1-11
表へと出てきたガイは、フードを深くかぶった女性と思われる人間と対面をしていた。
彼女が羽織っている赤茶色のフード付きローブは傷がひどく、ところどころ切れ目が入っている。シミも多数見られ、間違っても清潔だとは言えない様相である。
とは言っても、貧困層や辺境の村住まいならば別段怪しいとは言えない格好で、ガイも気にする様子は無い。
「おう、なんか用か?」
言葉少ない対応だが、言葉に敵意は乗せずに発する。
「はい、貴方がたに少し用がありまし――――
眼前にいる女性は、そう言葉を紡ぐ途中で、両袖からふらりと二刀のナイフを覗かせて。
――――てねっ!」
間髪入れることなく右手に握るナイフをガイ目掛けて振り上げた。
その攻撃に映る寸前、太陽光の反射によって刃物を確認していたガイは、同時になんとか体を逸らし、無傷で初撃を避ける。
しかし、何の説明もなく始まった彼女の攻撃は留まることなく、次は左手、次は右手と続けられていく。
「チッ、警戒不足とは、俺もアイドのことを言ってられないな!」
女の繰り出す間髪の無い斬撃に、反撃の機会も武器もないガイの口からは思わずそう漏れ出る。
「速いな……ッ。おいアイド!」
何とか深手は避けられているが、女のあまりの速度に軽傷が増えてゆく。
防戦ですらないこの展開でできることは、裏手にいる仲間を呼ぶことだけと判断し、声を上げた。
それでも切りつけることを止めない女に、ひたすらに避け続けるガイ。
そんな状況が十秒と続かないうちに、建物の裏手から全力の足音が一つ聞こえてきた。
「離れろっ!」
ガイとは違う男の声が響き、二人の間に影が割って入る。薪割り斧を持ったアイドだ。
そんな状況の変化にうろたえることは無く、今度は標的をアイドへと変えてその神速は続いてゆく。
「速い、けどさっ!」
相手に合わせて薪割り斧をうまいこと移動させ、様々な角度でその猛攻を防いでゆく。
同時に半歩、また半歩と相手へ向かって歩みを進める。避け続け後退していたガイとは違い、受け続けながらも逆にアイドが圧しているかのような戦況へと変化していた。
そんな剣戟を幾度も繰り返す。繰り返す。繰り返す。
「このッ!」
痺れを切らしたのか、猛攻の刻むリズムが一瞬崩れる。
一瞬。少しだけ、ほんの少しだけ大降りになったそのナイフに合わせて、アイドはくるりと斧を回転させて見せ、遠心力の勢いと共にヘッド部分をぶつける。
想定を超えた衝撃に、女は大きく体勢が崩れた。
その隙を逃さない。アイドは間を置かずに、右の足で空いた胴体目掛け蹴りを入れる。
突き放すような蹴りを食らった彼女は、後方へ少し吹き飛ぶように倒れこむ。しかし、その後も隙を晒すような真似はせずにすぐに体勢を立て直した。
「何なんだ、あんたはッ!」
できた距離を利用して、問うようにアイドは叫ぶ。相手方は肩で息をしているが、未だ戦闘の意志は失っていないとみられる。
「姉さんを返せ……。姉さんを返せッ!」
女が吼える。
感情をそのまま破裂させたかのような勢いの言葉。
しかし、その意味はアイドには届かなかった。
「何言ってる⁉ 誰かを誘拐した覚えはない!」
アイドも叫び返す。
その直後、突如二人を離別するように氷壁が音を立てて現れた。透明度の低い氷壁が、二人の会話を阻む。
これはガイが作り出した氷壁だとすぐに理解したアイドは、すぐに後方へと視線を移す。
「アイド、剣だ!」
ガイ自らの得物である巨大な戦斧と、アイドの得物である長短二本の剣を持って、大男が走り寄ってきた。
声を聴いた彼は斧を捨て、投げる様に渡される剣を受け取る。鞘を腰につけている暇はない。長剣を右手に、いくつも返しのついた短剣を左手にそれぞれ抜き、鞘は投げ捨てた。
アイドが二刀を構えたところで、轟音を立てて氷壁が砕けた。
氷塊となった壁のその先には、相変わらずナイフを構える女。
その首元では、ネックレスに嵌められた翠色の宝石が一つ、輝きを放っていた。
「げえ……法石使いか……」
「そのようだな」
思わず零したアイドの不満を、ガイが拾い上げる。
「すごい音したけど何!」
微妙な顔をしている彼ら二人の後方から、ブロンドの女性が走り寄ってきた。
走り寄ってきた彼女を視界にとらえた途端、ふと、短剣を構える女の雰囲気が変わるのを彼らは感じる。
「姉さん……」
「えっ……?」
誰に聞かせるでもなく漏れ出たその小さい呟きに、ソフィアは思わず反応する。
「姉さん、今助けてあげるから待ってて!」
翠色の輝きが強くなってゆく。それはどう見ても法石の力を行使する合図。
しかし、先の姉さんという単語に意識を取られていた彼らは反応が遅れ、もはや何をするにも間に合いそうにない。
直線に放たれるエネルギー体をそれぞれ左右へ避けようと重心をずらすが、逃れられないことを悟る。氷壁を崩すほどの質量を持った何かが、来る。
法石と同じ翠の光を放つそれは、一瞬で眼前まで迫り、思わずアイドは目を瞑ってしまった。
しかし、目蓋が目を覆い、視界が黒く染まるまでの一瞬、何かがその光を遮った様な気がした。
人型の、何か。
直後、予想した衝撃とは違う衝撃を受けて、アイドは後方へと飛ばされる。地面をずりながら壁にぶつかり止まったところで、やっと目を開けることができた。
「そんな……」
予測していたよりも、ずっとずっと軽かった衝撃。その正体は、まぎれもなく吹き飛ばされたソフィアで、アイドの上へ覆いかぶさっている。
その背は黒く焼け焦げていたが、ただあの法石だけは何も変わらず輝きを放っていた。
「大丈夫で―――
声を掛け終わる前に、すくりと彼女は立ちあがる。その表情はむしろアイドの方を心配しているようで、自らの傷などまるで認知していない、そんなふうだった。
「アイド、君が無事でよかった。立てる?」
ただ転んでしまっただけ、そんな態度の彼女は、むしろアイドの方へと手を差し伸べてくる。
「自分は大丈夫です……けど……」
手を取り立ち上がった後、困惑の表情でアイドは彼女の表情を見る。それは明らかに他社への心配しか感じられない顔だった。
自らの痛みなんて、微塵も感じていないかのような。
「姉さん、姉さん! そんな、そんな、ごめんなさい……ごめんなさい!」
先とはまるで雰囲気を変えて、女が叫びだす。
自らの髪をぐしゃぐしゃに乱しながら「ごめんなさい」と叫ぶ女の首元では、先とは別の色の光が漏れ出していた。
アイドがそれを認識した直後、その光は霧へと姿を変えて辺り一帯を覆い隠す。間近にいるはずのソフィアの顔さえ認識できない濃さの霧。
「ごめんなさい……めんなさ……んなさ……」
フェードアウトするように小さくなってゆくその謝罪の声に合わせて、霧もすぐに晴れていった。
見渡しても、もう女の姿は無く。
傷ついた三人だけが、残っていた。
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