第11話 屋上の昼寝

あたしってば、なにやってんだよーーーっ。


バカ、バカ、バカ、バカ!


「でも、でも、でもっ。違うって言ってもみんな聞いてくんないし!……かと言って昨日の事情を説明するのもちょっと……ってカンジだし……。どうしよう!って焦ったら、とっさに体が勝手に動いちゃって……」


だけど。


ホントによく考えてみたら。


今もみんなは、あたしと桜庭がつき合ってると勝手に誤解してるわけで。


おまけにそんな中、あたしは桜庭の手をつかんで引っ張って教室を飛び出しちゃって。


まさに『そうだよ』って言ってるようなもんで。


ちょっと恥ずかしくて逃げちゃった、立花ひかるーーーみたいな。


ひえーーー!


もはやムンクの叫びのあたし。


「さ、桜庭、どうしようっ。あたし、とんでもなく余計なことをしでかしてしまったようだ!この状態で教室に戻ったら一体どうなるんだ⁉︎っていうか、戻りたくないかも!!ヤバい。どうしよ、どうしよっ」


あたふた、あたふた。


あたしはオロオロしながら右往左往。


だけど。


そんなうろたえてるあたしをよそに、桜庭は手すりに寄っかかると、気持ち良さそうに空を見上げながらこう言った。


「別にいーじゃん。勝手に思わせとけば」


「えっ?」


と、チャイムが鳴った。


「わわわ、どうしようっ。チャイム鳴っちゃったよ!授業始まっちゃうぜっ。うわーっ。ご、ごめん、あたしのせいでっ」


ジタバタしてたら。


桜庭のヤツ、ちょっと笑ってこう言ったの。


「次、数学だろ?ちょうどいいじゃん。面倒くせーからサボろーぜ」


「えっ?」


気持ち良さそうに空を見上げながら、春風にあたっている。


「桜庭……」


あたしのせいで、とんでもないことになっちゃったのに。


なんていいヤツなんだ。


好きでもなんでもない、ましてや女の子からばっかモテる変わり者のあたしなんかと噂されて、内心すごく迷惑だろうに。


なのに、桜庭すっごい優しい顔してうあがる。


あたし、今まで桜庭のこと、謎めいてるとかコワイとか言って苦手がってたけど。


全然じゃん。


すごくいいヤツじゃんーーー。


そう思ったら、なんだか妙にじーんときちゃって。


ホントに申し訳なくて。


じわ……。


思わず涙が滲んだ。


そしてポロポロとこぼれてきたんだ。


「お、おいっ。なに泣いてんだよ」


桜庭がギョッとした顔で手すりから離れた。


「だ、だってぇーーー」


なんだか、いろんなものが込み上げてきてしまって。


あたしの涙は止まらなくなってしまったんだ。


うぁーーーん。


「泣くなって。おまえはなんも悪くねーよ」


「うううーーー」


「泣くなっつーの。心配すんな。騒いでんのなんて今だけ。時間が経てば、みんな忘れてっから」


ポン。


あたしの頭の上に、桜庭の大きな手。


「で、でも。これからどうする……?」


みんなは、あたしと桜庭がつき合ってると勘違いして絶好調に盛り上がってるし。


説明するにしても、小林さんのこともあるからどううまく言えばいいのか。


『あたしが桜庭のことを彼氏と言って、つき合ってると言ったのはーーー』


なんて、余計なことも口走ってしまったし。


誤解をとくために必死だったとは言え、痛恨のミスだ。


この先いくら『あたし達はつき合ってない』と弁解したところで、2人で走って教室飛び出してきちゃったし、今もこうして2人きりで屋上にいるわけだし。


絶対噂の的だ。


ああああーーー。


涙目のまま頭を抱えていると。


「ま、このままほっといていいんじゃねーの?」


桜庭がサラッと言った。


「え、ええ?」


「今はなにを言っても冷やかされるだけで無駄だろ。昨日のおまえとアイツのことだって、みんなにペラペラ話す必要もねーし。わざわざオレらが『違う』ってみんなに説明するのも面倒じゃねー?そのうち、『なんだ違ったんだ』ってアイツらが気づくまでほっとこーぜ」


「で、でも……。それじゃ、桜庭が……」


「オレは別にかまってねーから。それに、なんかおもしれーじゃん。アイツら勝手に盛り上がっててさ」


イタズラっぽい笑顔。


光に当たって茶色がかる髪が、風でサラサラと揺れている。


その笑顔も、揺れている髪も、春風のようにやわらかい、


笑うと、目がカワイくなるんだ。


一見、クールで謎めいてて、ちょっととっつきにくそうな雰囲気を醸し出してるけど。



ホントは、優しいんだーーーーーーーー。



そっかぁ。


桜庭って、こういうヤツだったんだぁ。


気づけばあたしの涙もいつの間にか乾いていた。


春風、気持ちいいなぁ。


あたしも手すりにつかまって、あったかい春風に身を任せた。


「たぶん、アイツだろーな。この噂の発端は」


桜庭が首をコキコキしながら呟いた。


「アイツって?」


「昨日の」


「え。昨日のって……小林ゆきちゃん?」


「しかいないだろー。たぶん『ひかる先輩に、彼氏がいるって言われた!』とかって、友達にでも泣きついたんじゃねーの?」


「えっ。そうなのっ?あたしはてっきりあの場面を誰かに見られてたのかと……」


「それだったら、アイツがおまえに告白したことだって間違いなく噂になって広まるだろ。でも、名前が上がってるのはオレとおまえだけ。オレの見る限りでは、あそこにはオレ達3人以外誰もいなかったぜ」


「確かに!思い出してみても、あそこにはうちら以外誰もいなかったもんな。やっぱそうだよな。そうか……。噂の発端はあの子か……」


「噂ってすげーな」


桜庭が笑いながら言った。


「すごいっていうか、コワイな」


げんなりあたしが言うと。


「でも、立花にはその方が都合いいじゃん」


「なんで?」


「まぁ、ウソか誠かは置いといて。とりあえずおまえにつき合ってるヤツがいるとなれば、あの熱烈なファンのヤツらも自然とセーブして距離感保ってくるだろ」


「……そっか。そっか、そっか!」


それは素晴らしくいいことではないか!


一瞬思わず笑顔になったが。


いやいや、喜んでる場合じゃないな。


慌てて首をブルブル振ると。


桜庭がちょっと吹き出して笑ったんだ。


「な、なんだよ」


「いや。泣いたり、笑ったり、真顔になったり。忙しいヤツだなと思ってさ」


「わ、悪かったな」


「悪くない。それより、ちょっと昼寝しようぜ」


そう言うなり、ブレザーを脱いでいきなり大の字に寝転んだんだ。


「え、昼寝っ?」


「次の時間、教室に入って行くのにしっかり体力つけとかねーと」


ニヤッとウィンクして目をつぶる桜庭。


「ーーーだな」


あたしも思わず笑っちゃった。


そしてあたしもブレザーを脱ぐと、桜庭の隣に大の字に寝転んだ。


「……そういえば、桜庭。昨日の放課後、なんであんな時間にあそこ通りかかったんだ?」


「図書室で宿題片付けてた」


「え!そんなえらいことしてたのかっ?」


確かに!あっちの方向には図書室がある。


ほえー。

尊敬の眼差しで桜庭の顔を凝視。


「なんだよ」


「いや。えら過ぎると思って。いつも図書室で宿題やってるのか?」


「時々な。あとでやるのが面倒だから。ただそれだけ。放課後の図書室ってほとんど人いなくて気楽だし。で,喉乾いたからなんか飲もうと思って自販来たらおまえらがいた」


なるほど。


「……そして、桜庭はあたしの騒動に巻き込まれ。ホントはジュースを買いにきただけのハズが、いきなり彼氏役をやらされ。えらい目にあった上にジュースも買えずに再び図書室に戻った、とーーー」


「そういうこと」


「か……かたじけない」


「気にすんなって。それより、ねみー」


桜庭が大きくあくびをした。


桜庭のあくびがあたしにも移った。



ああ、気持ちいい。


視界に入るのは、青空だけ。


大きくて真っ青な空。


キレイだなぁ……。


あたし、空が大好きだ。


今日のような抜けるような昼間の青空も。


綿のようにポカポカ浮いてる真っ白な雲がいっぱいの空も。


ピンクとオレンジが混じり合って沈んでいく鮮やかな夕焼けの空も。


キラキラ輝く夜の星空も。


全部キレイ。



「ねぇ、桜庭」


隣の桜庭に呼びかけた。


「ーーーーー」


無反応。


そっと、桜庭の顔を覗き込んでみたら。


スー……。


小さな寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っていた。


うわ、寝てるよ。


ホントに寝ちゃう桜庭が、なんだか妙におかしくて。


あたしは、ひとりクスクス笑ってまた大の字に寝転んだ。


ここ、いいな。


今度から、昼寝する時はここにしよーっと。



あたしは、なんだかとっても得したようないい気分で、そっと目を閉じた。









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