2-3



「じゃあとりあえず……生活用品から買いましょうか。洗剤とか数日分しか持ってきてないですし」

 時は昼と夕の狭間といった所で、空は少し赤みがかってきている。

 宿所で二部屋を借りて荷を置いてきた二人は、買い出しを目的として商業地区へと赴いていた。

 交易都市、なんて名を冠しているだけあって、ここは町で最もにぎやかな場所の一つだ。往来は様々な装束の人々が行き交い、日々の買い物や商談にと忙しなく動いている。

「ホントに私も泊めてもらっちゃってよかった?」

「いえ、多分自分の生活費は経費として支部に落としてもらえるんで実質一人分です。それに、勤務地があそこだとお金使うことがないから貯金結構あるんですよね」

 「だから気にしないでください」なんて言いながら目的地を目指し歩んでいくアイド。そんな彼の横を歩きつつも、ソフィアは時折左右を見渡しては物珍しそうに店を見ている。

 衣服、野菜、肉、料理、家具、ガラスに刃物。それぞれを陳列している店一つ一つに注目しながら、きょろきょろとする姿はさながら幼子のようだ。

「にしてもすっごいね。色んな人がいて、物があって、売って、買って」

「クォーリアは南部から王都へ物を流す際の中継点ですからね。それにここがこんなに反映したのって、ソフィアさんのおかげなんですよ」

「へ?」

 思わぬところから自分へ繋がって驚いた彼女は、疑問符をそのまま声に出す。

「ほら、陣を敷いたって言ってたでしょ? そこから人が集まってこうなったらしいんです」

「あー、確かにケガを負った人とかここへ残してきたかも」

「だからここの人たちは、貴女に対するイメージが悪くない人が多いです。まあ王国の教育は一応、なんていうか……『そういう』方針だし、ここは人の流入も多いので薄れつつはありますけど……」

「そうなんだ……でもなんか、ちょっと嬉しいな」

 彼の話に耳を傾けていたソフィアは、少しうつむいて頬を上げる。そして続く言葉をゆっくりと紡ぎだしてゆく。

「私、倒した後割とすぐに捕まっちゃって。だから……感謝してくれた人たちもちゃんといたんだって」

 うつむく彼女の瞳から、一瞬だけ光がこぼれて、地面で弾けた。

 袖でごしごしと拭ってから、満面の笑みをアイドへ向ける。

 彼は息が止まるような感情に襲われて、目を離せなくなった。

 ダイヤも、ルビーも、サファイアも、エメラルドだってシベライトだってシンハライトだって持ちえないような輝きが彼女にはあるような、そんな気がした。

「あ、す、すぐそこです。あの店が行く予定のとこです」

 いつからだろうか止まっていた歩みをまた進めつつ、彼は無理にでも道の先を見つめる。

 丁度見えてきた目的の店を指差しながら、早くなった鼓動を紛らわすようにどんどんと加速していった。

「う、うん!」

 唐突に歩みを速めたアイドに遅れながら、ソフィアも歩き始める。

 そんな時。

「お、おい、なんだお前!」

 早歩きになってしまっていた二人の耳に、唐突にそんな怒号が入ってくる。

「この裏から⁉」

「行きましょう!」

 店を隔てて向こうの道から聞こえてきたらしきその怒号に反応し、二人は駆け出す。



 裏路地を駆け抜け、声のした通りへとたどり着く。

 二人が目にした光景は、男性が黒ずんだローブを着ている何者かに剣で喉を切り裂かれている瞬間だった。たどり着いた、まさに丁度のタイミングで血飛沫が舞う。

 剣筋につられ弧を描くように舞う赤のインクが地面に落ちる様が、アイドの瞳に映る。

 往来での唐突な出来事に呆けている暇はない。

 即座に二振りを抜剣し、右の剣は順手に、左の剣は逆手に握る。

 同時に地面を力の限り蹴り、斬った相手との距離を詰めてゆく。

 剣を振り下ろす。相手は剣のガードをうまく使って、弾き流した。

 アイドの背後では、ソフィアが斬られた男性に応急手当を施している。その手際は冷静そのもの。

 彼は一旦数歩距離を取って、相手に言い放つ。踏み込めば剣は届く距離だ。

「治安維持局だ、抵抗を止めろ」

 予想はしていたことだが、その相手から返答はない。

 どうやら骨格から察するにローブの者は男性の様であった。

 男はアイドから目を離さないようにしながら少しずつ距離を取ろうとしているが、それに合わせアイドも逃がす意思は無いと距離を詰める。

 平行線と踏んだのか、今度は男の方から踏み込み斬りかかって来た。

 待ってましたと言わんばかりにアイドは左手の返しがついた短剣を体の前へと移動させ、振り下げられた剣を溝の部分へと誘い込む。

 金属がぶつかる音がけたたましく鳴り響き、左手に衝撃が走る。その瞬間に彼は外側へと短剣をひねり、相手の剣を巻き込むようにしながらその返し部分で絡めとった。

 もはや体が密着する距離。

 斬るより殴るほうが早いと判断した彼は、剣を握る右の拳をそのまま相手の顔面目掛けぶつけようとする。

 しかしその瞬間。

「まぶッ――――」

 唐突にローブの男の首元が発光しだし、アイドの視界は白く染まった。

 思わず一瞬瞼を閉じ、再び開ける。

 視覚が伝えてきた次の情報は、至近すら見えないほどの霧だった。

「またか……ッ」

 既に打ち合っていた男はおらず、絡めとった剣だけが残っている。

 どうしようもない怒りに駆られたアイドは、左手を思い切り振り降ろし、返しに挟まっていた剣を地面へと叩きつけた。

 怒りに打ちひしがれる心を一旦落ち着かせるため、大きく息を吐く。

 我に返って、被害者の方へと振り向く。

 そこには未だ横たわっている血まみれの男性と、横で手当てを続けるソフィアの姿がまだあった。

 急いで駆け寄る。

「どうです?」

 焦りを含んだ声色で彼女に尋ねると、彼女は厳しい顔をした。

 男性が必死に呼吸を続ける。

「大丈夫、助かるよ……大丈夫」

 本人に聞かせないために口ではそう言っているが、彼女はアイコンタクトでもう厳しいということを伝えてきた。アイドもそれを察してか、これ以上追及することはしない。

 やがてその男性から苦しい呼吸音が聞こえなくなり、何かが抜け落ちたかのように動かなくなった。

「……支部へ戻って、局員を呼んで来て貰えますか?」

「わかった、行ってくるね」

 彼女はスッと立ち上がり、支部への道を駆けて行った。

 朱色の時間は終わり、月夜が始まろうとしている。

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