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「へえ、英雄様はこんなことやったことないのかと思ってたぜ」

 家屋の裏庭。コン、コン、スコンと小気味良い音が青空へと響き渡る。

 音に合わせ、台座の上に置かれた木が割れてゆく。

 明らかの女性が扱う物とは思えない、ヘッドのかなり大きい斧を使用しながら、ソフィアはひたすらに薪割りをこなしていた。

「私が農村の出身だってことは、英雄譚には書いてなかった?」

 挑発的なガイの発言を苦にもせず、そう返して作業を続ける。

 しっかりと腰を下ろしながら振り下ろすその姿は、明らかに手慣れたもので、美しいフォームだった。

 ひとしきりそんなやり取りをした後、ガイもまた、薪割りの作業へと移る。

 一方のアイドもまた、先日とは打って変わって同じ作業へと勤しんでいた。

 文句の一つも言わず、ただ無言で薪を割る。

「あのー、すいませーん!」

 しばらくそんな作業を三人で続けていると、建物の表、街道に面する側から声が掛けられた。

 三人とも声に反応し軽く振り向く。「俺が行ってくる」と言い残し、ガイだけが来客への対応をしに斧を置き、表へと歩いて行った。

 彼を見届けたアイドは、また再び薪へと斧を振り下ろす。

 正直なところ、幼いころからあこがれていた大英雄に対して、緊張やら敬愛やらの感情が入り混じりすぎていて、会話を振るなんて余裕は皆無だった。

 無口に再び斧を振り下ろすアイドを、ソフィアはじっと見つめる。

 夜空に輝く星に見つめられていることなんて、アイドは気づかない。失礼のないように、なるべく彼女のこと見ないようにしながら、ただ斧を振り下ろす。

 コン、コン、スコン。

「ねえ、アイド……君?」

「へっ?」

 触れたいけど触れられない。美術品を見るかのように接しようと決めていた彼女から、彼女の側から声を掛けられて、思わず素っ頓狂な声を発してしまった。

 思っていたようなリアクションとはかけ離れたようにびくっとした彼を見て、ソフィアはその真意を測りかねていた。

「い、いきなり距離近すぎた? そうだよね、私、助けてもらったのに思い返せばちょっと失礼だったというか……」

「いやそんな、貴女の方が年上なんだし、普通に呼び捨てで構いません」

「じゃ、じゃあアイドって呼ばせてもらうね」

 照れ臭そうに頬をかく。つられてアイドも何だか恥ずかしくなってしまって、同じように頬をかいた。

「っていうかそうだよね、私なんてみんなより百歳も年上なんだもんね! おばさんってかお祖母ちゃん? 曽お祖母ちゃんかな?」

「え? そ、そんな。こんな綺麗なお祖母ちゃんいませんよ!」

「そ、そうかなー? はは……」

 照れ笑いをごまかすように彼女はおどけて見せる。どう見たったってごまかしのそのボケはアイドにも透けて見えたが、どうやら対応を間違えたようで、先ほどの照れ臭さを乗り越えて感情はどこか遠くへ行ってしまった。



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