2-2
「二三日こっちで休暇取る予定だったのに……」
アイドは今、都市クォーリアの中央広場にあるベンチでひたすらに空を見上げていた。すべての体重を背もたれに投げうつかの勢いで脱力しながら、ただひたすらに。
半開きにされた口元から生気が流れ出ているかのような気配さえ感じるその表情に、誰も声を掛けようとする者はいない。
人々の笑顔と喧騒が飛び交うこの空間で、彼だけが浮いていた。
「支部の仕事押し付けてなんなんだーもー」
彼が報告を終え退出しようとした所に舞い込んできた仕事とは、昨今この都市で発生しているという法石盗難事件についての調査だった。
なんでも治癒系の力を持つ宝石の盗難が多いらしく、犯人の目撃談も少ない。抵抗した人の中にはケガを負ったものや、殺害された人もいるらしいとのことだった。
「っていうかホントに俺の仕事じゃないよねこれ……」
「おーおー、暇そうなこって。税金泥棒局はいいよなぁ、ベンチに座ってるだけで金がもらえるんだから」
空を眺め文句を垂れ流すアイドに対して、明らかな挑発の言葉をぶつける音が聞こえる。
アイドにとってうんざりする物言いを放つ人間など、知っている限り一人しかいない。
「……レイ……。何しに来たんだよ……」
見上げることをやめ、正面を見る。
そこには嘲笑を浮かべた赤髪の青年が立っていた。
非常に整った顔立ちから浮かべられているその表情は余計に挑発的に感じて、ため息をつきたくなる。
レイはアイドとは違う制服、王国軍所属を示す軍服に身を包んでおり、腰には両手で扱う程度の長さの剣を着剣していた。
背には仰々しいショート丈マントをはためかせている。
「巡回中に不審者を見つけたので声を掛けたまでだ」
「不審者って……いや制服着てるし……」
「国に従事する制服を着ながらこんなところで油を売っているなんて、十分不審者だろ? ついでに負のオーラも垂れ流している」
「うえ……まあ……」
実際制服を着ながらぶーたれていたことは事実なので、特に言い返すことはできず言葉が詰まる。
「そんな根性だから試験に落ちたんだよお前は」
「……勤務中なんだろ? いいから巡回続けなよ」
レイとアイドは共にこの町から王国軍の試験を受けに行った仲である。
剣術ではアイドの方が圧倒的に上手だったが、法石が扱えないということもあって、結果はレイだけの合格となった。
しかし彼は剣術で負けていることが気にくわないらしく、顔を合わせる度に突っかかってきている。
そんな奴からのキツイ煽りに対して、対応の面倒くささに匙を投げたアイドは遠回しにどっかへ行けと言葉を刺しこんだ。手ぶりで振り払う動作をして、より言葉を強調させる。
そんな言葉を放たれて、嘲笑を浮かべていた彼の顔は不機嫌さを含む表情となり瞼を細める。
「いいさ、お前がそうやって止まっている間に俺は上を目指すからな」
踵を返し背を向けて、失望とも挑戦ともとれる言葉を彼は落とす。
歩き始め距離ができたレイの背中に届かぬように、アイドも言葉をこぼす。
「このままじゃダメなんて、わかってるよ」
行き場のない不安をそのまま形にした言葉が、心の底で存在感を放っている。
視線を落としたその先に、アリたちが動く姿が見えた。
「待たせてごめんね! ……どうしたの?」
地面を見つめていると、視界に靴が入り込んでくる。同時に掛けられた声に反応して、アイドは顔を上げた。
さっきまで嫌味なやつが立っていた場所には、今は代わりにブロンドの女性が立っている。心配そうな表情をうかべて、彼を見つめていた。
先ほどまではひどく不自然な髪型をしていたはずだが、今目の前にいる彼女は爽やかなショートヘアを携えている。
「ああいや、大丈夫です。それより、いいですね、その髪型」
本当は「似合ってる」だとか「かわいい」だとかいう感想を口にしたかったが、何だかそこまで褒めることが恥ずかしくて「いいですね」なんていう感想に落ち着いてしまう。
「そう、ありがとう! いやー、最近のりはつてん? だっけ? すごいね!」
ぱあっと笑顔を浮かべ、感想を述べる。しきりに前髪をいじってみたり、後ろ髪をかき上げてみたりと忙しそうだ。
アイドはそんな彼女を見ながら切り替えるように深く息を吐き、大げさに勢いをつけてベンチから立ち上げる。
「さて、まずは宿を取って、それから買い物に行きましょうか」
「おっけ!」
太陽のような笑顔を向けられて、アイドは少し頬をかく。
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