第8話 インスタントカップル
ひえー!!
勘弁してよぉぉぉっ。
「先輩!わたし、ずっと先輩のこと見てたんですっ。先輩ほどキレイでカワイくてステキな人はいません!」
ずっと見てたって……。
あたし、まだこの学校に転校してきたばっかなんですけど。
どっか知らないとこで見られたりしてたのかしら。
とにかく、ちょっとコワイんですけど。
「え、えっと。小林さん……だっけ」
「ゆきって呼んで下さいっ」
目からハートビーム炸裂。
ひえー。
そんな熱い視線を送られても困る。
ものすごく困る。
「あ、あのさ。あたしなんて、ついこの間転校してきたばっかで……」
「知ってます!でもわたしは、そのずっと前からひかる先輩が大好きでしたっ。前の学校での写真も持ってますし、ひかる先輩が載った雑誌ももちろん持ってます!」
げっ。
前の学校の写真って、なんの写真?
なんで持ってんの?
「あ、ありがとう。でも、ほら。ゆきちゃん女の子だし、カワイイし。だから、あたしなんかじゃなくて……」
「わたしは先輩が好きなんです!今、2年の女子の間で先輩のファンクラブが結成されてます。でも!わたしは、あの人達よりももっと真剣な気持ちです」
えええっ。
ちょっと待ってちょっと待って。
「いや、ゆきちゃん。なんか勘違いしてるって。あたしなんてさ、まぁ見た目は女だけど、中身はてんで男っぽくて、それじゃそれはひっちゃかめっちゃかでひどいもんなっだから」
「そこがいいんです。そんな先輩が好きなんですっ。でも、今日のその女の子らしいいつもと違うひかる先輩もすごくカワイイ……。わたし、どんなひかる先輩も全部大好きなんです!」
ずい。
更に近寄る彼女。
「先輩……。こうして先輩と直接お話できるなんて夢みたいです。嬉しい……。わたし、どこまでも先輩について行きますっ」
ヤバい。
これはヤバい。
「先輩……。わたし……」
更に、ずい。
だ、誰か助けてくれっ。
彼女の顔が、もう目の前まで迫ってきている。
げ、げ、げ。
「ちょ、ちょ、ちょっ」
ちょっと、誰かーーーーーーっ。
そう心の中で叫んだ時だった。
「おす」
え。
後ろから、誰かの声。
た、助かった、救いの声だぁーーーーーっ。
あたしが
なんと!!
そこに立っていたのは。
またしても、あの噂?の桜庭じゃあないか!
どうやら、あっちの廊下から来た様子で、たまたまここを通りかかったらしい。
しかし、なんでこうことあるごとに毎回桜庭が現れるんだっ?
あたしがちょっと驚きながら桜庭を見ると。
じーーー。
桜庭が、あたしと彼女と交互に視線を向けた。
どうやらこの妙な雰囲気に気づいたらしい。
そして、なんかあったんだな?って顔であたしの方を見た。
「え、えっとぉ……」
たじたじ。
でも……ええいっ。
この際、あたしの救世主として桜庭に手助けしてもらおう!!
手段を選んでる場合などない!
ここで偶然バッタリ出会ったのも、これまたなにかの縁。
許せ!桜庭っ。
意を決したあたしは、ピトッと桜庭の背中にくっついて、ひょこっと顔を出した。
ギョッとする桜庭。
ええい、かまわんっ。
行け、ひかる!!
「あのねっ。この人、あたしの彼っ」
顔を引きつらせながらも、必死でニコニコ。
そんなあたしの方を、ハンマーで殴られたような顔で振り向く桜庭。
「おいっ……」
と、言いかけた桜庭を制して。
合わせろ、バカッ。
ぎゅう。
「いてぇっ」
あたしがつねった背中を、痛そうにさする桜庭。
「ーーーと、いうわけだからさっ。あの、ご、ごめんねっ」
わなわな泣きそうな顔をしている彼女。
「そ……そんなのウソですっ。先輩に彼氏がいたなんて。そんな話聞いてません!誰もそんなこと言ってなかったです!」
げっ。
「あの。つい最近、電撃的にそういうことになってさ、まだみんなも知らないっていうか。とにかくそういうことなんだよ。あはははは」
「そんなの信じられませんっ。だって……」
今度は彼女が、あたしと桜庭と交互に視線を向ける。
うわぁ、この子疑いまくってるよ。
見かけによらず、なかなか頑固というか、しつこいというか……。
そりゃ、たった今あたしが勝手に成立させた、でたらめの即席インスタントカップルだから。
ウソくさくて当然だけど。
「絶対ウソですっ。だって、2年に桜庭先輩のファンの人達いっぱいいるけど、彼女はいないってみんな言ってましたっ」
おお、桜庭のヤツ、3年の女子のみならず2年の子達にも人気なのか。
ああ、そういえば有理絵も言ってたもんな。
『なにげに学校一のモテ男』かもって。
これは1年にも相当ファンがいるな。
やるなぁー。
なんて、感心してる場合じゃないぞ。
なんとかごまかしとおさなくてはっ。
そして、1秒でも早くこの状況から脱却したい!
「ホ、ホントにあたし達つき合ってんの。ほら、今も桜庭が教室で待ってたんだけど、あたしがジュース買いに行ったまま帰って来ないから。迎えにきたんだよ。なっ!」
必死でニコニコしながら桜庭の顔を覗いたら。
しらーって顔してそっぽ向いてやがる。
おーーーい!
芝居してよ、芝居っ。
この状況がわかっているのなら、いや、絶対わかってるんだから、せめて相づちくらいうってくれよ!
頼むって!
「でもっ。先輩、さっき友達が待ってるからって言いました!それに、そんなにたくさんのジュース……。桜庭先輩は、たまたまここを通りかかっただけなんじゃないですか?」
ギクりんちょ。
「いや、その……」
まさしく、そのとおり。
うぐぐ……返す言葉が見つからないっ。
「えっと……その……」
ひかる、ピンチ。
えっと、えっと、えっと……!
ぎゅっ……。
思わず、桜庭のブレザーをつかんだら。
桜庭が小さくため息をついたんだ。
そして。
「離せよ、ひかる」
え?
〝ひかる〟ーーーー?
ビックリして、あたしが手を離すと。
桜庭がすっとしゃがみ込んで、あたしが落としたジュースを拾い出したんだ。
「ったくよぉ。ジュースばらまくなよ」
それから、目の前に立っている彼女を見て。
「コイツさ、張り切ってみんなの分のジュース買いに行ったきり全然戻ってこねーから。なにやってんだって、オレが見にきたってわけ」
桜庭ーーーー。
あたしは、あまりに自然に振る舞う桜庭の背中をボーッと見ていたの。
なんか、演技じゃないみたい。
はっ。
「あ、ごめん、あたしも拾う」
あたしは慌ててしゃがみ込んでジュースをひとつ拾った。
「あ、桜庭。あたし持つよ」
「いーよ。おまえ、また落とすから」
さっさと立ち上がる桜庭。
「……ありがとう」
そっかぁ。
これは〝フリ〟だけど。
つき合ったりすると、男は女に優しくしてくれるんだ。
ふーん。
妙に感心していたら、今まで黙ってこの様子を見ていた彼女が静かに一歩下がった。
そして小さな声で。
「……失礼しますっ」
そう言ってペコッと小さくお辞儀をし、そのままくるりと背を向けるとパタパタと走り去って行ったんだ。
廊下の角を曲がり、彼女の姿が完全に見えなくなったのを確認してから。
あたしは、大きく息を吐きながらその場にへたり込んだ。
はぁぁーーーー。
「やっと、諦めたみたいだな」
隣から、桜庭のやれやれって感じの声が聞こえてきた。
そうだ、お礼言わなきゃ!
あたしは慌てて立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます