第13話

龍介は、手や身体の下の冷たい感触で目を覚ました。


ーあれ…?


行きの時はタイムマシンの上で気絶していたはずだ。

それなのに、龍介は地面の上でうつ伏せに倒れていた。

周りを見回すと、亀一も寅彦も朱雀も、全員そんな感じで倒れており、タイムマシンの陰も形も無い。

1時に帰って来るはずだったのに、林の隙間から見える日は少し翳り、4時位な感じだ。


ーそれに佐々木が居ない…。プラモ買っちゃって、バツが悪くて先に帰ったのかな…。


龍介は基地の中も見てみたが、悟は居ない。

悟の自転車も無くなっている。

悟の自転車は、父親が勤める東発自動車の発売されなかった自転車で、悟は殊の外、父親が設計したその自転車を大切にしていた。


ーチャリ乗ってタイムマシンまで持って帰ったんだな…。あんなもん、ばれたらどうする気だ。探しに行って、滅多滅多のギットギトだな。


亀一達がやっと起きた。


「なんでこんな所で寝てんだろうな、俺達。」


「きいっちゃん、佐々木がタイムマシン盗んで先に帰ったんだよ。なんかしでかす前に探さないと。」


亀一はキョトンとした目で龍介を見つめた。


「佐々木?誰だそりゃ。」


「え…?だから、さっきまで一緒にタイムトラベルしてたじゃん。」


亀一は大笑いし始め、寅彦と朱雀も笑い出した。


「どうしちゃったのよ、龍。寝ぼけてるの?龍でも寝呆けるんだ。でも、随分楽しそうな夢だね。タイムマシンでタイムトラベルなんて。」


寅彦も面白そうに言う。


「あんま龍らしくねえけどな。」


何故話が普通に通じないんだと、龍介はイライラしながらも、若干不気味に思いながら必死に言った。


「夢なんかじゃねえって!佐々木と5人で作って、行ったじゃねえかよ!

母さんが大道建設の社長とタイマン勝負して勝って、更生させたの、お前らだって見たじゃねえかよ!

佐々木は1人で商店街に残って、おもちゃ屋のウィンドウにあった高級プラモ買って帰ってきちまったじゃん!

気絶する前、その話してたじゃねえかよ!」


亀一が幼い子を宥める様に、龍介の両肩に手を置いて、龍介の目をじっと見つめ、優しい口調で言った。


「龍、佐々木なんて人間は誰も知らねえ。俺達の仲間でも無いし、クラスにもそんな奴は居ない。

それに、タイムマシンは出来たらいいなと寅と話してはいたが、まだ全然作っても居ない。

龍は勘がいいから、それを察知して、そんな夢見たのかもしれねえな。

しずかちゃんが過去にそういう事してたのは、想像はつくが、俺達は見てねえよ。お前は、すげえリアルな夢見てたんだ。」


寅彦も朱雀も、心配そうな顔になって、龍介を見つめている。


「龍…、どこか具合でも悪いの…?。龍が夢と現実ゴッチャにしてるなんて、変だよ…。佐々木なんて人、僕も知らない。それに、そんな体験してないよ…?」


そう言った朱雀は不安で、泣き出しそうな顔になっている。

そして、寅彦まで同じ様な表情で、龍介を心配そうに見ながら、深刻な顔で言った。


「俺もだ。龍、ここんとこ稽古が厳しくて疲れてるんじゃねえのか?送ってってやるから、帰って少し寝ろよ。」


「うん、そうしよう。」


亀一が龍介を立たせながら言うと、龍介は悲しそうな目で首を横に振った。


ーなんでだよ…。おかしいのお前らだろ…。なんで俺がおかしいみたいな扱いすんだよ…。


「違う…。夢なんかじゃない…。どうして信じてくれないんだ…。」


そして林を飛び出して行ってしまった。


「龍!どこ行くんだ!」


「佐々木探す!」


亀一の心配そうな問いに答えた龍介の返事は、泣いているように震えていた。



ーあいつら、佐々木なんて知らないって言った…。学校なら、佐々木が居るって証拠があんじゃねえのか…。


龍介は家から自転車で出ると、学校に行った。


教室に入り、掲示物やロッカーを見たが、佐々木悟の名前は無い。


ーなんで…。どういう事なんだ…。


次に悟の家にも行ってみた。

家族全員の名前が書いてあるはずの表札には、祖父母と両親と悟の弟妹の名前しか無く、やはり悟の名前は無い。


どういう事なのかさっぱり分からず、呆然と暫くの間その場に立っていたら、悟の母が仕事から戻ってきた様子で立った。


「何か?」


胴着姿の龍介を若干不審げに見ている。


まるで初対面の様な感じだ。


「あの…。悟君て子はこの家に居ませんか…。」


「居ないわ。どこかのお宅と間違えているんじゃなあい?中学生なら、二軒先の多田さんのお宅に居たと思うけど?」


やはり、龍介の事は知らない様だ。背が高いので、中学生と勘違いまでしている。


ーそんなはず無い…。会ったじゃん…。この家で…。お菓子いっぱいくれたじゃん…。


「中学生じゃありません。小6です…。あの、僕の事も知りませんか…。」


「知らないわ…。僕、どうしたの?おうちはどこ?送って行ってあげましょう。」


ーこの人まで俺を変な奴扱いか!息子の事覚えてねえのかよ!


龍介は訳が分からないのと、落胆とで涙が出そうになるのを必死に堪えて、頭だけ下げると、自転車に飛び乗り、その場を去った。


亀一達の言う通り、リアルな夢を見ていたのかとも思った。


でも、そうでは無い。


悟の存在は、記憶にちゃんとあるのだ。


折角の修学旅行で遭難させられた事。

いつも遅刻で、学級委員の龍介はイライラさせられた事。

龍介が怒ると、筋の通っていない屁理屈の様な言い訳ばかりして、余計イライラさせられた事。

基地を見つけられてしまった事。

でも、大村達に意地悪されて、行き場がなくなっていると知り、仲間に入れてやった事。

話してみると、そう悪い奴でも無いのが分かった事。

父親が大好きで、父親の仕事も大好きで、ちょっと羨ましく思った事。

一緒に自転車の錆取りをした時、結局殆どやってくれた事。

悟と過ごしたそれらの記憶は、夢では無い。


ーだけど、佐々木は居ない事になってる…。お袋さんですら居ないって言う…。やっぱ俺がおかしいのか…?でもじゃあ、この記憶はなんなんだよ…。


龍介は商店街に行ってみた。

見慣れたいつもの光景が広がっている。

そしておもちゃ屋の前で止まると、丁度店終いなのか、顔見知りの主が出てきた。


「おう、龍ちゃん。」


「おじさん、変な事聞いてもいい?」


「なんだい?」


ここの主も竜朗の同級生だ。


「昔、22年前位、ここに金属パーツの外国製プラモ置いてた?」


「ああ、置いてたよ。よく知ってんなあ。竜朗から聞いたのかい?」


「う、うん…。」


「あれはさ、いくらなんでも高くて売れねえだろうと思ってさ。一個しか入れなかったんだ。やっぱしなかなか売れなくて、諦めかけてたら、なんと買ったの小学生だぜ?」


悟だと咄嗟に思った。


「そいつ、どんな奴だったか覚えてる?」


「ああ、覚えてるよ。ちびっちゃくて、眼鏡かけてて、天然パーマで、顔でっかくてさあ。なんかビクビクしながら買おうとするから、どっかで盗んで来た金じゃねえのかって言っちまったよ。」


やはり悟だ。

悟の父は高校生なのだから、父と勘違いしているとは考えられない。


「それで?」


「盗んだりしてませんて必死に言うから、お年玉と小遣いと貯めたのかなと思って、謝って渡したが、見かけねえ子だったねえ。結局後にも先にも、それ一回しか見てねえな。」


「そっか…。ありがとう!おじさん!」


龍介は少し嬉しくなった。

悟は存在していて、龍介がおかしくなっているわけではない事が分かったからだ。


でも、そうなると、悟は一体どこに行ってしまったのか。

今現在の存在が消え、誰も覚えていない。

それを思うとやはり不安になり、どうしたらいいのか丸で分からなくなった。

いつも相談に乗ってくれる亀一や寅彦は悟の事は覚えていないので、話にならない。


龍介は途方に暮れながら、自転車を降り、自転車を押しながら重い足取りで家に帰った。



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