第12話 恋をするには。

「なーんだ。そういうことだったんだぁ」



麦茶のコップをテーブルに置いた有理絵が、ケタケタと大笑いした。


「それなのに、みんな人の話も聞かずに勝手に盛り上がっちゃってさー」


あたしは、みんなをじろーっと横目で見た。




その日の学校の帰り道。


いちばん近くの有理絵んちに集合!ってなことで、いつものメンバーにずるずると連行されてき。


ガチャガチャみんなして有理絵の部屋に集まり。


そんでもってあたしはこの騒ぎの経緯をみんなに説明してたってわけ。



「でもさ!あたし他のクラスの子からその話聞いた時、すんごいビックリしてドキドキしちゃったよぉ」


マヤが胸をおさえながら笑った。


「まぁ、しょせんはただの噂だよな。だってあの桜庭だぞ?女子からキャーキャー言われてるモテモテの桜庭だぞ?もっとこう他に……。なぁ!」


健太が大げさにうなずきながらあたしの肩をポンポン叩いてる。


「おい。それはどういう意味だ」


あたしはじと目で健太を見る。


「でもさ。このこと、学校中の噂になってるみたいだよ」


景子が言った。


え?学校中?


「なんでっ?」


「そりゃそうでしょー。だって、2人とも有名人なんだもん。その2人がつき合ってるなんて言ったらさー。そりゃビッグカップル誕生でざわつくでしょー」


げげげ。


「なんであたしが有名人なわけ?あたしは全然有名じゃないぞ?」


「ひかるが知らないだけ。転校生だし、カワイイし、なんだかんだで目立つんだから。けっこういろいろ噂されてんだよ」


げげげ。


「なんだよいろいろって。気持ち悪いな」


「桜庭だってすごい人気なんだから。クールでカッコよくて、頭もいいときてるもん。おまけにフリー。これはみんなほっとかないでしょー。狙ってる女子達かなりいるって噂だよ」


ひえー。


「人気あるのはわかったけど。そんなにもモテモテなのか。桜庭のヤツ」


感心していると。


「その2人がつき合ったとなりゃ、そりゃ噂にはなるわな。しかも広まるのも速い。これは誤解とくのも大変そうだな」


と、卓。


「だよな。でもいいんだ、別に」


ケロッとあたしが言うと。


「あ、なに今の発言っ。意味ありげー。もしかして、このまま桜庭とホントに……」


さとみが興奮気味に顔を寄せてきた。


ちゃうちゃう。


「そうじゃなくて。気にしないってこと。なんだか知らないうちにこんなに噂だけがひとり歩きしちゃって、最初はどうしよう!!って思ったんだけど。まぁ、いっかなーって。みんながそのうち『なんだ、違うんだ』って気づくまでほっとこうと思ってさ」


「なるほどねー。まぁ、その方がいいかもね。っていうか、それしかないよね。広まっちゃったもんは広まっちゃったんだし。でもさ、噂の相手が桜庭なら全然よくない?変なヤツと噂されたら最悪だけど、桜庭となら全然いいじゃーん」


有理絵が言うと、さとみもうなずきながら言った。


「だよね!それに、彼氏がいるって勘違いされてた方がひかるにとってもいんじゃない?ひかるのファンの子達もさすがに一歩下がるでしょ。自然と距離も遠ざかっていくんじゃない?」


「そうなんだよっ。桜庭にもそう言われて、あたしも確かに!と思って。だから、ちょうどいいからこのままでいっかーって」


そうなんだよ、そうなんだよ。


大きくうなずきながらあたしは麦茶をコクコクと飲んだ。


ああ、美味しい。




「ーーーなんか。ずいぶん嬉しそうだな、ひかる」


健太が、かすかにじと目っぽいカンジであたしを見た。


「だって、そりゃあ。ラブレターとか告白とかなくなって平和になってくれたら。すごい嬉しいじゃん」


あたしが言うと。


「じゃなくて。桜庭との噂。実はまんざらでもなかったりして」


ぶっ。


思わず麦茶を吹き出しそうになった。


「な、わけないじゃんっ。なに言ってんだよ、健太。それより健太と卓、こんなとこで油売ってていいのかよ」


「今日は週1の休みでーだ。その貴重な時間をおまえに割いてるオレら。やっさしー」


「それはそれは、どーもっ」


「でもさ、でもさ」


向かいに座っている有理絵が嬉しそうに身を乗り出してきた。


「いっそ、このままつき合っちゃえば?ひかると桜庭」


「だーかーら。そういうんじゃないから、ホントに。んなことあるわけないだろ」


あたしがヒラヒラ手を振ると。


「いいじゃん!ひかると桜庭、けっこうお似合いだよ。ウソから始まるホントの恋!!………うーん。桜庭のこと、けっこう狙ってたんだけど。ひかるなら許す!」


「マヤの許しはいらないって」


「あたしも許す!」


「景子の許しもいらないから」


きゃはきゃは盛り上がってる。


ホントみんな、当の本人差し置いて勝手に盛り上がるんだから。


「あにょねー。そんなのあり得ないから。あたしはね、これでも一応反省してるんだよ。桜庭に迷惑かけまくってて申し訳ないって。そして、みんなにいろいろ聞かれても、あたしと小林ゆきちゃんのためになにも言わずに黙っててくれ、更にはこんな騒ぎになってしまったことに対しても、『別に気にしてない』って言ってくれたそんな桜庭に、ただひたすら感謝の気持ちでいっぱいなんだよ。それ以外はない!」


「お、ひかるにしては珍しくまともなこと言ってんじゃん」


「おい、健太。あたしは常にまともだ」


「でも、桜庭とひかる絶対お似合いだと思うんだけどなぁー。ねね、ぶっちゃけひかるはどう?桜庭のこと。アリかナシで言ったら。アリ?アリ?」


さとみが嬉しそうに顔を寄せてくる。


「アリもナシもないっつーの。たまたま通りかかった桜庭にたまたま協力してもらったってだけの話なんだから」


そう。


ホントにたまたま。


あの時だけの、ウソの彼氏。


だから、ここからホントの彼氏になるとかまずないし。


「そうなのぉー?もったいないなぁー」


不服そうなさとみ。


「ひかるは全然いないの?好きな人とか、気になる人とか」


マヤが聞いてきた。


「それがいないんだよ」


「でもさ。ひかるまだこの学校に来てそんなに経ってないんだから、これから出会っちゃうかもよぉー。案外すぐにホントの彼氏できちゃったりしてー」


「そうかなぁ」


彼氏、かぁ。


やっぱその響きいいよなぁ。


「もし、ひかるに好きな人ができたとして。自分から『好き』って言いたい!と思ったら。もうその時は迷わずいっちゃえ!ひかるなら、黙って大人しく告白すれば絶対OKだよ」


さとみの言葉に健太がヒラヒラ手を振って言った。


「無理、無理。ひかるが大人しくなんてしてられるわけねーじゃん」


「確かにな」


卓まで笑ってる。


「なんでだよ。あたしってそんなにやかましいか?うるさいか?そうでもないだろ」


「そうでもあんだよ。いいか?歩くスピーカーとは、おまえのことを言うんだぞ」


健太が平然と言う。


「まず、大体にして声がデケーもん。どこにいてもすーぐわかんだよな」


う……。


確かに決して声は小さくないと、自分でも認識はしているが。


歩くスピーカーって……。


そんなにもうるさいのか、あたしは。


そそそ……。


なんとなく隅っこに身を寄せる。


「ま、今に始まったわけじゃねーから、もう慣れたけどな」


「それに、中にはそういう賑やかな人が好きだって人もきっといるから、大丈夫、大丈夫」


マヤがポンと肩を叩いた。


慰められてんだか、なんだか……。


「いーよ。あたしはひとりでも。彼氏できなくても健太と遊んでるから」


恋もしたいし、彼氏もほしいけど。


なんだか当分できる気配もないし。


「ちょっと待て。ひかると一緒にすんな。オレはそのうち彼女もできて、デートだってすんだからよ」


「なーにさ。あてもないくせにぃ」


「うるせーな。今に見てろよ、おまえより早くデートしてやっから」


「あたしだってね、大人になる頃にはちゃんと彼氏いるもんっ。……たぶんだけど」


健太とそんなしょうもないやり取りをしていたら。


「それでいいの?ひかる」


有理絵の恋。


「そんな悠長なこと言ってていいの?大人になるまでずっとこのままのつもり?最後の高校生活、このままずっとファンの女の子達に追っかけられたままで終わっていいの?」


う……それは……。


「今は、『ひかると桜庭がつき合ってる』ってみんな思ってるみたいだけど。それはあくまでただの誤解であって、桜庭はホントの彼氏じゃないし。そのこともみんなそのうち気づくだろうし。そしたらまた女の子達から……」


「それは、勘弁だな……」


「でしょ?だから、恋をするのは〝今〟なの!」


言い切る有理絵。


……そうだけどぉ。


「……でもさ。そんなこと言ってもどうしたらその恋とやらができるんだよ」


あたしがちょっとふてくされ気味に有理絵を見ると。


待ってましたとばかりに有理絵がニヤッと笑顔になったの。


「実はさ、いい出会いのチャンスがあるのよ。ひかるもせっかく『女の子らしいステキ女子目指す!』って決めたんだから前向きにいこう!がんばろうよ!」


「えっ!いい出会いのチャンスって?」


「なになにっ?」


さとみとマヤと景子が、条件反射のようにあたしを押しのけて有理絵に飛びついてきた。








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