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「それで、貴重な竜石を三回も使ってきたわけか」

「姉さんがいたんだ、仕方ないでしょ」

 大小さまざまな宝石が置かれた薄暗い部屋で、白衣の男と赤茶のローブを着た女が話をしている。

「ソフィア・アシュロウトか。最初の竜石を作った女……」

 白衣の男は、目の前に置かれた赤い液体と、その中に漬けられている宝石から目を離さず呟く。

「竜石を作った? あんたみたいな気持ち悪いやつと姉さんを一緒にしないで」

「例え偶然の産物とはいえ、作り出したことは事実だろう?」

 彼の言葉が耳に届くと、女は舌打ちをした。同時に切れ長の瞳で男を睨む。

 一瞥すると、踵を返し男へ背を向ける。コツコツと彼女の履くブーツが音を立て、男の元から遠ざかってゆく。

「どこへ行くんだ? シルヴィア・アシュロウトよ」

 目線は宝石そのままに、ワザとらしく煽るようにフルネームを彼女へと投げかけた。

「別に教える必要はない」

 シルヴィアと呼ばれた女は足を止めることなくそのまま部屋を出ていった。

 バタリと扉の閉まる音を背に、男はつぶやく。

「フフフ……堕英雄がついに現れた……」

 誰も居なくなったその空間に、男の奇妙な笑い声が響く。

 肩を震わせながら、言葉を続ける。

「最後のピースが、これで埋まる」

 目の前に置かれていた宝石を液体の中から持ち上げた。期待と狂気に満ちたその眼は、その宝石よりも遠くに焦点がいっていて。

「こんなまがい物を作る日々はもう終わりだ」





「何だったんだあいつは……」

 至る所に軽く包帯を巻いたガイは、不満げにそう零す。

 治安維持局の建物の中。先ほどの戦闘の傷を治療するために三人は再びここへと戻ってきていた。

「あの子はたぶん……シルヴィア。シルヴィア・アシュロウトだと思う……」

「アシュロウトですか? それって」

 ソフィアの治療を受けながら、アイドは考える。

 アシュロウトなんていう苗字は決して普遍的ではない。それこそアイドはソフィア以外にその名を聞いたことは無かった。

「彼女は貴女のことを姉さんと言っていた……。妹なんですか?」

 その問いに彼女は頷く。

 アイドは記憶をひっくり返すが、妹の存在がほのめかされていた文は思い当たらない。

「私が竜討伐のために動き始めてからは、妹に、いや、家族には会ってないんだ」

 補完するように彼女が続け、合点がいく。

 世に普及する英雄譚では、主人公のソフィアは最初から竜討伐を目的として動いていた。妹どころか家族構成の示唆さえされていなかったが、関係していないのだから当然だ。

「百歩譲って本当に奴が妹だったとして、なぜ生きている? 奴の背中も同じようになってるのか?」

 ガイが問う。

 彼女は軽く首を振って、「ごめん、わからない」とだけ答えた。

 血の繋がった姉妹だとして、妹も百余歳。生きているはずもないことは道理だ。

 その答えが返ってこないとあって、彼ら二人は押し黙るしかなかった。

 三人の間で沈黙が流れる。

 そんな中で、口火を切ったのはガイだった。

「とりあえずアイド、お前は明日ソフィアを連れてクォーリアへ行ってくれ。買い物と、支部へ報告を頼む」

「あいあい、りょーかい」




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