1-6
「で、彼女は何なんだ?」
「いや……わかんない……」
ガイの質問に首を振るアイド。
彼らが合流した時、彼女はアイドの背で寝息を立てていた。起こすのも何だか気が引けて、そのまま帰路を背負って歩いてきたはいいが、とてつもない臭いを放っていたので先に水浴みをさせている次第だ。
流石にあの状態の人間を、女性を質問という拘束具で縛ることはできない。
そんな判断をした彼らは今、荒れた部屋を整理している。
激しい揺れだったとはいえ、家屋自体がつぶれたわけではなかったため、男手二人ならばそれなりの時間で片付く量だ。
血をふき取り、服を着替えたアイドは、食器棚から落ちた陶器の破片を拾い集めている。
半刻程で大まかな片づけは終わり、今は二人してそうした細かな清掃をしている状態だ。
「なんていうか、これでもかってくらい怪しい状態だよな。閉じ込められてた場所といい、状態といい。手とかが治ったってのもとんでもないしな」
「まあでも事実目にしたし……。って言っても正直信じらんなかったけど」
「王都の法石使いにはそういうのもいるって聞くがな……。まあ何とも言えん話ではある」
ここにはいない彼女の話題は尽きないばかり。事実、あそこまで強力な回復力を持つ宝石など二人とも見たことは無い。
不死身とも見えるその力について、二人ともどう飲み込めばいいのか決めあぐねていた。
「あの話の主人公はそういうやつじゃなかったっけ? ほらあの、『災厄』のやつ」
「ああー確かに、そんな法石も持ってた気がするな」
アイドが指しているのは、この地域で育った者なら一度は耳にしたことのある、ある英雄の話だった。
人々の生活を脅かす竜に対して、法石に愛されたと言われる乙女がそれを倒す、なんていう話。
英雄譚として語られるその話に、子供たちは目を輝かせ、剣や法石の鍛錬を始めるのは誰もが通る道だった。
その後、英雄は大罪を犯し表舞台から姿を消すが、竜を倒した舞台のこの地域では大罪人としてよりも、英雄としての顔の方が色が濃い。
そしてそれはアイドも例外ではなく、扱える法石を持たない彼はひたすらに剣の鍛錬をしていた。
その結果が、剣の技術のみで市民を守る仕事に従事するという物だ。相当な努力を積んだが、それでも法石を扱えないという短所は大きく、郊外の衛兵へと収まっている。
そんな話題を続けて暫く、ガチャリと音を立てて戸が開く。
そこには離れの小屋へ水浴みへと行っていた彼女が立っていた。アイドが適当に貸した半袖短パンを着て、ブロンドの髪を太陽に輝かせながら。
まだ濡れている髪を、すこし恥ずかしそうに拭いたりやめたりしている彼女が口を開く。
「あ、あの。ここまでしてもらってホントにありがとう。あとその……ごめん」
「まあ、こいつに腕を斬らせたりしたのは気にしなくていい。それよりも話を聞かせてくれるか? トラブルを解決するのも俺たち治安維持局の仕事なんでな」
そういってガイは椅子へ腰をかけるように誘う。
こいつはなんでこんな寂れた左遷先みたいな仕事に誇りを感じてるんだ、そう思いつつもアイドは口に出しはしない。出しはしないが、少しだけ表情に漏れてしまっていた。
治安維持局。
それは、各都市や地域ごとに置かれた衛兵のような役割を担っている組織。
主要拠点防衛や派兵などを正規の王国軍が担っているのに対して、治安維持局は、郊外の防衛や小規模の事件の対応等どうにも大きな役割を持たせられることが少なかった。
過去、と言っても百数十年単位の話、ともあれそれくらいの過去には正規軍の役割を担っていたらしいが、アイドたちに詳しいことは知らされていない。
「ありがと」
引かれた椅子に腰かけた彼女。その向かいに、ガイは腰を下ろした。
アイドも、何とか生き残っていたレモネードの瓶とコップを三つ起用に持ちながら、ガイの隣へと腰掛ける。
「で、まあそうだな……。まずはアンタの素性から聞いていくか」
それぞれのコップにレモネードを注ぐアイドを横目に、ガイが話を始める。
注がれたコップを彼女の下へずらすと、軽く会釈して一口飲み、口を開いた。
「私の素性か……」
彼女の携える夜空が、少しだけ思案の色を見せる。少し考えた後、唇はまた音を紡いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます