第6話

龍介大荒れの運動会も、最後のリレーでヤケを起こした龍介が鬼神の如き走りを見せ、逆転優勝に導いて終わり、梅雨明け間近となった日曜日。

亀一が加納家に行くと、龍介は留守だった。


「ポチのお散歩に行ったばっかりなのよ。あと、1時間半は帰って来ないんじゃないかな。」


しずかがリビングに亀一を座らせながら言った。


「そんな長時間行ってんの?」


「大型犬だから、1日2時間はしないと駄目なんですって。まだ小さいから、途中で疲れて、龍に抱っこして貰ってるみたいだけど。」


「でも子犬って言ったって、ポチ大きいよな。何キロあんの?」


「もう11キロあります。」


「んな重いワンコ抱っこして歩いてんの?龍も過保護だなあ。」


「ほんとよ。苺達にも結構甘いお兄ちゃんだけど、ポチにも甘かったわ。でも怒ると怖いから、ポチも苺達も言う事聞くのよね。」


「なるほど。ああ、運動会の後、大丈夫だった?龍、半殺しだってずっと言ってたけど。」


しずかは作っておいたアイスオレンジティーをピッチャーからグラスに注ぎながら苦笑した。


「有言実行だわよ。帰って来るなり龍太郎さんに、道場来いって言って、もう滅多滅多のギットギトよ。あの子、剣道の大会とかでも突きってしないのね。基本的に防具が無い所、薄い所には入れない様にするくせに、もうそういう所ばっかり狙って。龍太郎さんがえええー?って言ってる間に、バンバンバンと、コテ、突き、面、それも力一杯やっちゃって、のびちゃったわよ、龍太郎さん。」


「すげ。本気じゃなかったんだな。大会は。」


「その様で。龍太郎さんが起きたら、青筋立てまくったまま、2度と来なくていい…って、達也くんもびっくりのど迫力で言ってました。」


「親父、堪えた?」


「それが…。」


頭を抱えるしずか。


「龍太郎さんも、はいって言えばいいのに、何故!?楽しかったから、また行きたい、中学も行くって言っちゃったもんだから、面取った状態で、龍渾身の面が飛び、朝まで起きなかったわ。」


「そらそうだよ。中学は今の小学校の奴ら居ねえ様なもんだもん。また新たに伝説作られたら、6年間続くんだぜ?」


龍介、亀一、寅彦と瑠璃は、横浜にある、英学園という所を受験する事になっている。

かなりの進学校で、レベルも上位校だから、1校から4人も行くのは、しずか達の代以来だという話だ。

しずか達の代は、龍太郎、しずか、亀一の父の和臣と、亀一の母の優子と、やはり4人行った。

そもそもここは相模原で、横浜は近いとは言い難い。

元々、横浜の私立まで通う子も少ないし。


「そうね。ねえ、朱雀ちゃんは、本当に英行かないの?」


「あそこは、男は質実剛健て言ってるでしょ?それだけでもう嫌だってさ。まあ、それ以前に、合格水準には、ちょっと遠いからね。」


「残念ねえ。折角幼稚園からずっと一緒だったのに。」


「そこは朱雀も不安で寂しいみてえだけどな。あ、ところでしずかちゃん。運動会の時の、あの親父2人の死の追いかけっこは何?」


「ーえ…。」


しずかが困った様な顔で固まった。


ーやっぱなんかあんだな。


「だっておかしいじゃん。龍の親父が柏木さん知ってるなんて。しかも、呼び捨てだぜ?相当な知り合いだよな?

だけど、柏木さんは、龍の親父と学校が同じになった事なんか無い。

そして、構図が丸で自衛隊VS図書館司書みてえだ。

柏木さんの身体能力も、図書館司書としては、高過ぎるし。」


亀一は、注意深くしずかを観察する様に見つめている。


「先生にしたってそうじゃん。まあ、まだ56だから、若いと言えば、若いけど、剣道の師匠やってるっての差っぴいても、鍛え方が違うじゃん。まるで軍人じゃねえかよ。」


しずかの肩がピクリと動いた。


ーやっぱり…。謎の軍事関係者だったのか…。


龍介が連れて行かれるサバイバルキャンプには、亀一と寅彦も参加させられているが、あれはもう、特殊部隊の訓練の様だった。

その監督は、自衛隊員の龍太郎が行く事あるが、龍太郎が行っても行かなくても、竜朗は必ず行くのである。

元図書館司書。今アルバイトの身分の筈なのに、スキルは超エリート軍人だ。

亀一は、龍介と寅彦と一緒にアメリカの特殊部隊の軍人を描いたドラマや映画を見るにつけ、何故俺たちは同じ事をさせられているんだろうと思うと同時に、自衛隊の龍太郎と和臣は置いといて、竜朗は一体何者なのかというのは、常に疑問に思い、3人で話していた。


「しずかちゃん?」


しずかが何か言おうとした時、玄関が開いて、龍介の疲れ切った声が聞こえた。


「た…だいま…。」


2人で出迎えると、龍介は、蜜柑を肩車し、苺とポチを片手に1人づつ抱いて立っていた。


「ええ!?龍、どしたの、それ!」


しずかと亀一で2人と1匹を降ろしてやると、漸く答えた。


「公園走り回って遊んで、帰ろうかってなったら、3人して座り込んで疲れた、歩けないって言うんだもん…。」


亀一は龍介の甘い兄貴ぶりに驚きながら聞いた。


「どこからそうやって来たんだよ。」


「4丁目の公園…。」


「あんな所からあ!?お前、優し過ぎ!ポチ、お前犬なんだから、歩け!」


龍介の足の後ろに隠れ、鼻だけ足の間から出すポチ。


「苺と蜜柑も。もう来年は小学生なんだから、ちゃんと歩け。」


「だってえ…。ごみんなしゃあい…。」


異口同音に言って、龍介の手を握る。


「もおおー。」


「本当よ。ごめんね、龍。きいっちゃんお話があるって、待っててくれたの。お部屋行きなさい。おやつ持ってくから。」


「ポチの足洗わないと…。」


「母さんやっとくから、自分の手だけ洗ってらっしゃい。」


「ん。ありがと。」




部屋に入ると、亀一は用件でなく、さっきの事を報告した。


「やっぱ、じいちゃんは、単なる図書館司書じゃねえんだ。」


「その様だな。あの辺の、つまり、寅の親父も含めた図書館司書は、軍人ぽいぜ。」


「謎の。」


「そう。謎の。」


「でも、そんなの日本にあんのか?」


「だから、お前の発信器とか、なんか大っぴらになってねえ事が起きてて、みんなそっち関係者なんだよ。だから俺たち特殊部隊の訓練みてえな事させられてんだ。」


「何故。」


「後釜の英才教育?」


「はああ…。なんかよくわかんねえな。」


「で、龍は先生の杖は調べたか。」


大体、その辺の中年より足腰の元気な竜朗が、杖を持ち歩いている事自体がかなり不自然だ。


「あの杖は、何故か爺ちゃんは自分の寝室に持って入ってしまうんだ。だから調べられてない。」


「益々怪しいな。普通玄関に置いとくもんなのに。仕込み杖なんじゃないのか。」


「ええ!?刀入ってるって事?!」


「だって、お前の親父のあのビビリ様も、柏木さんの構え方も、中身が刀だとすりゃあ、納得行くだろ。」


「ああ…まあそうだけど、まさかあ…。ヤクザじゃあるまいし…。ところで、ご用件は?」


「あと2日で夏休みだが、龍介君。」


「そうだな。だから?」


どこからどう見ても、のほほんとしている。


ーコイツ、やっぱ忘れてるぜ!


亀一の片眉が釣りあがっても、ぽかんとしている所を見ると、本気で忘れ去っている様だ。


「秘密基地の資材調達は済んでいるんだろうな!?」


龍介の顔面から血の気が引いた。


「やっぱ忘れてたな!?」


「う…、ご、ごめん…。えー、あー、これから行こう!」


亀一の、ジト目で責め立てる痛すぎる視線を必死に避けながら、しずかのおやつは諦め、2人で自転車で外に出た。


「どこ行くんだ。」


「爺ちゃんの同級生がやってる、解体屋さん。 この間、ポチの小屋の材料貰いに行ったら、まさしくありとあらゆるもんがあったからさ。」


「ふうん。ん?ポチの小屋?あいつ、家ん中に居るじゃねえかよ。お前と寝てるって言ってなかった?」


龍介は目を逸らし、バツが悪そうにボソボソと言った。


「だって、まだ小さいし…。毛も生えそろってねえから、寒いかなと…。」


「この蒸し暑いのにい!?あんま甘やかしてっと、外でなんか飼えなくなるぞ!?」


「でも、可哀想じゃん。みんな家ん中に居んのに、1人寂しく外なんて。」


「1人じゃなくて、1匹だっつーのに…。大体、番犬つーのは、そういうもんだろうが。お前は本当に甘いわ、過保護だわ…。お前が親父になったら、子供はとんでもねえ我が儘もんに育つな。」


「そうだろうか…。」


「男は絶対駄目だな。女しか生まれない様、今から祈っとけ。」


「ー全然ピンと来ねえんだけど?」


「そらまそうだな。俺は結婚したら、3人の子持ちになるし、しずかちゃんも46になってるから、我が子は要らねえけどな。」


龍介は、自転車に乗っているのに、ずっこけた。


「きいっちゃん、本当に18になったら、母さんと結婚する気なのか…。」


「当たり前だろ。何言ってんだ、お前は。」


ー何言ってんだは、こっちのセリフだよ!


「俺が親父になったら、寂しい思いなんかさせないからね、龍介君。」


「きいっちゃんが18になってるとゆー事は、俺も18になってんだから、もう親父が居てもいなくても、どうだっていい年だと思うけど。」


「いいの!俺はお前のいい親父になってやるって言ってんだから、有り難く受けとけえ!」


ーもう…、訳分かんねえよ、きいっちゃん…。




変な話をしている間に到着。


「お!龍ちゃんいらっしゃい。」


出てきたおじさんは、竜朗と同い年には見えない。

というよりも、このおじさんが年相応なのだ。

竜朗は、見た目の若さに加え、更に短髪を金髪に染めてしまっているので、40代位にしか見えない。

それで、知らない人には、しずかと夫婦だと勘違いされてしまうのである。


「すみません。また要らない物置場、見せて貰ってもいいですか。」


「おう。好きに見て、持ってってくれ。処分せずに済んで助かるよ。」




龍介は、亀一のリストを手に、要らない物置場をガサゴソやりながら、何かブツブツ言っている。

長い付き合いで、嫌な予感しかしない亀一。


「おい、龍。ちゃんとリスト通りに頼むぜ?」


「へえへえ。分かってますけども…。はああ…。いいね。うん。こうしよう。」


「あん?」


「帰っていいよ。きいっちゃん。」


「いや。凄え不安だから、居る!」


「いいって。」


などと言い合いをしていると、亀一の携帯の着信音がした。

何故かダースベーダーのテーマだが。


「なんだ、お袋か。もしもし?」


すると、龍介の耳にも、優子の緊迫した声が響き渡って来た。


「早く帰ってらっしゃい!今日は、お婆ちゃまがいらっしゃるって、言ってあったでしょおおお!?」


「あ…。いけね。はいはい。すぐ帰ります。」


電話を切り、龍介をじっとり睨みながら渋々といった感じで告げる。


「麗子ババアが来るって、お袋がカリカリしてっから帰るけど…。呉々も、図面通り、リスト通りに頼むぜ…?」


龍介は満面の笑みで、胸を張った。


「はいはい。任せておきなさい!」


かえって怪しいという事も亀一は知っているが、父方の祖母の麗子は、凄まじい婆さんなので、母1人で応対させるのは忍びなく、何度も振り返り、後ろ髪を引かれながら帰って行った。


龍介は、邪悪な笑みを浮かべた。


「ふふふ…。邪魔者は消えたぜ…。」










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