第36話 誰かを好きになるということ

「普段の練習とかは、それぞれ家でやったりしてるの?」


聞きたいこと、話したいことがいっぱい。


「家でもやるけど、佐々木んちの倉庫とかでもけっこうやってる」


「佐々木くんちの倉庫?」


「アイツ何気にボンボンでさ。家も車庫もデカいんだよ。でも、住宅街だからよ、アンプ使うんだけどあんまデッカい音は出せねーんだよ。だから、こうやってたまにスタジオ借りて心置きなく音出して合わすってわけ」


「へぇ、そうなんだ」


佐々木くんちの倉庫でもやってるんだ。


見てみたいなー。


「あ、そうだ。おまえのお袋さんにもお礼言っておいてくれよな。ケーキすげー美味かったって」


そうそう、ガトーショコラも大好評でさ。


育ち盛りの男の子は、食べっぷりがすごいよね。


持っていった差し入れ、気持ちいいほどあっという間になくなったもんな。


うまい、うまいってホントに美味しそうにペロッと食べてくれるあの嬉しさ。


この嬉しさ、なんかやみつきになりそうだよ。


「お母さんも喜ぶよ。お菓子作りとか料理とか大好きで、それを人にあげたりご馳走したりするのもこれまた大好きだからさ」


「そうなんだ。オレのお袋と似てるかも」


桜庭がちょっと笑った。


「桜庭のお母さんも、お菓子作りとか好きなんだぁー。一緒だね」


ちょっと一緒のことがあると、それだけですごく嬉しい。


どんなお母さんなのかなぁ。


なんとなくお上品で優しそうなイメージだな。


そういえば、桜庭って兄弟とかいるのかなー。


お兄ちゃん?弟?


お姉ちゃん?妹?


知りたいことがいっぱいあるなぁー。


どんな家族構成なのか、とか。


どんな食べ物が好きなのか、とか。


どんなテレビが好きで、どんなドラマや映画が好きなのか、とか。


どんな音楽が好きなのか、とか。


もう、いっぱい!



ーーーそうか。


ホントに好きになると、その人のいろんなことが知りたくなっちゃうんだ。


はっ!


あたしはハタと思い出した。


桜庭のメールアドレス、まだ聞いてなかった!


気がつけばもうすっかり帰り道。


チャンスは今しかないというヤツか⁉︎


しかし、一体どう切り出せばいいんだ!


いきなり『メールアドレス教えて』なんて、緊張し過ぎてあたしにはとても言えないぞっ。


あああーーーっ。



「立花?どうした?」


思わず立ち止まって頭を抱え込んでしまったあたしに、桜庭が振り返った。


ドキッ。


「いや、あの。あのさ……」


鼓動がどっくんどっくん。


「あの。メ……メ……」


がんばれ、ひかる!


サラッと聞いちゃえ、いつもの調子で。


だけどーーー。


桜庭のことを〝好き〟だと自覚してからのあたしというものは、どうにもこうにもいつものサバサバしたカンジで突っ込んでいけないことも多々あり、というか。


桜庭を目の前にすると、なんでもないことなのに、いざ聞こうとするとなぜか緊張して手に汗握ってしまうんだよ。



「目?目がどうかしたのか?」


キョトンとしている桜庭。


目じゃないっつーの!


ううう。


「そ、そう!ちょっと目がゴロゴロして。ゴミでも入ったのかなっ」


うわーーー。


違う!そうじゃないだろーっ。


メールアドレス。


桜庭のメールアドレスが知りたかったんだよぉ。


ガックシ。


あたしがうなだれてトボトボ歩いていると。


ピラ。


突然、桜庭があたしの目の前になにかを差し出してきたんだ。


え?


立ち止まって、それを手に取った。


「なに?これ」


チケット……?


それも2枚。


あたしはまじまじとそのチケットを見た。


これ、映画のチケットだ。


「あーーーっ!!これ、昨日から公開になったヤツじゃん!」


あたし、これ系大好き!


ホラーの絶叫もの!


そう、実はあたし、ホラーとかサスペンスとかも大好きなんだよ。


あのスリル、ドキドキだよねー!


でも、日本のホラー系とか観ると、しばらく引きずって夜とか怖くて寝れなくなったりするんだよねー。


だけど、やっぱ観たくて観ちゃうんだな、これが。


でも……なんで?


桜庭の顔を見上げると。


「ーーー……来週の日曜、なんか予定ある?」


「え?」


桜庭が、ちょっと照れ臭そうに足下を見ながらあたしに言ったんだ。



「もし、空いてたら。一緒に観に行かねー?」



目がパチクリ。


こ、これって、これって……。


ひょっとして……。


デートのお誘い⁉︎


あたし、桜庭にデートに誘われたの……?


かぁぁ。


体温上昇。


またもやハートのボルテージが一気に上がってしまった。


「い、い、い、行くっ!!」


あたしは興奮のあまり、力一杯返事をした。


ウソみたい!


ウソみたい!


桜庭と、映画……観に行けちゃうの?


2人きりで⁉︎


嬉し過ぎるーーーっ。


神様、ありがとぉーーー!


あたしは心の中で天に向かって手を合わせた。



「行く、行くっ。絶対行くっ!」


きっと予想以上のあたしの喜びの反応に、桜庭もちょっとビックリしたに違いない。


ちょっと目を丸くしていた桜庭が、ふっと優しい笑顔で言った。


「じゃ、行こーぜ。オレも観たかったし、立花もこういう系好きみたいだし」


うんうん!


「好き好き!……あれ?でも、なんであたしがこういう系好きだって知ってたの?」


そんな話したっけ?してないよな。


あたしが不思議に思って聞くと。


桜庭のヤツ、いきなりあたしの手からピッとチケットを取ってさっさと歩き出したんだ。


「オレが持っとく。おまえ失くしそうだから」


「おお。それはいいけど。ねぇ、なんで知ってたの?もしかしてなんとなく?桜庭すごいな!」


桜庭の横に駆け寄って、顔を覗き込んだ。


そしたら、ちょっと照れ臭そうにふいっと顔をそらした桜庭が言ったんだ。


「……健太に聞いたんだよ。立花がどんな映画が好きなのかって」


「え?」


健太に聞いた?


あたしがどんな映画が好きかって?


わざわざ?


桜庭がーーーー?



あたしは、嬉しいのとビックリで、思わず桜庭の顔をまじまじと見つめてしまった。


このクールな桜庭が、あたしのために……?


「なんだよっ」


あれ、桜庭照れてる?


ふっと顔をそらす桜庭。


なんか……カワイイかも。


ぷぷぷ。


「なに笑ってんだよ」


「笑ってないよー。映画、楽しみだなー。ありがとう!」


あたしが笑顔で言うと。


「……やっぱオレひとりで行こーかな。おまえ、ギャーギャーうるさそうだし」


桜庭がしらっと上を向いた。


「ええ!ちょっとっ!」


「ジョーダンだよ、ジョーダン」


なんて2人でふざけながら歩き出した。


あ、今なら聞けるかも。


桜庭のメールアドレス。


今ならーーー。



「あ、あのさっ」


あたしは思い切って口を開いたんだ。


「あの……。その、お、教えてくれよ、桜庭のメールアドレス!」



き、聞けたーーーっ。



ドキドキしながらも、心の中でガッツポーズ。


「メールアドレス?ああ、そうだな。知ってた方が待ち合わせとか連絡取りやすいな」


おお!やった!


「うん!じゃあ、桜庭の登録して、あたしからメール送ってみる」


「おう」


桜庭が自分のケータイの画面をあたしに見せる。


おお、桜庭の電話番号とイニシャルだ。


イメージどおりシンプルだな。


「OK、ちょっと待ってて」


と、言ったものの。


あれ、どうやんだっけ?設定画面どこだ?


っていうか、いつも誰かにやってもらって登録してたな。


まずい、サッパリやり方がわからない。


「貸せよ」


ひょいと、桜庭があたしのケータイを取った。


「ごめん。実はあたしケータイあんまり活用してなくてさ」


「みたいだな。ま、オレもそんな使わねーけど」


それでもチャチャッと使いこなせるあたりがこれまた桜庭っぽい。


感心してじーっと見てると。


「なんだよ」


桜庭があたしの顔を見た。


「いや、すごいなーと思ってさ。あたしこういうのどうも苦手で」


「っぽいよな」


そう言ってちょっと笑いながら、あたしにケータイを渡してきた。


「おお、ありがとう!これで桜庭にメール送れるんだ。やった」


はっ!しまった。


嬉しくて、思わず思いっ切りフツウに心の声を出してしまった。


ちろ。


ドキドキしながら桜庭の方を見ると。


「おう」


ちょっと照れたような優しい笑顔。


ドキン。


あたしの胸が、また大きく鳴った。



桜庭。


やっぱりあたしは、他の女子より、ちょっとだけ特別?


ちょっとだけ……そう思ってもいい?


いいよね?


なんだか幸せいっぱいの気持ちの中で。


あたしは少しだけそんなことを考えていた。


桜庭が笑う。


あたしも笑う。


あたしは、本当に嬉しくて楽しくて。


胸がドキドキして。


心は、桜庭のことでいっぱいだった。



好きな人と一緒にいることって、なんてステキなんだろう。


世界がバラ色って、こういうことを言うのかも。


ああ、早く日曜日になんないかな。


あたしは、今にもスキップしちゃいそうな足取りで、桜庭との帰り道を楽しんでいた。



だけどーーーーー。



そんな幸せいっぱいのあたしの心とは裏腹に、重く切ない心を抱えている人が、すぐ近くにいるということを。


その時のあたしは、まだ知らなかったんだ。


そして。


その原因が、実は〝あたし〟であるということも。


その時のあたしは。



全く気づいていなかったんだ……ーーーー。









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