第8話

龍介の超面倒くさがりのお陰で、秘密基地建設は、3日で終わった。

仕上がりは、亀一の計画とは、かけ離れた物だったが、取り敢えず形にはなっているし、強度もまあまあである。

窓は龍介が言った通り、穴を開け、器用な朱雀が観音開きの扉と網戸も付けてくれたので、快適な上、そこだけ可愛くなっている。

せめて色位は塗ろうという事になり、それだけはお金を出し合って、ホームセンターでクリーム色のペンキを買って来て、仲良く塗るはずが…。


「だからあ!んな適当にやったら、ムラなっちまうだろ!もうお前はやんなくていい!」


亀一がまたしても龍介に切れている。


「俺がやりたくてやってるとでも思ってんのかあ!それなら初めからそう言やあいいだろ!」


龍介はプリプリ怒って、林から出て行ってしまった。


「きいっちゃん、やんなくていいは無いんじゃないの?」


朱雀が言うと、亀一は唸った。

プライドの高さで、うんとは言えないが、本人もしまったとは思っている様だ。

元気が無くなってしまった亀一を寅彦が慰める。


「まあ、龍の事だから、引っ張っても一晩だよ。けろっとして戻って来てくれるよ。」


「うん…。」




龍介が林から飛び出すと、少年とぶつかりそうになった。


「すみませ…。」


しかし、少年の顔を見て、途中でやめてしまった。

少年は悟だった。


「加納…。何してんの?こんな何も無い林で…。」


「……。」


思わず黙ってしまった。


「ここだろ?うちのお父さんの缶見つけたのって。でも、掘りかえさなきゃ出て来ないだろ?なんで掘り返したの?林に穴掘って遊んでるの?」


「そんなトコ…。」


基地建設の最中にだなんて、こいつにだけは、絶対言いたくない。

大体、今の龍介は機嫌が悪いのだ。

更に聞こうとする悟をジロリと睨んだ。


「うるせえな。人がしてる事、根掘り葉堀り聞くな。てめえには関係無えだろ。それより、お前こそこんな所で何してるんだよ。ここは一応うちの前の林で、持ち主は爺ちゃんなんだ。勝手にうろつくな。」


ムッとする悟。


「なんなの、その上からな言い方。お坊ちゃんだからって威張っちゃって。」


「別に俺は坊ちゃんじゃねえし、威張ってなんかいねえよ。」


「威張ってるよ。いつだって。」


プイッ。

プイッ。


龍介は加納家の方へ向かって、大股で歩き出し、悟は林に向かって右手に向かって歩きだした…筈だった。


何か嫌な予感がし、ハッと後ろを振り返ったら、そう見せかけて林に入って行ってしまったのだ。


ーやべえ!バレる!


龍介は林にとって返し、一目散に基地に走った。


「きいっちゃああん!大変だああ!」


寅彦と朱雀が笑った。


「ほら、帰って来たろ?きいっちゃん。」


「ね。良かったね。」


亀一が嬉しそうに振り返ると、龍介は切羽詰まった鬼の形相で走って来る。

思わず、龍介の顔を避ける様に仰け反る亀一。


「な、なんだ…。どうした…。そんな怒ってんのか…。」


「何の話だ!んな事より、佐々木がここ入った!」


「ええ!?なんで!?」


「分かんねえけど、親父さんの缶、掘りかえさなきゃ見つけられないはずだ、一体何やってんだって、凄え詮索してきた。」


「う、うーん…。取り敢えず…、中に入って、潜伏して、様子を見よう。」


作業を中断し、4人で基地の中に入って、息を潜め、龍介は、玄関の覗き窓から外を監視し、亀一達は、それぞれ窓を細く開けて、外を監視した。


程なく、悟が現れた。

さっきは気が付かなかったが、手には大きな紙袋を持っている。


基地をぐるりと回り、繁々と眺めると、玄関前に立ち、ノックした。


龍介が嫌そうな顔で振り返る。


「どうすんの…?」


「暫くばっくれてようぜ。」


亀一が言ったが、悟は、ドアに向かって叫んだ。


「長岡!居るんでしょ!?どうしても教えて欲しい事があるんだ!出て来てくれないなら、ここの事、クラス中にバラすけど、いい!?きっと、みんなで押し掛けて、連日大入り満員になると思うけど!」


亀一が返事をする前に、龍介が背中から見ても怒っているのが分かる状態で、いきなり乱暴にドアを開けた。


ゴン!


ーゴン?


ゴンは、予定外の音だったし、ドアの前に立っていた筈の悟の姿が見えない。


「あれ?佐々木が消えた。」


「居るよ!」


下から声がする。

見ると悟は、おでこが真っ赤に腫れ上がった状態で、うずくまっていた。

龍介が勢い良く、いきなり開けた為、思いっきりおでこにぶつかってしまったらしい。


「酷いよ!いきなりあんな凄い勢いで開けるなんてえ!」


「あはははは!ざまあみろ!」


龍介は悟を指差し、ゲラゲラと笑い出し、他の3人も笑いだした。

しかし、はたと怒っている事を思い出した龍介は、いきなり怒鳴った。


「汚ねえぞ!てめえ!脅すのか!」


「ごめん…。だって、どうしても分からない事があって…。長岡は自転車の改造してるって、加納が言ってたから、機械に詳しいのかと思って…。」


龍介は仏頂面で振り返って亀一を見た。


「ーどうする?きいっちゃん。」


亀一が若干面倒そうに悟を見た。


「物はなんだ。」


「これ…。」


悟が出したのは、小6の龍太郎が悟の父親の為に書いてやった、あの設計図だった。


「お前、それどうしたんだ。親父さんにちゃんとことわって、貰って来たんじゃねえだろう。」


「なんで分かるの?」


「それ、親父さんは、あってはいけないものだと思ったから、飼い猫と一緒に埋めたんだ。子供のお前にホイホイ渡すもんじゃない。」


「うん…。こっそり取ってきた…。」


龍介と亀一は物凄く嫌そうな顔になり、寅彦は呆れ返った目で悟を見ている。


「そんなもん手伝いたくねえな。それでここの事、言いふらしたきゃ言いふらせ。」


亀一は冷たくそう言い、龍介と一緒に出て行ってしまった。

寅彦が呆れ顔のまま聞いた。


「親父さんから聞いてねえのか?」


「何も…。」


「その装置がパラレルワールドに行く装置だって事は?」


「それは知ってる。」


「親父さんは、龍の親父にその装置作って貰って遊んでたが、違う世界で自分の飼い猫そっくりの猫を助けて戻って来たら、自分の飼い猫が死んじまってたんだと。

細かい事は分かんねえけど、龍の親父の話だと、別の世界であっても、繋がってるから、失われるべき命が失われないと、損失補填の様に、こっちの世界で同等の物が失われるんじゃないかってさ。

お前の親父さんは、飼い猫の死に責任感じて、それからは、人が変わった様に真面目になったんだそうだ。

だから、その装置は、親父さんにとっては、決していい思い出じゃないし、使い方をちょっとでも誤ったら、大変な事になる。

復活させて、悲しむのは、お前の親父さんなんだよ。」


「そうなんだ…。てっきり喜んでくれると思ってた…。」


「佐々木君、パパさんを喜ばせたかったの?」


「うん…。」


朱雀が寅彦のTシャツの袖を引っ張り、小声で言った。


「なんか可哀想じゃなあい?」


「だから?」


「ちょっと龍達も取り混ぜて話そ。佐々木君、ちょっと待ってて。」


朱雀は寅彦を引っ張って外に出ると、今度は仲良くペンキ塗りをしていた龍介達も呼んで言った。


「佐々木君、ちょっと可哀想だと思うのね。」


返事は無いが、物凄く嫌そうな顔をする3人。


「もう…。あんた達3人は、パパ連中の自慢の息子だから分かんないかもしれないけど、僕とか佐々木君は自慢にされるような息子じゃないから、なんか分かるんだよね。

ご機嫌とりってわけじゃないけど、何かで喜ばせたいんだよ。理想の息子にはなれないから。」


亀一が首を横に振った。


「けど、パラレルワールド装置は逆効果だ。」


「だから、他の事でさ。ほら、きいっちゃんと寅が計画してるアレとかに入れてあげるとか。」


龍介の肩がピクリと動く。


「アレったあ、何だ。」


亀一と寅彦は、歴然と慌てている。


「りゅ、龍。この話は後でゆっくり話す。で、朱雀、アレも一般の親は喜ばねえと思うがな。」


「いや、そうじゃないのよ、きいっちゃん。だから、アレに関わらせてあげて、気を紛らわせてあげるっつーの?そういう感じ?」


「気を紛らわすなら、佐々木の友達とやりゃあいいだろ。」


龍介が憮然として言うと、朱雀は少し暗い顔をした。


「それがさ、佐々木君、クラス替えで、仲良かった子と離れちゃったみたいなんだよね。

で、大村君とかとよく居るけど、最近虐められてるまでいかないけど、からかわれたり仲間外れにされたりして、離れてるから、仲のいいお友達って居ないみたいなんだ。

それに、うちのクラス他の子と趣味も合わないみたいでさ。

佐々木君は、アウトドア派だけど、他の子は家の中でゲームばっかりじゃない?」


龍介は深いため息を吐いた。


「それでか…。先生が、佐々木が1人で居たら、声かけてやってくれるかって頼んできたのは…。

仕方ない。きいっちゃんと寅が何企んでんだか知らねえが、仲間入れてやれ。」


4人で戻り、亀一が話しだした。


「パラレルワールド装置を手伝わない理由は分かったか。」


「うん。」


「その代わりと言ってはなんだが、実は俺たちはタイムマシン装置を作る計画を進めている。

この秘密基地は、その実験室にする為に作った。」


「へええ!凄いね!」


悟は目を輝かせて聞いているが、龍介の目は驚きでかっぴらかれている。


「きいっちゃん…。俺はそんな計画、初耳だぞ…。」


「りゅ、龍…。ごめんな…。後でゆっくり話そう。今、佐々木の方を片付けねえと…。」


「いいや!今聞きてえな!俺に何の話も無く、資材だのなんだの、このクソ暑い中、集めさせたのか!」


「ご、ごめんて…。ちょっと待って…。お願い…。」


亀一を一睨みして、壁に寄りかかり、いつもの座り方で顎をしゃくった。

続けて宜しい様だ。


「と…いう訳でだな…。そっちは親には内緒だし、知れた所で喜んでもらえるもんで無い気がするが、気晴らしにどうだ。一緒にやるか。」


「うん!やりたい!」


「ただし、条件がある。」


「何?」


「パラレルワールド装置同様、それなりのリスクと危険はあると思われる。俺の言う事は絶対聞く事。」


「はい。」


「それともう一つ。龍はお前を心配して、仲間に入れようと提案した。恩に着ろという訳じゃないが、それなりの敬意は払って、仲良くやって欲しい。」


「はい。分かりました。」



悟は、そのまま手伝うと言うので、ペンキ塗りは寅彦、朱雀と悟の3人に任せ、亀一は何も言わず、ただじっと大きな澄んだ目で見つめて来る龍介と向かいあっていた。


「で?」


「タイムマシンをね…。」


「んなもん作ってどうすんだ。大体出来んのか、そんなもん。」


「リチャード・ゴット博士の理論では出来るし、米軍では既に実験段階に入ってるとか!」


「そう。まぁ、出来るとして、そんで?」


「龍は興味無いか?!しずかちゃんの子供時代とかさぁ!」


龍介が黙った。

怒っている訳ではなさそうだ。


「ん?どした?」


「実は、不審な点がある。」


「つーと?」


「きいっちゃん、大道建設の社長知ってる?」


「いや、よく知らねぇけど…。あのでっかい建設会社だろ?学校とかの工事にも、社長自ら来てて、雑誌の取材もちょくちょく来るとかいうこの不景気に頑張って稼いでる敏腕社長的な…。まあ、顔くらいだな。なんで?」


「その人が、道などで会うと、母さんを姐さんと呼ぶんだ…。」


「あ、姐さん?!」


「ん。母さんに聞いても教えてくれない。

俺の顔まで覚えてしまい、買い物とポチの散歩でポチ抱いて大荷物で歩いてる時に会ったりすると、ぼっちゃん、乗って下さい!と強引に車で送ってくれたり。あれは間違いなく、ヤクザの姐さんの扱いだと思う。爺ちゃん絡みかと思ったら、爺ちゃんは関わってねぇ様だし、なんだろうなと。」


「親父は?」


「口を閉ざす。若干涙目。」


「はぁ、益々ワカンねぇなって、そういうのが、調べられるんだよ!龍介くん!」


「うん。だから賛成しよう。」


「ありがとう!じゃあ、これ頼むぜ!」


今回もリストを渡される。

ざっと見て、悲しそうに亀一を見つめる。


「ーあのさ、発電機って、重いんだよ…。とても自転車の荷台になんか乗らねえよ?」


「ーそういや、お前、これらの資材、どうやって運んだんだ。」


「解体屋のおじさんがトラックで運んでくれた。」


「ええ!?じゃあ、バレてんのか!?」


「あのおじさん、学校関係者じゃねえからいいだろ?子供も20歳越してるし。」


「いや、そうじゃなくて…。疑われなかったか?」


「だから正直に言ったよ。子供部屋みてえなの親に秘密で作るって。そしたら、おじさん、じゃあ、竜朗にも黙っとくからなって言ってくれた。」


「はあ、良かった。話の分かるおじさんで…。」


「うん。爺ちゃんの友達はみんないい人だ。」


我が事の様に嬉しそうに言う龍介に、亀一の顔もほころぶ。


「そうだな。先生がいい人だからな。」


謎は多いが。


「発電機の要らないもんがありそうな所っていうと、あそこか、あそこなんだけど…。ちょっと遠いんだよな。」


「どこ?」


「国道の方。新しくデッカいスーパー出来た方。」


「遠いな、そりゃ…。」


「台車転がしてくるにしても、距離があり過ぎて、台車壊れそうだしな。うるせえし。」


「あ…。」


亀一は何か思いついたらしい。


「それこそ、その大道建設の社長に頼めよ。加納家まででいいって言ってさ。あそこからここまでなら、台車でもいいだろ?」


「……。」


「あ、そっか。連絡方法が無えか…。」


「ーそれが、何か困った事があったら、直ぐに連絡をって、名刺渡されてる。携帯番号まで書かれてる…。」


「よし!足は確保だな!」


「いいのかなあ…。」


「いいんだよ。坊ちゃんなんだから。」


「はあ…。」


こうして、基地も完成し、タイムマシン計画は無事始動した。



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