第29話 振り出し
「もしもし、健太?」
『おう、ひかるか?』
「どうしたんだよ。めずらしーじゃん。健太が電話してくるなんてさ。しかも
ケータイにだってほとんど電話してこない健太なのに。
『まぁな。オレだってホントは忙しいんだけどよー。久々におまえの母ちゃんの声でも聞こうかと思ってさ』
「なんだよ、それ」
笑いながら、片手でお湯をチャプチャプ。
まったく、ホントは暇なくせに。
「あたしは今優雅なバスタイムなんだよ。用がないなら切るぞー」
『だからよー。まぁ……。なんつーか。ところでどうだったんだよ』
「え?」
『ほら、その……。きっちりさせるって言ってただろ。どうだったんだよ』
ひょっとして。
健太、あたしのこと心配してかけてきてくれたの?
それを悟られないように、わざわざ『久々におまえの母ちゃんの声でも……』なんて家電にかけてきたりしたってわけ?
ぷぷぷ。
ホント、素直じゃないんだから、健太も。
でも、嬉しいよ。
サンキューな。
「バッチリ!スッキリしたぜ。まぁ、有理絵達には、そんなんじゃダメだって言われたけどな」
『んなことだろーと思ったぜ。どーせまた気の抜けたことでも言ったんだろ。ホント、アホだな。おまえ』
「アホアホ言うなっ」
心配してかけてきてくれたと思ったら、これだもんな。
『でも……。元気そうで安心した。アイツらの件は、もうこれでホントに大丈夫なのか?』
「うん、大丈夫」
『そっか。よかった。でも、これでまたひかるのファンクラブ復活だな。噂は秒だからな。たぶん、そのうちすぐ『立花と桜庭がつき合ってるっていうのはデマだった』ってみんな騒ぎ出すだろ』
「あー。いろいろ遠慮願いたいとこだな」
ガハガハ笑う健太。
『覚悟して明日から挑め。まぁ、とりあえずひかるはもう復活したみたいだし。大丈夫そうだな。それはそうと。おまえ、風呂ばっかり入ってねーで少しは勉強しろよ。ふやけるぞ』
「健太こそ、漫画ばっか読んでいない少しは勉強しろよ」
『バカ。オレが読んでるのはいつだって教科書だけだ』
「ウソつけ」
2人で笑った。
『んじゃ切るぞ』
「うん。健太、サンキューな」
『おう』
ピ。
電話を切った。
健太、心配してくれてありがとう。
なんだかんだ言って健太はいつも励ましてくれるんだよね。
いつも、何気にね。
あたしは電話を側の棚に置いた。
「ふぅー……」
チャプン。
体を湯船に深く沈める。
そうだよな……。
噂は秒だからな。
みんな、桜庭とあたしがつき合ってないってことに気づき出す頃だ。
もう知ってる人もいっぱいいるかもしれない。
誤解カップルも終わり、かぁー。
でも……楽しかったな。
桜庭と一緒にいた時間。
2人でさ、授業サボって屋上で昼寝したよね。
あの日の空は、ホントにキレイだったよね。
「……………」
じわ。
あれ、なんか目が熱い。
ポチョン。
涙がひと粒。
湯船のうえに落ちて、小さな輪を描いた。
あれ?あれ?
なんで?
ポロポロ。
あとからあとから、大粒の涙がこぼれてくる。
別にお別れするわけじゃないのに。
いつもどおり席だって隣なのに。
だけど、なぜだか涙が止まらない。
あたし……このままでよかった。
このままでいたかった。
ずっと、桜庭と誤解されたままでよかった……。
桜庭は、きっとなにも知らないよね。
あたしがこんな気持ちでいることを……。
ダメダメ!
あたしは、両手でほっぺたをパンパンと叩いた。
さっき、健太から励まされたばっかじゃん。
なにをメソメソしてるんだ?
明日からも元気に行こう!
「よしっ!」
ザバァッ!
あたしは勢いよく立ち上がった。
そして、鏡に映る自分の姿を見て、大きくうなずいた。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カパ。
下駄箱を開けると。
パサッ。
数通の手紙が足元に落ちてきた。
げげっ。
一応覚悟していたものの、まさかホントにまた来るとは……。
トホホホ。
ひとりで慌ててそれを拾い集めていると。
「よぉ。とうとうバレたか」
桜庭だ。
生徒玄関に入ってきた桜庭が、ちょっと苦笑いしながあたしの手の中の手紙を見た。
「おはよう、桜庭。ついにバレちゃったみたい。あーあ。せっかくラブレター来なくなって助かってたんだけどなー」
あたしが肩を落とすと、桜庭がふっと笑って言った。
「また振り出しに戻っちまったな」
振り出し、か。
「だな」
2人でちょっと笑ったあと、靴を履き替えた桜庭がひと足先に歩き出した。
「……あ。桜庭。待って」
あたしはとっさに桜庭を呼び止めた。
「どうした?」
「いや。あの。なんていうか……。いろいろ振り回して迷惑かけちゃったけど。ありがとな。おかげでラブレターも来なかったし、言い寄られることもなかったし、テストも赤点免れたし。しかも自己ベストだったし。とにかくいろいろありがとな。ホント助かったよ。それに……すごく楽しかったよ」
ちょっと黙っていた桜庭は、いつもの笑顔でこう言ったんだ。
「バーカ。なにお別れみたいなこと言ってんだよ。別になんも変わんねーじゃん。あ、おまえ。まさかバンドの練習の差し入れ、チャラにするつもりじゃねーだろうな」
「え」
「約束は守れよな。楽しみにしてっから」
イタズラっぽい目。
なんだ、なにも変わってないじゃん。
つき合ってないことがバレても、なにも変わらないじゃん。
むしろ『約束』とか『楽しみにしてる』とか。
すごく嬉しいんだけど。
「チャラにするわけないじゃん。楽しみにしてて。あたしの手料理!」
どんと胸を叩く。
「胃薬の用意もよろしく」
「ちょっとぉ⁉︎」
「ジョーダン、ジョーダン」
なんてふざけてたら。
桜庭がすっと髪をかき上げて、優しくこう言ったんだ。
「ーーー楽しかったよ。オレも」
って。
そのまま歩き出した桜庭の姿は、階段の陰で見えなくなった。
あたしも早く行こう、アイツのいる教室に。
また、隣の席で楽しくおしゃべりしよう。
話したいことがたくさんあるんだ。
あたしは、靴をしまって元気に歩き出した。
「ウソー。じゃ、桜庭くんフリーなわけ?」
「そうなのっ。なんか、ただの誤解だったらしいよー」
「えー?じゃあ、彼女できたなら仕方ない……って泣く泣く諦めたあたしの努力はなんだったわけー?」
「だねー。もっと早く気づけばよかったぁー、でも、確かに立花さんなら〝彼女〟っていうより。ただの仲のいい〝女友達〟……ってカンジかもー」
聞こえてくるヒソヒソ話をバックに、有理絵が身を乗り出して言ってきた。
「ひかる。みんなの言うことなんて気にしちゃダメだからねっ。遠慮せずに、今までどおり桜庭と仲良くやるんだよっ」
今はランチタイム。
あたしは購買のパンを食べながらしみじみ思った。
噂って、流れるのホント早いなー。
つき合ってるって噂も一瞬で広まり、つき合ってなかったっていう噂も一瞬で広まり。
あれよ、あれよと一気に知れ渡り。
今日なんて、朝からみんなにああだこうだと問い詰められて、もう大変だったよー。
桜庭といっぱいしゃべろうと思ってたのに、なんかそんな雰囲気じゃなくなっちゃって。
授業中もなかなか話せず、話せるタイミングがあっても桜庭が教科書に隠れて寝ちゃってたりで。
今日はまだ会話という会話らしいものははできておらず、朝玄関でちょこっと話したっきり。
でも、5時間目はホームルームだから、ちょっと話せるかなって思ってるんだ。
「あたし、桜庭と今までどおりフツウに話すよ。バンドの練習の差し入れも、今度こそちゃんと持って行く!」
「それでこそ、ひかる!」
「おう!またがんばって作るぜっ」
「よし!こうなったら、他にもいろいろ作れるようになるためにいっぱい練習しようよ。レパートリー増やそう。あたしつき合うから」
「有理絵、ありがとう!あたし、がんばるよ」
「ところでさ、桜庭って昼休みいっつも教室いないよね。どこ行ってんの?」
さとみがすぐそこにある桜庭の机に視線を向ける。
「ああ、確かに」
有理絵もうなずきながらガヤガヤ賑わってる教室を見回す。
「たぶん、屋上でお昼食べてそのあとは昼寝だな。天気悪い日は屋上行く階段のとこだろ」
なんとなくわかる。
そんな桜庭の姿がなんとなく目に浮かぶんだ。
「へぇー。さすが彼女。よくわかってるぅ。そして口元ゆるんでるぅー」
有理絵がニヤニヤしながらあたしの顔を覗き込んだ。
「か、彼女じゃないっつーの!ゆるんでないっつーの!」
でも、きっと正解だ。
今日はいい天気だからな。
きっと桜庭のヤツ、今頃屋上で寝てる。
ブレザー脱いで、大の字に寝転んで。
あの日みたいいに、おやすみ3秒だ。
思い出して思わず笑ってしまう。
桜庭は今日何食べたのかな。
お弁当かな、購買のパンかな。
たぶん……購買のパンだな。
なんのパンが好きなのかな。
そうだ。
あとで、桜庭の好きな食べ物とかあとで聞いてみよう!
それで、その好きな食べ物とか作って持ってったら、アイツ喜んでくれるかな。
くふふふ。
なーんて。
ひとりワクワクしてあたしだったんだけど。
イタズラな神様が、そんなあたしに意地悪をしかけてきたんだ。
それはーーーーーー。
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