第11話

龍介はポチの散歩をしていた。

あまりに途中で疲れてしまうので、少し短めにはしたのだが、やはり道端で突然へたり込むポチ。

横座りになって、うるうるの大きめの目で龍介を見上げる。


「ポ…ポチ…。やっぱ疲れた?」


うるうる…。


「ーおいで。」


もう15キロになったポチだが、可愛さが先に立って、つい抱っこしてしまう。


ポチを抱いて歩いていると、ジーンズのお尻のポケットで携帯が震えた。

時々しずかが夕飯の支度中に、無いと気が付いた物を買ってきてくれという緊急性の高いメールを寄越す事があるので、ポチを一回下ろして携帯を見た。


差出人はしずかではなく、亀一だった。


ータイムマシン完成。明日タイムトラベルに出発。1時決行なので、12時50分には基地に集合する事。


「もう出来たのか…。」


龍介はこの一週間、基地に行っていない。


龍介の誕生日も兼ねて、一週間程ポチも一緒に、家族で富士宮の別荘に行っていたのだ。


龍太郎は仕事で来ないはずだった。


毎回家族旅行は不参加か、富士の方で航空自衛隊も演習がある場合は、夕飯だけ参加したりするが、基本的に一緒に旅をした事は無い。


その龍太郎が珍しく龍介の誕生日にひょっこり現れた。


そしてこれもまた珍しく、龍介にプレゼントを渡した。

いつもしずかが選んで買って来たものを、父さんと母さんからと言って渡して来るので、恐らく龍太郎は龍介のプレゼントを選んだ事は無いだろうし、個別にくれた事も無い。


でも、その日はわざわざ個別にくれた。


龍太郎がくれた箱の中には、10センチ位の金属の棒が連なった、竹刀の柄が付いたクニャクニャの物体が入っていた。


「広い所で振ってご覧。」


言われた通り一振りすると、それは金属の竹刀になった。


「それね、市販されてない金属で出来てるんだ。思い切り叩くと骨が折れるから気をつけて使ってね。ジーンズのポケットにも入るから、いつも持って歩いてね。名前はパタパタ竹刀だよ。亀一と寅の分も作ってあるから、会った時に渡して。」


どういう風の吹き回しなんだか知らないし、何故そんな危険な物を持たせたいのかもよく分からないが、竜朗も反対しないし、嬉しくないわけでは無かったので、有り難く受け取った。


「でも、佐々木がいる前で渡さない方がいいな。市販されてねえ金属なんだもんな。」


パタパタ竹刀が入っているジーンズのポケットを上から触りながら呟き、亀一に返信すると、再びポチを抱っこして歩き出した。


「ポチ、明日はね、母さんの秘密が分かるかもしれないんだ。分かったらポチにも教えてやるからな。」


ーハッハッ。


なんだか嬉しそう。


「もおー!お前は本当にかわいいね!」


思わず頬ずりしてしまうと、ポチは更に嬉しそうに、龍介に鼻をくっつけて、龍介の顔を舐めまくった。

龍介を溺愛している竜朗がドン引く程、龍介はポチを溺愛している。




翌日、龍介は1時2分前に家を飛び出した。


今日はバイトが休みの竜朗が、朝稽古で気になる所があったから、全国大会も控えているし、昼食の後もう一回稽古しようと言い出した。

剣道では爺ちゃんでは無く、師匠である。

師匠の言葉は絶対だ。

龍介は約束があるとも言えず、稽古を済ませたら、もう1時3分前。

仕方が無いので、胴着のまま基地に走ったのだった。


「ごめん!」


珍しい龍介の遅刻にも驚いたが、胴着姿というその格好に4人はもっと驚いた。


亀一は怒りもせず、龍介をまじまじと見つめながら言った。


「龍…。いくら昭和に行くとはいえ、しずかちゃん達が若い頃はもうそんな格好で歩いてる人間は殆ど居ねえと思うが…。」


「ごめん…。だって着替えてたら本当に間に合わないから…。」


「まあいいや…。じゃ、龍、行きたい時期は?」


「ねえ、それ本当に俺が決めていいのか?俺、調達しかしてないぜ?」


すると亀一がやけに優しい笑顔で言った。


「いいんだよ。龍が材料集めてくれたから、全部タダで出来たんだし、基地建設もお前のお陰でタダで出来たし、早く済んで、夏休み中にタイムマシンに取りかかれた。全部お前のお陰なんだから。」


亀一が言うと、寅彦と朱雀もしみじみと頷いた。

龍介は天敵の悟を見た。

悟はそうは思わないだろうと思ったからだ。


「ーぼ、僕は別に行ければどの時代だっていいし、特に行きたい時代もなかったから、構わないよ。」


「じゃあ、お言葉に甘えて、1986年9月12日午後5時、今は無い3丁目の空き地。」


「随分具体的だな…。なんか分かったのか。」


龍介はこの間大道建設の社長に発電機を運んでもらった時の話をした。





「本当にお忙しいのに、申し訳ありません。」


龍介が謝ると、大道建設の社長は笑顔で答えた。


「とんでもないっす!姐さんの大事な大事な坊ちゃんですから。頼りにして頂けるなんて光栄っすよ。」


そこで龍介は積年の疑惑を聞く事にした。


「あの…。母とはどういった経緯で…。」


「いやあ、そんな、お恥ずかしくて、坊ちゃんにお聞かせするのはとてもとても…。

でも、忘れもしないっす。あれは1986年9月12日午後5時。今は無い3丁目の空き地でお会いしたのが初めてでした…。

姐さんは本当に可愛らしくて、凛々しくて…。勿論、今も変わらず可愛らしいですけどねっ!」


それが原因なのかどうか、今の所は分からないが、大道建設の社長は、もう40を越えているらしいが、独身である。





「なるほど。そん時にしずかちゃんとなんかあって…。」


亀一はそこまで普通に言っていたのに、途中で、


「未だに惚れてんのかああ!」


と烈火の如く怒りだした。


「き、きいっちゃん…。なんか違う…。」


朱雀が情けなさそうな感じで、悲しそうに亀一のポロシャツを引っ張った。


「ええい。確認してやる。寅、行き先設定。」


寅彦がパソコンを操作し、日時を設定し始めた。


「多分、この地点に着くんだよな?きいっちゃん。」


「うん。」


「じゃあ、3丁目の空き地まで歩かなきゃだから、一応30分位前に行っとくか。」


「そうだな。そうしといてくれ。」


設定が終わり、全員ダダダッと座席に座り、席として残っているのは、座席部分の前に固定されている自転車のサドルだけだ。


「あん?」


龍介が不機嫌そうな顔で亀一を見る。


「龍介君、君が漕ぎたまえ。」


龍介は亀一をじっとりと睨みつけた。


「きいっちゃん…。なんか珍しく殊勝な事言うと思ったら、この為か!俺に行き先決めていいって言ったのは!」


「当たり前だあ!世の中そんなに甘かねえんだよ!」


「むっかつくー!うるっときた俺の涙の雫を返せえ!」


「調達だけで、優先権が得られるなら、設計者の俺やプログラミングした寅はどうなるんじゃい!いいからペダルを漕げえ!」


そうは言っても、亀一は、龍介が行きたい所があると言ったのを、優先してやりたかっただけというのを、寅彦と朱雀は知っていた。

ただ、亀一は素直にそれが言えないという、ちょっと損な性格なだけなのだ。

龍介も喧嘩しながらも分かっているようで、隠しつつも、自転車にまたがる横顔は笑っていた。

龍介も、亀一の照れ屋は知っているから、乗ってやっただけの様だ。


ところが、龍介はペダルに足をかけると、こめかみに青筋を立てて唸りだした。


「龍!?どうしたの!。怒ってるの!?」


朱雀がびびりながら聞くと、苦しそうに答えた。


「いや…。凄え重い…。このペダル…。動かない…。」


「そうなんだ。設計上、どうしてもそうなっちまってな。漕ぎ出せばなんとかなるから、ちょっと頑張ってくれ。」


「んんー!!」


龍介は立ち漕ぎし始め、漸く動力として働き始めた。


「龍、出力がある程度まで行かねえとアレ使えねえんだ。もうちょっとがんばれ。」


ーアレってなんだ、きいっちゃん…。あ、いや、なんか危なそうだから、聞かないでおこう…。


そして亀一は注意事項を、全員に向けてというより、悟に向けて話し出した。


「念のため、向こうの物は葉っぱ1枚でも持ってくるな。こっちからも禁止。それから金も使わない事。向こうの人間とも接触しない事。ともかく、透明人間になった感じで、見るだけに徹しろ。こっちからのアクションは一切禁止。パラレルワールドと一緒で、人助けもダメ。その人が死ぬ場合、歴史が変わっちまうからな。忍びないが、全部無視だ。いいな?佐々木。」


やはり悟に向かってだけ言っていた。


「なんか僕だけって納得行かないけど、はい…。」


必死に漕ぐと、やっと少しずつペダルが軽くなりだした。

それでも普通の自転車に比べたら酷い重さだが。


「くっそー…。帰りはぜってえやらねえからな…。」


暫くすると、林も基地も見えなくなり、光の渦の中に入っている様な感じになった。


「うわあ。綺麗だねー。」


朱雀がそう言い、他の4人は見惚れていたが、龍介にそんな余裕は無い。

ひたすら必死にペダルを漕ぐ。

亀一はパソコン画面を見て言った。


「龍!ベルを押せ!」


「ベル?」


自転車のベルが付いているべき所に、赤いボタンがあった。


それを押すと、ボンという音と共に青い火花が散り、漕がなくても一気にペダルが回り始めた。


「青い火花?!きいっちゃん、これ、ニトロ使ってんのか!?」


「大丈夫だあ!帰り分は持ってきたあ!」


「そういう事言ってんじゃなくて、どうしてそういう危ねえもんを…。」


それと同時に光がどんどん強くなって、眩しさで目が開けていられなくなり、龍介達は気を失った。





龍介は自転車のハンドルに突っ伏して気絶していた様だ。

起き上がって後ろを振り返ると、全員目を覚まし始めている。


「大丈夫か?具合悪い奴居ない?」


皆大丈夫と言うので、辺りを見回す。


林の中。

木はずっと少なく、基地も無い。


「きいっちゃん、着いたのか?」


「そんな感じではあるが…。ちょっと確認してみよう。」


4人でそろそろと林を出て、道路を挟んだ目の前の加納家を見る。

今と変わらない立派な日本家屋だが、今よりずっと新しい感じがするし、庭のしだれ桜の木も塀から見えない高さだ。


「成功した様だ。」


亀一がニヤリと笑って言うと、全員で、小さな声でハイタッチで喜ぶ。


「よし。じゃあ、商店街通って、3丁目の空き地へ行こう。タイムトラベル開始だ。」


胴着姿で、却って目立つ龍介を隠しながら、5人は歩き出した。



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