第12話

商店街の方へ行くと、今よりも個人商店で溢れ、活気があり、龍介達にはレトロな雰囲気に見えて新鮮だった。


「今は無いお店が沢山あるねー。」


朱雀の言う通り、チェーン店の薬屋など無く、魚屋や肉屋もある。


「あ、あの八百屋さんは今もあるよな?」


龍介がよくお使いに行く八百屋なので、龍介が一番に発見した。


「おお、お爺さんが、まだおじさんだぜ。若いな。」


寅彦もその次にお使いに行くので、そう言って、みんなで笑った。

そんな発見もあって面白い。


「わあ!乗り物があるよお!?」


薬屋の前に、50円とか100円とかで動く、今だとスーパーのゲームコーナーにしか無い乗り物が店先に置かれているという光景は、朱雀でなくてもかなり感激したが、さすがに乗りたいとは思わない。


だが朱雀は乗りたがった。


「金使えねえんだから、乗ったって動かねえんだよ、朱雀…。」


情けなさそうに言う亀一にきっぱり答える。


「いいの!またがるだけで!」


そして、サトちゃんにまたがり、ご機嫌な朱雀を悲しそうに見守り、満足した所で歩き出すと、悟がおもちゃ屋の前で立ち止まった。


「あ、あのおもちゃ屋さんも今もあるよね。あんまり売れてなさそうだけど。」


朱雀が言うと、龍介が言った。


「あそこは模型屋として商売が成り立ってんだ。中入ると、模型やプラモは凄いぜ。」


信じられないが、龍介にはプラモ作りという趣味がある。

こんな大雑把な面倒臭がりなので、酷い仕上がりだろうと誰もが思うが、それが意外な事に、この年齢にしてはかなり完成度の高い物を作る。

よって、このおもちゃ屋には竜朗とよく来ている様だ。


「そうなんだよね。特に車のプラモが充実してるんだよね…。」


悟も知っているようで、そう言いながら、自転車にまたがったままウィンドウを覗いている高校生を見つめている。

その高校生の男の子は、天パに眼鏡、細い目に若干大きめの顔と、よくよく見ると、悟に似ていた。


「もしかして、お前の親父さん?」


寅彦が言うと、自信無さげに頷いた。


「多分…。高校生の時、乗ってた自転車って前に話してくれたのと同じの乗ってるし。」


彼はブリジストンのスポーツタイプの自転車に乗っていた。

当時はスポーツタイプの自転車に乗っている子は少ない様だし、顔がよく似ている事からも、悟の父で間違いなさそうだ。


悟の父は、ため息をつき、諦めた様子で去って行った。


「何が欲しかったんだろうな。」


誰とも無く呟き、ウィンドウを見に行くと、金属パーツの外国製の車のプラモデルが飾ってあった。

その値段は1万円を越えており、高校生にはおいそれと手が出るような物ではなさそうだ。


「これ欲しかったのか、お父さん…。」


「佐々木君のお父さんて、東発自動車の設計してるんでしょ?昔から車好きだったんだね。」


「うん、そう言ってた。ーでもこれいいな…。僕も欲しい…。」


亀一がバッと悟を見て、殆ど睨みつけて言った。


「買い物は駄目だからな!?」


「分かってます。」


亀一は商店街の時計を見た。


「いかんいかん。早く行かねば。そろそろ5時だ。」


4人が急いで商店街を出ようとすると、悟が言った。


「ごめん。僕もうちょっと商店街見て回りたい。約束の時間には林に戻るようにするから、別行動してもいいかな?」


急いでいる亀一は、あまり深く考えずに答えてしまった。


「ーんー、分かった。でも注意事項は必ず守れよ?6時半に林な。」


「うん。6時半だね。」




悟を残し、急いで3丁目の空き地に急ぎながら、龍介は不安そうに亀一に言った。


「大丈夫か、あいつ1人にして…。監視つけた方がよくないか?」


「それは少々思ったが、みんなしずかちゃんの方が見てえだろ?」


頷く朱雀と寅彦。


「なら俺がつくよ。」


「それは駄目だろ。龍が一番知りてえんだろう?

大丈夫だよ、最近佐々木おかしな事やらなくなってきたし、妙な事したら、俺たちからも総スカン。そしたらもうあの学校で生きていけなくなる。そんくらい、いくら佐々木でも分かるだろ。」


「うん…。そうかな…。」


「龍、大丈夫だよ。それより急げ。」


「うん…。」




空き地に着くと、総勢15人のヤンキー集団が、超ヤンキーなボスの様な人を先頭にして、誰かを待ち構えている様な様子で、鉄パイプや飛び出しナイフを持っていた。


そこへ現れたのは、竹刀を手に大股でズンズン歩くしずからしき、英学園のセーラー服を着た、可愛らしい少女と、同じく英学園のセーラー服を着た、恐らく優子と、英学園の白い学ラン姿の龍太郎と和臣。

優子がしずかに叫ぶ様に言っている。


「しずかちゃん!警察呼ぼうよ!」


そして、一際顔色の悪い龍太郎も叫んだ。


「そうだよ!あるいは俺が!」


しずかは立ち止まり、まず優子に言った。


「優子ちゃん。これは私とあいつらの問題だし、警察呼ぶのは、あいつらにとっては卑怯な事だろうから、それはしたくないので、ちょっと待ってね。」


そして龍太郎に向き直る。


「龍太郎さん、あなた私より剣道弱いくせに何言ってるの?黙ってそこで見てなさい。」


後ろの和臣が吹き出している。


「うわあ、しずかちゃん、かっこいいねえ。それに凄い可愛い。」


と朱雀が言うと、寅彦も言った。


「だな。でも、優子おばさんも可愛いじゃん。綺麗だし。やっぱ、今美人なのは、元がいいからなんだな。でも、あいつら1人で相手にするつもりかな?」


龍介は真っ青になっている。


「ーの様だな…。そして、相手のボスは見事なリーゼントと痩せ型で見る影も無いが、大道建設の社長だろう…。」


しずかが心配で青くなっているのかと思いきや、大道建設の社長に驚いていたようだ。


「ええ!?あれが!?凄えイメチェンと太り様だな!」


大道建設の社長は、今は角刈りで、物凄い勢いで太っている。

龍介が青くなるほど驚くのもわかる。

寅彦も一緒に驚きながら、亀一に同意を求めようと亀一を見たが、亀一はしずかをうっとりと見つめているだけ。

もう視線はしずかにしか行っていない。


「しずかちゃん、凄え可愛い…。全然変わってない…。」


亀一はしずかに見惚れていて、会話の内容も全く聞いて居ないようだ。


しずかがヤンキーグループの前に立った。


「約束通り来てやったわよ。用件は何?」


「あんた、うちの奴ら、随分と可愛がってくれたそうじゃねえか。」


やはり声が大道建設の社長そのままだ。


「それは私の大事な優子ちゃんにちょっかい出そうとしたからです。大体、こんな女にコテンパンにされて、ボスに泣きついて集団で仕返ししようなんて、恥を知れ!この馬鹿共が!」


しずかの迫力に、ボス以外のヤンキーがビクッとなった。


「あの迫力、龍と同じだよお…。」


怒られてもいないのに、朱雀が縮み上がる大迫力。


唯一縮み上がらなかったボスが、縮み上がったヤンキー共を見て、フッと笑うと、前に出た。


「確かにな。あんたの言う通りだ。じゃあ、俺とサシで勝負でどうだ。」


「いいわよ。その代わり、私が勝ったらもう悪さは辞めて頂きます。私や優子ちゃん達にだけじゃないわ。誰相手でも悪い事は駄目。真面目に生きなさい。」


「いいだろう。じゃあ、俺が勝ったら、俺の女になれ。」


「いいわよ。」


二つ返事で受けるしずかを見て、龍太郎が声にならない悲鳴を上げ、亀一も叫び出しそうになったので、3人で必死に亀一の口を塞いだ。


2人の戦いが始まった。

流石にボスを張っているだけあって、しずかの素早い打ち込みも、手甲の様な物で防御し、直ぐにパンチを繰り出すが、しずかも負けていない。

するりと避けては、打ち込む。

その繰り返しが暫く続いていたが、ボスの集中力が一瞬切れた。

その隙をしずかは逃さない。

思い切り面を入れ、ボスは大の字に倒れた。


しずかは、駆け寄ろうとする龍太郎と優子を止め、ボスの顔の横に座って話しかけた。


「あなたいくつなの?学校は?」


「22だ。高校はどうにか卒業したが。」


「お仕事は?」


「続かねえよ。」


「どして?」


「面白くなくなっちまう。こき使われるだけで、つまんねえ。」


「それは興味が無い事をしてるからでないの?」


「高卒なんて選択肢は限られてんだよ。」


「だったら、やりたい事が出来る様に、お勉強すればいいじゃないの。やりたい事無いの?」


「ー家…。」


「おうち?」


「ああ…。家が建ててみたい。生活しやすいように設計して、自分で現場に出て、家が立ち上がって行くのに関わりたい…。」


「だったら、1級建築士の免許取る勉強しなよ。大卒じゃなくたっていいんだよ?資格なんだから。ほら。こんな所で寝てないで、本屋さんに調べに行こうよ。」


しずかはボスを立たせ、商店街の本屋に向かった。

龍介達も追う。


「流石しずかちゃんだねえ。かっこよかった上、面倒まで見ちゃうなんて…。」


しかし、2人の後ろには、ヤンキー集団と龍太郎達までゾロゾロついて行っている。

どうしたらいいのか分からないのは想像がつくが、この光景は異様だ。


本屋に到着すると、しずかは1級建築士のなり方が書いてある本を見つけ、ボスに買ってやった。


「ほら。大卒じゃなくて、必要なのは現場経験なのよ。目標が出来れば、頑張れるんじゃない?嫌な事言う人は、建築家になったら、使ってやるぜって思って、心の中でバカにして、頑張ってみたら?あなたなら出来るよ。手合わせして分かったもん。あなた根性ある。」


ボスは小さな声でバツが悪そうに言った。


「ーありがとな…。」


「うん。頑張って。応援してる。」


しずかはにっこり笑って、ボスに手を振り、3人と帰って行った。

そして、それを見送るボス、即ち、後の大道建設社長の目は恋に落ちていた。


「それで社長はしずかちゃんに恩義を感じて、惚れたけど実らないと分かっているから、姐さんっつって役に立とうとしてるわけか。」


寅彦が解説してくれると、龍介が苦笑で頷いた。


「良かった、割とまともで。」


龍介の自嘲気味なセリフに、朱雀が真剣な目で言った。


「マトモどころじゃないよ?龍。しずかちゃんは1人のチンピラを更生させたんじゃないの。それに、今ずっとあのヤンキー達見てたけど、うちの内装工事で来た大道建設の人が何人かいたよ?つまり、しずかちゃんは、あのヤンキーグループの人たちも更生させたって事じゃない。凄いよ。」


「まあ、たまたま社長が元は素直な人だったって事だろう。母さんの事好きになったってのも大きかったんだろうし。」


と、話が終わり、亀一を見ると、亀一はまだボーっとしていた。


「はあああ、なんて可愛いんだ、しずかちゃん…。俺、このままここに残って、しずかちゃんと恋に落ちたい…。」


朱雀と寅彦は呆れ顔で笑い出し、龍介は本当に嫌そうな顔で、亀一のポロシャツの袖を引っ張った。


「きいっちゃん、何馬鹿な事言ってんだ。そろそろ時間だ。林戻るぞ。」


戻りながら、龍介はさっきのおもちゃ屋のウィンドウをチラッと見た。


悟の父が見ていた高級プラモデルがなくなっている。


なんだか嫌な胸騒ぎがした。




ポワーンと腑抜けになってしまって、只管ニヤついている亀一を引きずる様にして林に到着すると、悟はもう待っていた。


「きいっちゃん、帰るから準備してくれ。」


龍介がど突くようにして急かすと、悲しそうにぼやく。


「ああ…。しずかちゃん…。もっと早く会いたかった…。」


「どっち道、今の小学生のきいっちゃんが残った所で、相手にしてもらえねえよ!早くしろ!」


言った龍介を怨みがましい目で見つめる。


「全くもう…。身も蓋も無い事言いやがって…。」


ブツブツ言いながらニトロをカーゴパンツのポケットから出し、補充。


「よし。んじゃ帰りは俺様が漕いでやるとするか。龍、モニターの出力のゲージが赤いラインに行ったら教えてくれ。」


「了解。」


龍介の隣は寅彦で、やはりパソコンの画面が付いている。


「じゃ、帰りは、2008年8月15日…。時間は?」


「どうせなら遊びたいから、出発時間にしとこうぜ。」


亀一が言い、全員頷くと、1時に設定し、亀一はペダルを漕ぎ始めた。


「ぬおおお…。聞きしに勝るだな…。」


「だろ?」


真っ赤な顔でうんうん唸って、やはり立ち漕ぎで漸くペダルが動き出した。


来た時同様、光の渦に入り始めた時だった。


朱雀は、悟が大事そうに抱えているリュックに目をやった。


持って来た時より、膨らんでいる様に見える。


「佐々木君、そのリュック、膨らんでない?」


「あ…汗かいたから、着替えてそのままグチャッと入れちゃったから、膨らんじゃったんだ。」


「ふーん…。」


龍介はなんだか嫌な予感がして、振り返った。


「本当だろうな?」


悟の返事を聞く前に、苦しげな亀一が言った。


「龍…。ゲージどうなってる…。」


「ああっ!いけね!赤に到達してる!」


「よし!」


亀一がベルの所の赤いボタンを押した時、悟が言った。


「ごめん!あのプラモ、買って来ちゃったんだ!でも、お父さんが取っておいた昭和のお金で買って来たから大丈夫でしょ!?」


「何!?」


全員で真っ青になったが、光は強くなり、全員共気絶してしまった。





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