1-9
弾けた朝の日差しがアイドの瞼へと届く。
目を閉じていることも限界になって、ゆっくりと瞼を開ければ、いつも見る天井と変わらない。
しぱしぱ瞬きをしながら、目を覚ましてゆく。
今日も今日とて仕事は退屈な物だろうが、起きないわけにはいかない。
硬いベッドから体を起こせば、鳥のさえずりが聞こえてきている。
同時にアイドの嗅覚を香ばしい香りが襲う。オリーブオイルが発するそれにアイドの食欲は連鎖的に反応し、空腹を告げる音を上げた。
「……変な夢見た気がする……」
そう呟きながら、二階にあるこの自室を出て、階下のリビングを目指す。
「ようアイド、今日も遅いぞ」
階段を降り、まずかけられた一声は大男のそんな台詞だった。
体に似合わず普通サイズの鉄板の上には、香りが際立つ鶏肉が一羽分丸々と乗せられている。具合の良い焼き色がついたそれは、香草がまぶされ胡椒が散りばめられて美しい。
テーブルを見ればバケットが入れられた小さなかごが鎮座しており、さらにアーモンドミルクの入った木製コップが三つ並べられている。
ガイのあおりを軽く無視して席に着く。
対面には既にソフィアが座っており、何だかそわそわしている。
「どうかしたんですか?」
とりあえず彼は問うてみた。
女性が一晩明けてそわそわしている。しかも男二人が住んでいる家で。
もちろんアイドにそんな記憶はないので、少しだけ嫌な妄想が頭を駆け抜けていく。別に彼女と付き合っているわけでもないし、所有権なんて勿論存在しないが、何となくそれは嫌だと思ってしまう。
そんな不純な憂苦の思いをよそに、彼女は頬を少しだけ紅潮させて答えた。
「料理を……っていうか、食べ物を食べるのが久しぶりすぎて、ね……。えへへ……」
はにかんで見せる彼女の笑顔を直視して、アイドは自らの思考に心底失望した。
そもそもガイはソフィアに対して、教育からくる偏見を持っているし、一晩でいきなりそんなことになるとは考えづらい。
思考をこねくり回すたび、自らの考えが馬鹿らしくなる。それと同時に、どこかほっとしている自分がいることも事実だった。
「ああなるほど。久しぶりに食べる料理って意味では、こいつの料理は適任な事この上ないです。毎日食べてる自分が言うんですから、これはホントに」
笑みを彼女に返しながら告げる。
「たまにはお前にも手伝ってもらいたいけどな!」
今まさに調理中といった大男が振り返ることなく声を張り上げた。
「いやいや、得意な方がやったほうがいいからー」
「お前……ここに来た時に当番制って決めただろ……」
「美味しいほうがいいに決まってる」
そんな会話を繰り広げながら、ガイは手際よく朝食が盛り付けられた皿をそれぞれに置いてゆく。
そんな様子を、ソフィアは笑顔で聞いている。料理が移動するたびに輝く瞳がそれを追いかけていく。
「よし、じゃあ食うか」
ガイとアイドがフォークを持ち上げたのを見てから、後を追うようにソフィアも食事を取り始める。
鶏肉を一口ほおばると、目の輝きはより一層増し、フォークを扱う手が見えなくなるほど速く動く。
その食事の勢いは目を見張るもので、思わず二人は自らの手を止めてしまっていた。
しばらくしてそれに気づいた彼女が、凍ったように食べるモーションのまま固まる。
「あ、あー。私何か間違ったかな……?」
「いやいやそんなことないですよ! すごい気持ちよく食べてるなって!」
「まあ、そんな調子で食べてもらえると、作り甲斐があるな」
それぞれのフォローを入れながら、食事を続けることを促す。
彼女もそれに従って手を再度動かし始めるが、先ほどより勢いは落ち、上品に食べようと尽くしているのが見て取れた。
しかし、どこかはやる気持ちが抑えきれていないことも丸わかりだ。
「そういえば今日、変な夢見たんだよね」
「どんなだ?」
アイドの提供する話題に、ガイが答える。ソフィアは目線だけ向けて手を動かし続けている。
「何だっけ……。そうそう、海の上に立っててさ、知らん人が走り寄ってくる夢」
「お前が見そうなわけわからん夢だな」
辛辣なガイの言葉には「はぁ?」と返して、話を続ける。
「なんか言ってた気がする。あ、そうそう。追いついたとか、力を貸すとか」
「全然意味わからんな」
「まーね」
二人で完結する会話を、ソフィアが料理をほおばりながら聞いていた。
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