部思い出した!龍の事信じてやれなくて本当にごめん!」
「いいんだ。良かった…。ありがと。」
龍介はざっと悟を救い出す方法を説明した。
「んじゃ俺達も手伝う!」
2人も加わり、更に作業スピードは上がった。
「はああ、流石だな。俺の設計って、随分無駄が多かったんだな。」
亀一が呟くと、龍太郎が笑った。
「今の時点で俺を超えられたら、商売上がったりだ。でも、2人であり合わせで作れたなんて、ある意味もう俺より上かもしれないな。」
得意げに踏ん反り返る亀一をみんなで笑ってしまう。
「龍の親父。」
「亀一、その呼び方なんとかならんのか。」
「おじさんなんて言ったら、しずかちゃんの亭主って認めてるみてぇじゃん。」
「いや、亭主なんだって。」
「いや、俺は認めねぇ。」
「はぁ…それで?」
「しずかちゃんは相当可愛かったが、あんたあの頃から付き合ってたのか。」
「いや。残念ながら。」
「んじゃ、なんで結婚出来たんだよ。」
龍太郎が答える前に竜朗が吐き捨てる様に言った。
「ありゃ押しの一手。しずかちゃん、根負けしたんだ。」
「はあ。可哀想に。」
「亀一、言うに事欠いて、可哀想とはなんじゃい。」
やはり竜朗が口を挟む。
「いや、可哀想だな。大体おめえには勿体ねえんだよ、昔っから。あんな可愛くて賢くて性格良くて、料理上手なのに、おめえみてえなのに捕まっちまって。」
「お父さん⁈あなたまで何言ってんですかっ!」
「ああ、腹減った。しずかちゃあん?昼メシ何ー?」
竜朗は叫びながら行ってしまった。
飽きたか、タバコを吸いに行ったのかもしれない。
「ところで龍はなんで佐々木助けたいんだ?」
亀一が聞くと、寅彦の方が先に言った。
「そりゃ龍だもん。使命感と優しさからだろ。」
すると龍介は首を横に振った。
一同が、じゃあ何故と不思議に思っていると、こめかみに青筋を立てて不敵にニヤリと笑うという、朱雀が居たら泣き出しそうな恐ろしい形相になって言った。
「んな事あ決まってんだろ。滅多滅多のギットギトにする為だろうがよ。きいっちゃんの言う事も聞かねえで、人を散々駆けずり回らせて心配かけやがって。ただじゃおかねえ。」
悟の父は申し訳無さそうに小さくなって、呟く様に龍太郎に言った。
「うちの息子、助けだして恨まれないだろうか…。」
「ああー、恨まれっかもねぇ。悪いねぇ、母親似で、血の気が多くてねえ。」
「うっ。そうだね。姫もしょっちゅうてめえ半殺しだって言ってたよね…。可愛い顔して、本当怖かった…。」
「そうなんですか。」
聞きつけた寅彦が面白そうに聞いた。
「うん。僕らの時代、スカートめくりが流行っててさ。今では考えられないけど、先生達も全然注意しなくて、やりたい放題。めくるだけじゃなくて、その上触る奴までいたもんだから、姫大激怒。てめえちょっと来い、半殺しにしてやるって言って、本当に半殺しっていうかなんというか。」
「何したんです?」
龍介は青い顔で耳を塞いでしまっている。
亀一も聞かない事にしたらしく、しずかの所へ行ってしまった。
「その主犯格で特に酷い事やってた奴を素っ裸にさせて、手足縛って、校長室に叩き込んで、なんでスカートめくり容認なんですか!先生方がなんとかしてくれないなら、こいつこの格好で校内連れ回して、恥ずかしい思いたっぷりさせて、2度とやらないようにさせますが、いかが!ってね。
後で聞いたら姫の作戦だったらしいけど、その時校長室には、教育委員会の人が来ててさ。
スカートめくりは指導するようにと申し上げているはずですが?なんて怒られたらしい。
で、スカートめくりも撲滅。
その後、姫はやり過ぎじゃないかって先生から親が呼び出されたら、加納のおじさんが出て来て、てめえ、未来の変質者の根性叩き直してやったってのに、なんだ、その言い草は。大体てめえらが好き勝手させてっからだろ。
もしかしてあんたら、生徒にめくらせて、自分が楽しんでたんじゃねえのかいなんて、教室前の廊下でやるもんだから、先生真っ青。
女子達に白い目で見られて、英雄の姫もお咎め無し。」
「はあ、凄え。女版龍だな、しずかちゃんは。」
龍太郎が沈痛な面持ちで頷く。
「そうなのよ。俺は毎回ヒヤヒヤ。」
「で、しずかちゃんは姫って呼ばれてたんですか。」
「そ。姫とかお嬢とかね。あまりに男らしいから、たまに殿なんて呼ばれちゃう事もあってね…。」
若干悲しそうに言う龍太郎がそこはかとなく不憫な感じだ。
大道建設の社長とのタイマン勝負の時のように、結構心配したり、慌てさせられる事も多かったのかもしれない。
でも龍介には、慌てふためいて、人の心配をする龍太郎は想像がつかない。
苺や蜜柑が熱を出したって早く帰って来るわけでも無く、しずかと竜朗や龍介に任せっきりだ。
しずかが気管支炎になったって仕事を休んだ事は無い。
思わず龍太郎を見つめていると、龍太郎がその視線に気付き、龍介と目を合わせた。
「どした?龍。」
「父さん、人の心配なんかするのか。」
寅彦が慌てた様に言った。
「龍…、どうしちゃったんだよ…。龍が佐々木の事心配して走り回ってたから、仕事休んでタイムマシン作ってくれてんだろ?龍なら分かるだろ、それ位。おじさんが心配しない人な訳ねえじゃん…。」
龍太郎はそう言った龍介の顔を暫く見つめた後、寂しそうに笑った。
「いいんだ。寅。俺、親らしい事何も出来てないもん。ごめんな…。龍…。」
龍太郎の作業スピードは驚く程早く、夜には出来上がった。
「そんじゃ、俺と佐々木で行って来るから。」
龍太郎がそう言うと、龍介が怒った顔で言った。
「冗談じゃねえ。佐々木の奴、滅多滅多のギットギトにすんだ。俺も行く。それに、道案内が必要だろ。」
「ー龍、商店街も、あのおもちゃ屋もよく知ってるから…。」
「いや!必要だ!」
珍しく筋の通っていない事を言い張る龍介は、なんだかんだ言いながら、悟を心配し、一早く悟を見つけ出したいのだろう。
それが分かった龍太郎は苦笑すると、龍介も乗せた。
「じゃあ、行き先設定は、うちの前の林。1986年9月12日午後4時半と…。」
龍介と亀一、寅彦は首を捻った。
「父さん…。なんで前の林って…。」
龍太郎は珍しく言葉に詰まってから、わざとらしい笑顔で見るからに言い繕っている様子で言った。
「いや!ほら!人目につかねえかなと思ってさあ!」
ー怪しいな…。何知ってんだ…。
「じゃあ、行こうか。行ってきまーす!」
何かを誤魔化す様に元気良く言うと、ボタンを押し、竜朗達の前から消えてしまった。
龍介には眩しい光の渦は見えたが、気絶する事もなく、22年前の林に着いた。
「これが技術力なのか…。」
「まあそんなとこかな?では行こうか。」
悟探しの2回目のタイムトラベルが始まった。
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