1-2
それはもう、天上の神がそのまま大地を削り崩したかのような、そんな光景。
目にするだけで無力を感じる、そんな現実。
二人が現場で立ち止まったとき、数秒、時が止まったかのように呆けるしかなかった。
彼らが立つ位置から遥か上。目視で確認する限り、頭上二百メートル程は上の位置からその惨状は始まっている。
しかし幸い、河川での輸送路が発展してからはこの街道を使用する商人も多くなく、直下に建物もない。
そうはいっても仕事をしないわけにはいかないので、二人は声を上げ始める。
「誰かいないか、いたら返事をしてくれ!」
「物音でもいいです、何かしら!」
二人がそれぞれに声を飛ばす。
なるたけ広範囲へと、広範囲へと届くようにゆっくりと歩きながら。
数回にわたり、その作業を繰り返す。
位置を変え、角度を変え。
どこまでやっても何の反応もないことから彼らは、実際に土砂を踏みしめながら捜索することを決めた。
「俺は街道側を探す。お前は山側を頼む」
ガイから出された指示に軽く右手の挙手で返したアイドは、そのまま山側へと舵を切って歩き始めていく。
当たり前だが、土砂は山へ向かうにつれて斜角を増していき、石の増加も相まって歩きづらいことこの上ない。
それでもアイドは軽い身のこなしでどんどんと登っていく。もちろん周囲の状況に目を配っていることは当たり前に。
腰に携えた二刀が揺れる度に音を出し、心臓の音を代弁する。仕事だからと見た目落ち着けてはいるが、実際目の前の惨事にただただ胸の不安が抑えられない。
「誰かいませんか!」
時折そうして声を掛けては、何もない反応に微妙な感情がよぎる。
その沈黙が本当に誰も存在していないことに起因しているのか、はたまたこの足下には何百人と埋まっていて、生を求める声に自分が気付けていないだけなのではないかと。ぐしゃぐしゃになった感情のまま、ただただ上へと歩いてゆく。
「本当に誰も居ませんか!」
心因か、それとも体力か、声を上げる度上ずっていく息を整えることはままならない。
「声が出せなければ物音でもいいです、誰かいませんか!」
――――カラン。
何回目だろうか、そう声を上げたとき、ふとアイドの耳に一筋の金属音が届く。
その音はどこまでもか細かったが、アイドの心に直接訴えかけてくるようなその音を、彼は聞き逃さなかった。
聞き逃せなかった。
荒い息のままその音がした方向へと視線を投げれば、そこにはくすんだ鈍色の鉄格子が見える。
壊れたカギに、開いている扉を携えて。
普通ならこういう場合、まず相棒を呼びに行くべきなのだが、なぜだか彼にはその考えが浮かばなかった。
早く、早く。何故だかそういう感情に飲まれて、歩みを進めていく。手首の宝石が光を反射して、少しだけ輝いたように見えた。
◇
不思議な力を持つ宝石たちに、私は愛されていた。
それらは『法石』と呼ばれ、言葉が通じるわけではないが、彼らに気に入られた者はその力を行使することを許される。
みんなが一つの法石と心を通わせている中で、私はいくつもの法石から選ばれた。
災禍の時代だったから、そんな私をみんなは英雄として扱って、頼られることに関しては私もまんざらじゃなかった。
でも、それでも。
こんな目に合うっていうなら、私は村娘のままでいたかった。
普通に畑を耕して、普通に結婚して、普通に家庭を持って暮らしていきたかった。
「……ッ……」
四肢を貫くこの金属の杭は、熱を吸い、とうに冷たくは無くなっている。
その生温い感触が、余計に心を侵食して、行き場のない怒りで塗りつぶしていく。
私は誰に激情を抱えているのだろう。
私を愛した法石?
村を襲った竜?
私をここに閉じ込めた奴ら?
きっとそれは、どれも違う。
私は一番、私のことが気に入らない。
少なくとも今はもう、私のことが、一番、気に入らない。
自分の呼吸と、滴る血の音だけが響いていた。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます