1-5
「え? あ、あ、はい」
アイドには質問する暇など与えられず、取れる行動は指示に従って短剣を渡すこと以外無さそうに思えた。
なのでそれに従い、短剣を引き抜く。
引き抜かれた短剣は、片側がいくつも返しのようになっている。所謂ソードブレイカーと呼ばれるその短剣の刃を持って、柄を彼女に差し出した。
「へえ、珍しいの使ってる。それとも今では普通な、のっ!」
聞こえだけで言えば何でもないセリフだが、彼女はその終わり際、未だ打ち付けられたままになっている右手首を切り取った。
多量の血液が壁面に付着する。
取り残された右手からは赤いインクが垂れ、足元の血だまりに合流していった。
アイドは、その意味不明な光景にもはや反応もできず、ただただ彼女の行動を見つめることしかできない。
そして数秒後、先ほどと同じように右手は元通りとなって、元気にグーとパーを繰り返していた。
右手が自由に動くことを確認すると、次は右手に短剣を持ち換えて、膝下、ふくらはぎのあたりを一気に両足とも引き裂く。
「わわっ!」
それによって失われるバランスを考慮していなかったのか、彼女は支えを失いアイドの方へと倒れこむ。
既に彼が握っていた剣は再び鞘へと収納されており、とっさの判断で彼女を抱きかかえることは可能だった。
ふわりといい香り、ではなく、鉄に包まれた香りが舞う。
そもそもこの部屋自体ありえないほど鉄臭かったので、特に気にすることもない。
体重、香り、最期にただ伸ばされただけといった彼女の長髪が腕の中へと収まる。
ただ布に穴をあけただけという、服と呼ぶにはあまりにもおこがましい物から感じるその身体の感触は、細くもしなやかな筋肉質といった風だったが、胸のふくらみだけはしっかりと、あまりにもしっかりと伝わってくる。
とはいえこの状況、そんな思考がよぎりはしても埋め尽くすには至らない。彼には分らないことが多すぎて、そんなことに支配される余裕なんてなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
抱えながら問う。
「大丈夫……って言いたいとこなんだけどね。文字通りおんぶにだっこになっちゃうんだけど、背負って行ってくれないかな?」
にへへ、なんて効果音が付きそうな笑顔で彼女はアイドへ笑顔を見せる。
「あ、汚しちゃってごめんね」と付け足しながら返却された短剣を彼は器用に右腰へ収納してから、彼女を背負う。汚しちゃってごめんなんていう汚れではないが、アイドは特に何も言わない。
なにも気にしていないかのように首元に回されたその腕は、この状況でもさすがに緊張した。
ただ、その表情は困惑一色で、もはや何をどう受け止めたらいいのかわからないといった風だった。
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