第47話 彼氏と彼女
少しの間、沈黙が流れた。
「……桜庭。なんか、いろいろごめん……」
あたしが言うと、桜庭がふっと笑って、コツンとあたしのおでこをこづいてきた。
「なんで立花が謝るんだよ」
「だって……。あたし、桜庭にちゃんと言わなかったし。桜庭も黙ってるから。ちょっと怒ってるのかな……って」
「怒った。河口に。それと、オレに」
え?
桜庭がうつむいたまま静かに机から下りた。
「オレ。健太の気持ち、全然気づいてなかった。鈍感。デリカシーなさ過ぎ」
「そ、そんなことないよ!それを言うならあたしだよ。あたし、健太に桜庭のことでいっぱい応援してもらったりしてた。あの時だって。桜庭への差し入れがダメになっちゃった時だって、健太ずっと励ましてくれてた。あたしこそ、なんにも知らないで……」
「……オレへの差し入れがダメになった時、って?」
不審そうに、桜庭があたしを見た。
あ。
しまった。
あたし、つい……。
慌てて口を押さえた。
あのことは、桜庭には言うつもりなんかなかったのに。
健太のことを話してたら、つい……。
「なんだよ。どういうことだよ」
「な、なんでもないよ」
「立花。おまえ、なんか隠してないか?……オレも、なんか関係してるんだろ?隠すなよ」
話したくないと思った。
あのことは、もうあたしの中で終わったことだし。今更話して桜庭に心配かけたくないよ。
ミカのことも、もうホントに大丈夫だし。
あたしが黙ってうつむいていると、桜庭があたしの肩をつかんだんだ。
そして、真っ直ぐな瞳であたしに言ったんだ。
「隠さないで、ちゃんと話してくれよ」
大好きな桜庭が、悲しそうな目をしてる。
「………………」
あたしは小さくうなずいた。
「でも、桜庭。もう終わったことだから。ちゃんと解決したことだから。絶対、誰のことも怒ったりしないでくれよ。約束して」
あたしはそう言って、桜庭には黙っていた、あのミカ達との間に起こった出来事を話したんだ。
確かにすごいショックだったし、悲しくていっぱい泣いたけど、ミカも本気で桜庭が好きだったってこと。
だからあんなことをしてしまったってこと。
だけどそのあと、ミカなりの精一杯のごめんねの気持ちと一緒に、桜庭達のスタジオでのバンド練習のことを教えてくれたこと。
そして、仲直りしたことーーーー。
話終わって少しの沈黙のあと。
桜庭が静かに口を開いた。
「……なんで。なんでその時、オレに言わなかったんだよ」
「だって……」
「オレ。立花がそんなひどいことされてたなんて、全然知らなかったよ……。ごめん」
「桜庭が謝ることじゃないよっ。よくよく考えたら変だなってとこもあったのに。なんか舞い上がってころっと騙されたあたしもバカだったんだよ」
桜庭がそっと窓の外に目をやった。
「……最低だな。オレ」
「な、なに言ってんだよっ。ちっとも最低なんかじゃないって!」
「いや。健太のことも、立花のことも。なんにも知らないで……。呑気な顔して」
あたしのせいだ。
あたしが余計なこと口すべらしちゃったから、桜庭はなんにも悪くないのに自分のこと責めてるんだ。
「立花、ホントにごめんな……。それと、ダメにさせちまった差し入れも……。ホントにありがとう」
桜庭ーーーー。
健太といい、桜庭といい。
あたしの周りは、みんなホントに優しくていいヤツばっかりだ。
胸がじわっと熱くなる。
あたしは黙ったまま何度も首を横に振った。
「……おまえ、優しいな」
桜庭がふっと優しい笑顔でこう言ったの。
「おまえすごいよ。そんなひどいことされても、オレにも言わないし。それどころか、その相手のこと許して仲良くなっちまうんだから。オレにはもったいないくらい、いい女だよ」
え……。
「バ、バカ言うなよっ。桜庭こそ、優しいし、いいヤツだしっ。とにかくあたし……。すごい好きっ!!」
自分で言ったものの。
かぁぁ。
恥ずかしくなって、あたしはそっぽを向いた。
つい興奮してデカイ声出してしまった。
教室、誰もいなくてよかった!
ドキドキドキ。
あたしがひとりで顔を赤くしていると、桜庭がふっと笑った。
「サンキュー。オレも立花のこと、すごい好き」
ドッキン。
ちょっと。
あたし達ってば、二度も告白し合っちゃって。
なんだか、かなりラブラブモードじゃない?
ひえーっ。
幸せ過ぎて倒れそうだ。
でも、そんな幸せな気分に浸る前に、ちゃんとやらなきゃいけないことがあるんだ。
健太と、ちゃんと話さないとーーー。
あたしは、気持ちを切り替えて桜庭に言った。
「桜庭。あたし、やっぱり健太とちゃんと話したい。ちょっと健太のとこに行ってくるよ」
桜庭がうなずいた。
「ゆっくり話してこいよ。オレ、今日は先帰るから。……オレも、近いうちに健太と話そうと思ってる」
「うん」
「じゃあ、また明日な」
「うん!ありがとう」
桜庭がカバンをかついで教室を出て行った。
あたしは、桜庭の後ろ姿を見送ってから健太のいる体育館へと向かった。
ボンボンボンーーーーー。
体育館に響くバスケットボールの音。
あたしは入り口からそっと中を覗き込んだ。
やっぱまだ練習中か。
あれ、でも……卓はいるけど、健太がいない。
キョロキョロ捜していると。
ポコン。
後ろから軽く頭を叩かれた。
いて。
振り向くと。
そこには、まさに捜していた意中の健太がタイミングよく立っていたんだ。
「健太!」
「なにやってんだ?ひま人」
いつもの健太だ。
「あ、あのさ。健太、今ちょっと時間あるか?練習中だからやっぱ無理……?」
「んにゃ、今自主トレの時間だから別に大丈夫だけど。なした?」
「あのさ、ちょっと裏庭のベンチにでも行かないか?ちょっと……話がしたいんだ」
「おーおー。おまえ、まさかオレに愛の告白でもする気か?なーんてな」
ジャージのポケットに手を突っ込んだままケラケラ笑う健太。
そのジョーダン、微妙に笑えないぜ。
一応あははと笑って見せたものの、あたしの胸は静かな緊張の中でドキドキ高鳴っていた。
あたたかい日差しが降り注ぐ、午後の裏庭。
あたしと健太は、緑に囲まれた木製のベンチに並んで座った。
誰もいない。
あたしと健太の2人だけ。
あたしは、よし……と心の中でつぶやいて、健太の方を見た。
「健太。もう知ってると思うけど。まだ直接あたしから言ってなかったから……。だから、ちゃんと言うね。あたし、昨日から桜庭とつき合うことになった。あたしもまさかこんな展開になるなんて思ってなかったから、
自分でもビックリしてて。なんていうか、まだ信じられない気持ちなんだけど……」
すると、健太が優しい口調であたしに笑いかけてきたんだ。
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