2-4



 ソフィアが連れてきた局員たちに事情を説明し、事後処理を任せてきたアイドは今、宿の自室で剣を研いでいる。

 身体を斬ったわけではないので、血液などの汚れは付着してはいないが、打ち合いに発展したので念のためだ。

「流石に目の前で起こったらやってられないなんて、言ってらんないよね……」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 手を動かすまま、彼は考えていた。

(今日の黒いローブの男。情報にあった法石盗難事件の目撃談は女が犯人だった。

 二人での犯行? いやもっと多くの組織的な?

 なんにせよ調べないとわからないことが多すぎる。ただ今までは往来で、しかも明るいうちに襲われたなんて情報は無かった。どういうことだ?)

 そんな思考が延々と脳内を回っていたとき、ふとノック音が部屋に鳴り響く。

「ちょっといいかな」

 今日一日中聞いていた声、ソフィアの声だ。

「あ、はい、開けますね」

 研ぐことを一旦やめて部屋の鍵を開け、彼女を招き入れる。買い物を邪魔されてしまったせいで、服はこの宿屋で購入した部屋着を着ている。

 彼女をさっきまで自分で使っていた椅子へと誘導し、自分はベッドに座った。

「どうかしました? あ、研ぐ音うるさかったですか?」

 彼女の部屋は隣なので、音が伝わってしまう可能性は高い。

「ううん、それは大丈夫。っていうか剣研ぐ音好きだからさ」

 そう言ってはにかむ。一呼吸置いた後、彼女は話しを続けた。

「買い物、明日行くんだよね? その時にちょっと、剣が売ってるとこに行きたいんだ」

「なるほど……、そうですね。調査に協力してもらえるなら貴女も、というか、貴女が戦えた方がいいです」

 そう言いながらアイドはベットから立ち上がり、櫛状の峰を持つ短剣を手に取る。

「わかりました。じゃあ自分がこれ作ってもらったところに案内しますね」

「それってオーダーメイドだったの?」

「ああ、まあ、はい。こんなの支給されないですし、どこにも売ってなかったんで」

 笑いながらそういうと、「やっぱりそうなんだ!」と彼女も笑う。



 鉄を叩く音、弾ける火花。

 襲い来る熱気の中、二人はその仕事ぶりを眺めている。

 商業区画の奥の奥、すさまじくわかりづらい路地を通った先に、その鍛冶屋はあった。昨晩行こうと約束をした場所。

「お、なんだ、アイドじゃねえか」

 熱した鉄塊に対し槌を打ち込んでいた大柄の男がアイドへと気づき、声を掛けてくる。しかし作業の手は止めず、短い鉄の棒を叩きながら。

「ビガンさん。今日はちょっと剣を買いに」

「剣? お前のダメにしちまったのか?」

「いえ、自分ではなくて……」

 作業が一段落したのか、ビガンと呼ばれた男はアイドたちへと寄ってくる。そんな彼に紹介するように、アイドは手ぶりをつけながらソフィアの方を向いた。

「彼女の剣を買いたいんですけど、丁度よく余ってたりしませんか?」

「へえ、アンタの?」

 ビガンは訝しそうに目を細めて彼女を見る。

 選定するようなその瞳に動じることなく、ソフィアはただ自然と言葉を返した。

「はい、お願いできますか?」

 判断しかねたのか、彼は首を一つかしげてから「どんなのが欲しいんだ?」と顎に手を当てる。

「うーん、特に要望は無いです。何でも扱えると思います」

 彼女のあまりにも自信に満ちた回答に、二人とも思わず目を見開き彼女を見やる。

 当のソフィアはというと、その言葉に寸分違わず、少しだけ頬を上げた嫌味の無いクリアな笑みを浮かべていた。瞳からは奢りも高慢も感じられない。

「お、おう。じゃあそうだな……」

 若干その発言に引き気味になりながら、ビガンは部屋の一角をゴソゴソと漁り始める。決して整頓されているとは言えないこの鍛冶場なので、彼が物を動かすたび少量の埃が舞う。

「な、何でもいいって、ほんとに大丈夫ですか?」

「君の短剣を見ればこの人の腕がいいってことはわかるし、大抵の武器は使えるしね」

 困り笑顔をアイドへ向けながら彼女は言葉を紡ぐ。その後一息置いて、「まあ、死ぬほど練習したかんね」と続けた。

 そうこうしていると、目的の物を見つけたらしいビガンが宝探しから帰還する。

「今すぎに渡せる剣はこれくらいしかねえな。それでもいいならやってもいい」

 彼が持ってきた剣は彼女の身長ほどあるかという大剣だった。刃だけ見てもその長さは胸元まである。

 どう見てもそれは女性が持つような剣ではなく、大の男ですら扱える者は少ないだろう。

「ビガンさん、いくらなんでもそれは……」

 アイドが思わず持ってきたそれを拒否しようとする。

 しかし、彼女の言葉はアイドの発言とは真反対の物だった。

「いえ、ぜひそれで! それでお願いします!」

 二人は目を丸くする。

 しかし、アイドはすぐに思考を聞き及んでいた英雄譚のことへと向けた。

(いや、確かあの話で彼女が一番使ってた剣はこんな大剣だったっけ……)

「いいのかアイド? 俺は構わないけどよ」

 黙りこくるアイドに尋ねる。アイドはすぐに顔を上げ、「その剣でいいです。値段は?」と返した。

 突然の立場の変化にビガンは少々驚きつつも、在庫を処分できるとあって話を進めて行く。

 とある騎士の注文品だったがキャンセルが出た品ということで、販売価格の三割でその剣を購入し、二人は店を後にした。

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