第7話

夏休み初日。予定通り林に集合するなり、亀一が激昂し始め、寅彦と朱雀は、いつも通り腰を浮かしてしまった。


「大黒柱はどうしたあ!」


何故聞くというような堂々とした様子で、その辺の木を指差す龍介。


「そこらの木を使えばいいだろ。ツリーハウス風だ。」


ニヤリと笑うもんだから、亀一は更にヒートアップ。


「壁はあ!」


「これ。」


指差したのは、ベニヤ板。


「窓どうすんだあ!」


「ベニヤだから、穴開けりゃいいだろ。」


「何言ってやがんだ!このオタンコナスビ!床どうすんだ!土台は!」


「ブロックが大量にあんだろ?適当に敷き詰めて、これを敷く。」


次に指差したのは、ウッドカーペットとという、畳の部屋も床に早変わりという、フローリング風の絨毯。


「屋根用の板は!」


「トタン屋根をご用意しました。被せて、適当に釘打ちすりゃいいんじゃねえの。その為の角材は用意しといたぜ。」


「トタンだあ!?ドア用の板はあ!」


「ドアなら、ほれ、そこに。」


そこには、物凄く昭和な香りのする、いかつく可愛くない、時代遅れな、やけに立派な玄関のドアが。


「うわあああー!酷い!酷過ぎる!なんなんだ、これはあああー!俺は、ログハウスみてえなの、作りたかったんだよお!」


「形になって、段ボールじゃなきゃいいんだろ?いいじゃん、これで。」


「良かねえ!」


亀一が龍介に飛び掛かろうとしたところで、寅彦が、バッと龍介の前に立った。


「まあまあ、きいっちゃん。これなら早く建設出来そうだし、ここで本当にやりたい事も、直ぐに取りかかれるじゃん。」


今度は、龍介の片眉が上がり、不審そうに、亀一と寅彦を睨んだ。


「何だ…。本当にやりたい事って…。」


寅彦は珍しく笑って誤魔化した。

慣れていないので、物凄く不自然で、余計気になる。


「ささ、きいっちゃんも龍も細かい事気にせず、作業にかかりましょう!」


結構細かい事を言うA型のくせに、そんな事を言うので、益々疑惑の眼で見る龍介。

そうなると、亀一も誤魔化す方向に行かないと、身を守れないので、材料がとんでもなく設計図からかけ離れている事もガタガタ言ってられなくなり、打って変わって指示を出し始めた。


大黒柱にする木も決め、屋根を支える角材も龍介に打ち込ませ、ブロックを敷き詰めて行く段になって、再び揉める龍介と亀一。


「だからあ!どおしてそんな適当にバシバシ置いてっちまうのって!きっちり真っ直ぐに置いて行けよ!」


これは当然ながら亀一の発言だ。


「一々うるせえなあ!んなもんどうせ見えねえんだから、適当だろうがなんだろうがいいだろ!」


「良かないっつーんだよ!床がガタピシしちまうだろうが!」


「あああああ!うるせっ!」


「誰がうるさいだ!この馬鹿たれがああ!」


「そっちが馬鹿たれだろうがああ!こんなもんに一々文句つけやがってえええ!」


作業が始まってから5分置きにはこうなるので、寅彦と朱雀は2人の事はほおっておく事にし、淡々と作業を進めていた。


「あれ?なんか下にあるよ?ブロックが上手く入らない。」


朱雀が言うと、亀一より先に、ものすごい早口で龍介が怒鳴った。

亀一に発言させると、また面倒臭い事になるからと言わんばかり。


「ほっとけ!無理矢理押し込め!」


しかし、亀一は黙っていない。


「だから床がガタガタになるって言ってんだろうが!掘り返せ!」


「だな。」


寅彦が賛成してしまったので、作業を中断して、掘り返すと、中からは、ブリキのお煎餅が入っていたような、和風の柄がうっすら見える錆びた缶が出て来た。


「なんだろうね、これ。」


龍介が止める間もなく、亀一が工具を使って開けてしまった。


中には、設計図の様な物と、古びたジャポニカ学習帳と、よく分からない何かの部品の様な物が入っていた。


亀一が設計図を見始め、寅彦がノートを読み上げ始める。


「これは、パラレルワールド装置だ。異世界に行けて、とても楽しかった。でも、もう2度と使ってはいけない物なので、ミイと一緒に…葬ります!?」


「ええ!?」


思わず、4人で、缶があった場所の土の中を覗き込む。


骨の様な物を発見。


「ぎゃあああああー!!」


4人で喚きながら、走り回ってしまった。


やはり、1番に我に返るのは、龍介。


「落ち着こう!猫の死体の上に建てるわけには行かねえから、骨は出来るだけ集めて、ここから離れた場所に埋葬してやろう!」


次に落ち着くのは、やはり亀一。


「そうだな!そして、この設計者は、お前の親父だ、龍!」


「父さん?父さんが動物飼ってたなんて、聞いた事ないぜ?」


ノートを持っていた寅彦も我に返り言う。


「いや、これ、持ち主は違うっぽい。ノートの名前のところに、なんとかこうへいって書いてあるぜ。」


「なんとかこうへい…。まあ、いずれにせよ、父さんが設計図書いた人なら、持ち主も知ってんだろう。それは、後で聞くとして、猫を埋葬してやろ。」


3人は動き出したが、朱雀は隅っこで、怖い怖いと、まだ泣いている。


しばらく見つめ、朱雀は諦める事にし、3人で骨を回収したのち、埋葬してやったら、なんだか疲れてしまった。


「もう加納家でメシ食おうぜ。龍の親父も帰って来るかもしれねえし。」


亀一が言い、やっと立ち直って、猫の墓参りをしていた朱雀も頷き、4人は加納家に行った。


しずかは、予想していたかのように、3人の分のカレーも用意しておいてくれた。

食べていると、珍しく龍太郎が早めに帰宅したので、龍介がブリキ缶を出し、聞こうとした途端に、何故か竜朗が怒り出した。


「そりゃあ、佐々木の馬鹿たれにやった、うちのせんべ缶じゃねえかああ!」


「さ、佐々木?じゃあ、爺ちゃんが言ってた、佐々木の親父さん?うちの鬼門の元凶の…。」


「そうだっ!」


思い出したら、また腹が立って来たらしく、かなりカリカリしている。

当の龍太郎は、制服のネクタイを緩めながら、缶を懐かしい様な顔をして眺めている。


「佐々木がね、パラレルワールドってなんだって聞いてきてさ。」


「そうだ。パラレルワールドって、なんですか。僕も知らないです。」


朱雀が聞くと、龍太郎が説明し始めた。


「今俺たちが暮らしてるこの世界の他に、実は何パターンもの世界が存在しているらしいんだ。

人間て、小さな事から、大きな事まで、色々な選択をしていくもんだろう?

その選択次第では、将来が全く別の物になる。

例えば、しずかが俺と結婚してなかったら、うちの子供達は産まれてなかったかもしれない。親父の結婚がもっと遅かったらとか、職業が違かったらとか。世の中で言えば、日本が戦争に負けてなかったらとか、原爆が投下されてなかったらとかね。」


「はい。」


「そのホニャララだったら…の世界が、別に存在してるんだ。

そこに佐々木は行ってみたいと。俺は行ってみたいとは思わなかったけど、装置作るのは面白そうだから、作ってしまった。

小6位の時だったかな。

親父がとにかく佐々木とは付き合うなって言うから、付き合わないようにしてたから、話に来た時は、親父にバレんじゃねえかって、気が気じゃなかったけどね。」


「全く。案の定、悪い事が起きたじゃねえか。」


「佐々木の身にでしょ。俺は一緒にやってませんから、何もありませんでしたよ。」


「あの、死んじゃった猫と関係があんの?」


龍介が聞くと、こくりと頷いた。


「うん。パラレルワールドで行った先で、佐々木の猫そっくりの猫が、用水路に落ちて、死にかけてるの助けて戻って来たら、佐々木の猫が死んでたんだってさ。

多分、別の世界だけど、別じゃないんだな。

向こうで失われるべき命を助けてしまうと、こっちで同じ存在の物が失われる。繋がってるんだ。

佐々木が泣きながらうちにそれを話しに来た時、たまたま親父が居て、話聞いてて、怒り出した。」


「そ!大体、佐々木って野郎は昔っから余計な事しちゃあ、トラブル起こすんだよ!だから、それは良くねえもんだから、この缶やるから、これに入れて、掘り出せねえ様に、地中深くに埋めとけって言ったんだ。」


「そういうわけで、そこの林に埋めに行ったんだ。だからこれは佐々木のなんだよ。」


「じゃあ、御飯頂いたら、帰り掛けに届けようよ。僕たちが持ってるのも、おかしな話だし、埋め直すのも、なんだかなあだし、猫ちゃんのお墓も教えてあげなきゃだし。」


朱雀が言うと、龍介はちょっと嫌な顔をした後、直ぐ笑った。

咄嗟に嫌な事がよぎったが、直ぐに解決ついたらしい。


「帰り掛けなら俺は行かなくていいよな?」


亀一が笑った。


「龍。届けんのは、佐々木じゃなくて、佐々木の親父だろう?佐々木は無視でいいから、当事者の息子であるお前から説明しろよ。」


「なんでだよ。きいっちゃんやってよ。」


「全くの部外者が持って行ったら、心証が良くないと思うけどな。そんないい思い出じゃねえみてえだしさ。」


すると、龍太郎も言った。


「そうだね。佐々木はそれ以来凄く大人しくなって、人が変わったみたいに真面目になって、トラブル起こさなくなった。飼い猫の死に責任感じて、よっぽど辛かったんだと思う。悪いけど龍、俺の代わりに行ってやって。」


「ええー…。夏休みなのに、なんで佐々木のでっかい顔見ねえとなんねえんだよ。」


渋る龍介に、しずかも言った。


「でも龍。折角父さんと佐々木君が埋めた物、掘っくり返しちゃったんだもの。父さんの息子の龍も関わってるのに、伺わないのは変だわ。」


「ーはあ。分かりました。」



龍介は憂鬱そうな顔で、佐々木家のインターホンの前に立ち、応対に出た母らしき人に向かって丁寧に言った。


「夜分に申し訳ありません。6年1組の加納龍介と申します。偶然拾い物をして、僕の父に聞いた所、悟君のお父様の物だと言われたので、お渡ししたいんです。突然申し訳ありませんが、悟君のお父様は御在宅でしょうか。」


悟の母らしき人は、微笑んだ。


「まあ~、立派ねえ。噂通りね。上がって?今呼んで来るから。」


すると龍介、若干青ざめて、拒否しているかの様な勢いで言う。


「いいえ!ここで結構ですっ!」


吹き出す後ろの3人。

確かに、家の中に入ってしまったら、それだけ悟と会う確率は高くなる。


しかし、悟の父と一緒に、悟も来てしまった。


龍介は、悟を見ただけで何も言わず、父親に向かって、理路整然と話し始めた。


「林で遊んでいる最中に、偶然これを見つけてしまったんです。

猫ちゃんの遺骨は集めて、お墓を作らせて頂きました。

父から話を聞いて、あまり思い出されたくない事ではないかと思いました。

勝手な事をして、申し訳ありません。

もしご希望でしたら、猫ちゃんのお墓のそばに、もっと深く穴を掘って、埋め直しておきますが、どうしたらいいでしょうか。」


悟の父は呆然と龍介を見ている。

龍介は、更に頭を下げて謝り、3人も一緒に謝った。


「あ、いやいや、いいんだ。ちょっとびっくりしちゃったんだよ。悟と同い年の子とは思えない位しっかりしてるから…。

そっかあ。そうだよな。加納の家の前だし、そんな深く埋めてなかったもんな。ごめんね、気を遣わせて。これはおじさんが預かるよ。

本当にありがとう。わざわざ大事に届けてくれて。」


朱雀が、龍介の後ろから顔を覗かせて言った。


「もしお墓参りされたい時は、ご案内します。絶対人が通らない所にしたので。」


「有難う。そっかあ…。ミイにちゃんとお墓まで作ってくれたのかあ…。本当にありがとね。」


礼を言われ、お礼にと、お菓子まで持たされてしまった。

取り敢えず無事に任務は果たしたが、悟が缶から目を離さず、獲物を見つけた捕食動物の様な目をしていたのが気になった…。

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