1-7

「あまり、口外しないでほしんんだけど……。私の名前はソフィア・アシュロウト」

 彼女、ソフィアがその名を口にした時、二人は目を丸くして顔を見合せた。

 だってその名は、いや人違いかもしれない。そんな考えがアイドの脳内をぐるぐる回って、行く当てを失っている。

「ソフィア・アシュロウト……。堕英雄の名前と同じだが……」

 ガイが訝しむように呟いたその一言は、彼女の表情を困ったように笑わせた。

「堕英雄……そっか、そう呼ばれてるんだ。そうだよね……」

 その反応は明らかに二人の考えを肯定するもので、それ故に彼らの思考は困惑で染まる。

「そう、私は堕英雄ソフィア・アシュロウト。国民を扇動して、政府を揺るがした大罪人――――

「ホントに、ホントにソフィア・アシュロウトなんですか⁉」

 ソフィアが言葉を言い切る前に、アイドが身を乗り出してリアクションを取った。食い気味のその表情は、これでもかと目を見開いている。

 それは大罪人を見るガイの視線とは明らかに違っていて、期待、憧れ、そんなプラスの感情をいっぱいに詰め込んだといった風だった。

 予想もしなかった反応に、当のソフィアは目を丸くして驚いている。

「あ、す、すいません……」

 自分でもその行動が恥ずかしくなったのか、コップに口をつけながら段々と丸くなっていった。

「わ、私にもファンがいたなんて嬉しいかな、はは! で、まあ続きなんだけど……」

 未だ少し驚きながらも、フォローを入れるように彼女ははにかみ、話を続ける。

「大きいキミの様子だと知ってるみたいだけど、私はここ、クォーリアの地で竜を倒した。で、その後は国民を扇動したとかいう罪を押し付けられてあそこに閉じ込められてたワケ」

 目線だけで独房山の方向を指し、ため息をつく。

 楽しい話とは対極にあるだろうその話を、彼女は軽く喋る。

「そうか。正直、俺はここの出身じゃないからコイツみたいにアンタを英雄としてみることはできないし、そもそもその話が本当なのかさえ怪しいと思っているが……。なあ、アンタはどうやってこの百数十年をあそこで生きてきた?」

 眉間にしわを寄せ、険しい口調でガイは尋ねる。

 その横でアイドはため息を一つ吐いて、ゆるんでいた表情を元に戻した。

「まあそれはなんていうか……。腕を斬った君ならわかると思うけど」

「そうですね……。さっきも説明したけど、切り落とした手が目の前で結晶化して治ったんだ。実際見たんだからこれは本当だし、なんなら多分落とした方の手足はまだあそこに残っていると思う」

「ということは、英雄譚通り、ってわけか……」

 事実としてそれを突き付けられて、ガイの眉間はより深く溝を表してゆく。

 しばしの沈黙の後、口をつけたコップとコトっと置いて、彼女はまた話し始めた。

「あそこに閉じ込められた私は、勿論ほとんどの法石を奪われたよ。でも、奪われなかったものもある。……いや、奪えなかったもの、の方が正しいかも」

 そういって椅子から立ち上がり、おもむろに二人へ背を向ける。

 そして、上に着ていたシャツを脱ぎ始めた。

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