大根との付き合い方
第四十五話 煩悶大根
「はあ…」
ざくざく。
無心になって雑草のある地面をかき回す。
最近買った長柄の雑草抜き機、なかなか便利で使い勝手が良い。地面を掘り起こしてまるごと草を掻き出してしまうやつだ。前はこの後一応草の回収をしなければならなかったので面倒だったが、今は状況が違う。
「はい、それです、それ。はーい」
俺が土を掻き出す後ろで声がする。声の主は人形に背負われたキーファだ。
「そうです。そうです。ぽんぽんぽんというリズムです」
キーファに指示されながら、人形ちゃんが放り出された雑草を畑の中からさらに放り出していく。行儀は悪いが、どうせ山の中。気にするやつなどいない。やっぱり畑仕事は作業人数が増えれば効率が段違いだ。
前なら感動に打ち震えていたところだが、どんなに雑草を掻き出しても、頭の中に鉛でも押し込められたような気分が抜けない。
いつもの3分の1位の時間で、雑草の片付けは終わってしまった。
「はあ…」
いつもの石の上に腰掛ける。目の前にはスッキリとした畑。いつもより防虫がうまくいっているおかげか、いつもより青々として見える。あんまり青々としているのも肥料のやりすぎを心配しないといけないが、これはうまくいっている方だろう。
それなのに、だ。
「マスター、浮かない顔してますね?」
「仕方ないだろう?」
体についてしまった土を払っている人形を見ていると、横に置いたキーファが声をかけてくる。相変わらずの葉っぱを生やしたスマホはどういう原理か汚れ一つ付いていない。
「良いじゃないですか。お休みですよ? マスターみたいなシャカイジンはそのために働いているっていうじゃないですか」
「そういうのは場合によるんだ。…お前最近何を見てるんだ?」
「ドラマではそう言ってましたよ?」
そう言って画面内で首を傾げるセクシー大根。好奇心は結構だが、常識というのも必要だろう。
「時と場合によるんだ。俺の今の状態は、まあ、何だ。良くはないな」
「だめなやつですか?」
「そうだな…」
また出そうになるため息をこらえ、上を向く。山の中にポッカリと広がった青空が目に痛い。
今日は月曜日。平たく言えば平日だ。一般的な社会人は、普通は出社しているだろう。俺も本来なら今日は営業に行く予定、だった。それが畑仕事に精を出せているのは、突然の電話のせいだ。
「休み?」
さて、会社に行くかといつものように準備していると、俺のスマホが鳴ったのだ。
出社前の電話なんて嫌な気配しかしなかったが、出るしかない。そしてその結果は案の定だった。
相手は会社の人事課だった。なんでも会社の前に妙な連中が張り込んでいて、どうやらそれがマスコミらしいのだ。
例の川越のダンジョンの件を嗅ぎ回っているらしく、何人かの社員を捕まえて当事者のことを聞いているらしい。だから来るなという。期間は半月。
あれからすでに2週間。相変わらずこの間の件はチラチラ報道で見ていた。あのゴタゴタの件は一応会社側には報告したが、まさかこういう形で帰って来るとは思っていなかった。そして、こういう騒ぎを起こすと、間違いなく会社では面倒事だ。
「まさか首ですか?」
「お前にそんなことを言われたくはないがな…」
ぎょっとしたようなジェスチャーをする大根に、首をかしげて俺を見る人形。正直いたたまれない。だが、間違いなくまずいだろう。
自分の会社側の評価は、可もなく不可もなく、といった所止まりだ。なにかあった場合、いろいろなところに響くのは間違いない。それにだ。
「…東雲は、あれ本当に平気なのか?」
「エリクシールですよ? 怪我なんて一瞬です」
気がかりなことがもう一つ。あの騒動以来、東雲と会えていないのだ。
一応スマホにも連絡を入れておいたが、返信はなし。既読もつかない。出会った途端に問い詰められたねないことを考えればありがたいが、全く連絡がつかないのも困ったものだ。道場の方にも連絡してみたが、東雲からは連絡がないと光子に言われた。
キーファが言うにはすっかり元気になってるはずだと言うが、会えなければ不安にもなる。
そんな不安を抱えているからこそ、こうやって畑に出てきたんだが、なかなかどうしてうまく行かないものだ。仕事をしていても到底無心になれない。おまけにやるべき仕事は終わってしまった。気を紛らわすようにぼんやりと空を見上げる。
そんな山間に着信音が響いたのは、それから少し経ってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます