第30話 涙の席替え

「席替えっ⁉︎」



あまりにも唐突で突然の発表に、あたしは大声を上げてしまった。


5時間目のホームルーム。


なにをするかと思えば、なんとまさかの席替え。


教室中、ガヤガヤと賑わっている。



どうして?なんでいきなり席替えなのっ?


そんなことしたら、桜庭と離れちゃうじゃんかっ。


サーーー。


青ざめるあたしの横で、桜庭が言った。


「前から席替えしろって声が多くてさ。前の席順のままクラス持ち上がって、もうずっと変わってないから」


そんなぁ……。


このままでいいのにーーーっ。




「じゃあ、窓側の列から。順にクジ引いていって下さーい」


ガヤガヤ。


ルーム長がクジ箱を持ち、黒板の前では書記がチョークを持ってかまえている。


しかも、なんでよりによって窓側の席からなわけ?かと言って最後もイヤだけどさっ。


「……あたし。このままでいいのにな」


ボソッと言った言葉に、桜庭がこっちを向いた。


「ほ、ほらっ。ここ窓側だし、いちばん後ろだし!かなりいい席じゃんっ」


「同感。オレもこのままでいいよ。だっておまえ、真ん中のいちばん前とかなってみろよ。最悪だぞ」


「そ、そうだな」


いや、そういうことではなくてだね。


もちろん真ん中のいちばん前になるのもイヤだけど。


そんなことよりも。


もし、桜庭とすごく離れちゃったら……。


もう、あんまりしゃべれなくなっちゃうよ。


あたしは、それがイヤなんだよーっ。



「立花さーん。次、クジ引いて」


「あ。ご、ごめん」


あたしは急いで前に出て、おそるおそるクジを引いたの。


「何番?」


「えっと……5番」


と、一斉にどっと教室が湧き上がった。


なに?


「ちぇー。また立花にいちばん後ろの窓側、取られたぜー」


「いいなー」


「すごい、ひかる!また同じ席じゃんっ」


近くのクラスメート達の声。


同じ席?


黒板に書いてある座席表を見ると。


「あ、ホントだ」


なんと、あたしが引いた番号はまさかの今のあたしの席。


変わらず引き続き後ろの窓側決定。


すご!こんなことあるんだ。


喜びながら席に戻ると、桜庭が悔しそうに頭をかいた。


「おまえ、クジ運いいのな。オレ、おまえの席狙ってたのに取られたぜー。ちきしょー」


「へへんだ。すごいだろ。やっぱ窓側の後ろらへんがいちばんいいよな」


「だな」


桜庭と笑う。



ああーーー。


このままがいいな。


いちばん後ろのこの窓際の席で。


桜庭の隣で。


こんな風にずっと一緒に笑ってたいな。


「もしオレも自分の席引いて、オレら2人して変わんなかったらおもしれーな」


桜庭の言葉に、あたしの胸がドキンと鳴った。


そんなことになったら。


猛烈に嬉しいんですけど!!


「うん……!おもしろいっ!!」


思わず熱くうなずく。


桜庭の席も前の席2つもまだ空いてる。


隣になれなくても、前でもいい。


それなら……。



もしかしたら、もしかしたらーーーーー。



ドキドキドキドキ。


高鳴る胸。


チャンスはまだあるよね?


可能性はまだあるよね?


お願い!桜庭、あたしの隣を引いて。


前でもいいから。


誰も、ここを引かないで。



桜庭が引いてーーーーー。



「あ、オレだ」


神様が望みを残してくれたまま、桜庭の番がやってきた。


桜庭の背中を見ながら、あたしは必死で祈ってたんだ。


どうか、どうか。


桜庭が、あたしの隣を引きますようにっ。


32番を引きますように!!


どうか、このまま桜庭と一緒で……!



だけどーーーーー。



「10番!」


またみんながどっと湧き上がった。


「桜庭おめでとう!廊下側のいちばん前っ」


ルーム長の声。


え。


10番……?


10番……?


廊下側の、いちばん前……。


ガーーーン!


めっちゃはじと端じゃんか!


ウソーーーー!



「やられたー。いちばん前だー」」


桜庭が悔しそうに笑いながら戻ってきた。


「立花、交換してくれ」


ドカッとイスに座りながら桜庭が言う。


「そ、そうはいくか。残念だったな。まぁ、がんばれよ」


あたしの今の心境。


顔で笑って心で泣いて。


まさに、ガックリ。



離れちゃった……。


しかも、対角線の端と端。


遠いよぉ、そんなの遠いよぉ。



「えーっと。次の休み時間の間に、各自席を移動しておいて下さい」


ルーム長の声が、遠くに聞こえる。


待って待って待って。


席離れちゃったら、これからどうやって桜庭と話すの?


もう、みんなに2人はなんでもないってバレちゃったのに。


そんな中、もしあたしがいそいそ桜庭の席まで足繁く通ったりしたら。


それこそ、


『なになに、立花って実は桜庭のこと好きなんじゃん?もしかして密かにずっと片想い?』


なーんてみんなにニヤニヤされて!


あたしの桜庭への想いがダダ漏れになってしまって気まずくなって、尚のことしゃべりづらくなってしまう!


そんなの困るっ。


そしてなにより恥ずかしいっ。


今まで席が隣だったから、自然に話せて自然と仲良くなれたけど。


端っこ同士の席で、一体どうやってしゃべれっていうんだよー。


唯一の……唯一の繋がりが。


ああああーーー。



そんなあたしの心の叫びもおかまいなしに、5時間目終了のチャイムが鳴った。


「あ……」


鳴っちゃった、チャイム。


みんな一斉に、ガヤガヤザワザワと荷物を持って移動し始めた。


ドサッ。


桜庭が、まとめたカバンを机の上に置くと、こっちを向いてちょっとだけ笑った。


「じゃあな」



〝じゃあな〟ーーーーー。



「あ……あばよっ」


無理やり笑った顔は、ほっぺたが引きつって。


とても痛かった。


そして桜庭は、ガヤガヤ移動している人の波に混じって見え隠れしながら、あたしの隣の席から去っていったんだ。



……行っちゃった。



「ちょーラッキー。あたし、桜庭の隣だよぉ。仲良くなっちゃおーっと」


「えー。いいなー。めぐみー」


ドキ。


今移動しようとしている近くの女子が、嬉しそうに話している。


思わずあたしはサッと目をそらしてしまった。


ちら。


対角線上の、遠くの桜庭を見る。


ううう、背中が小さいよぉ。


遠いよぉーーー。




ポン。


「ひーかーる」


前から肩を叩かれて、ハッとする。


「あれ、有理絵っ?」


ピースサインの有理絵が立っていた。


「ウソ。有理絵、あたしの前なのか?ホントに⁉︎すごいなっ。やったじゃーん。イェーイ」


「さっきからずっと黒板に書いてあったけど」


「え」


有理絵がニヤニヤしながらあたしの耳元で囁いた。


「ひかるってば、ホント誰かさんしか見てないからなぁー」


ぼっ。


一気に顔が熱くなった。


「そ、そんなことあるわけないだろっ」


「いや、あるな」


へ?


隣から聞き慣れた声。


「卓っ?」


いつの間にか隣に座っている卓。


「オレ、おまえの隣」


トントン。


さっきまで桜庭がいた机を、人差し指で軽く叩く。


「え、そうなのっ?うわー。前が有理絵で、隣が卓っ。なんかすごいじゃん、この席!」


「悪いな、桜庭じゃなくて」


ニヤけた卓。


「な、なに言ってんだよっ」


卓までそんなことをっ。


「しかし。おまえらと一緒の席になるとは。なんかえらくうるさそうな席だな」


「これで健太もいたら、毎日健太とひかるの漫才聞かされてもっと大変なことになってたね」


「だな」


ケラケラ笑ってる卓と有理絵。


「いやいや、漫才なんてしてないから」


で、その健太はどこの席だ?


キョロキョロしてたら、健太発見。


うお、桜庭のすぐ近くじゃん!


ちぇー。


いいな、健太のヤツ。


うらやましげに健太と桜庭の方を見ているあたしに有理絵が言った。


「ひかる。別に席が離れたって今までどおり桜庭と話せばいいんだよ」


「そうそう。どんどん話に行けよ。健太も近くにいるんだしさ」


「……そう、だよな」


ラッキーなことに、桜庭の近くにはいつもつるんでる健太もいる。


そっちに行ってもそんな不自然ではないよな。


今までどおり、話せるよな。


うん、そうだよなっ。


さっきまでの絶望的な気持ちが少しやわらぐ。


それに、この2人が一緒の席だから。


桜庭があんな遠くに行っちゃって、ガーーンってカンジだったけど。


2人のおかげで元気が出たぜ。


「ありがとな。有理絵と卓が来てくれたおかげで、楽しくなりそうだぜ」



そうだよ。


桜庭の近くに健太もいるんだし、堂々と前みたく自然に話ができるさ。


変わらないよな、今までと。


うん、大丈夫だ。


あたしは小さく強くうなずいた。



よし、がんばるぞ!



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