第三十九話 疑問大根
「…大丈夫か、東雲?」
「ええ、なんとか」
そういう東雲は忌々しげにつぶやくと、無造作にオレを締め上げている蛇を蹴飛ばした。
「…おう」
東雲に蹴り飛ばされると、オレに絡んでいた蛇は力をなくしてどさりと落ちた。何が起きたんだと思ってみれば、オレの少し先で、胴体の部分で輪切りになっていた。
さっき東雲に向かっていた頭は、すでに光の粒子になって消えてる。
思わずため息をついたが、東雲の表情は険しい。眉間にシワを寄せてじっとオレを眼鏡越しに見ているのがわかる。
「…先輩、何をしたんです?」
「いや、何って…」
別に大したことはしてないんだ。
起きたことは大したことなのはわかっている。
さっきまで火傷の重体だったのだ。それが今は元気に歩いている。これだけでも尋常じゃないはずだ。
東雲はなにかを言おうと口を開けたが、暗闇の奥から聞こえてくる。シューシューという音に舌打ちをした。
「…後でしっかり聞きますからね?」
「…そうだな」
東雲は小さく舌打ちをすると、音の方へとつかつかと歩いていった。うちの後輩が本当に頼もしい。
その背中を見送ると、暗闇の向こうから蛇の断末魔が聞こえてくる。時折炎が上がって、東雲の姿が暗闇に浮かび上がる。
そのたびに、通路を、壁を、はては天井まで跳ねて、刀をきらめかせる姿が浮かび上がる。そのたびに、ズバとか、シュンとか、ぐちゃとか、聞き慣れない音が聞こえるが、どうやら心配はいらないだろう。どうにか無事に出られそうだ。
さて、言い訳どうしよう?
オレはさっきまで東雲が倒れていたあたりに転がっている小瓶を見やって、内心頭を抱えていた。
小瓶の正体は、キーファのカタログいわく、『エリクサー』というものらしい。ネットで調べたところ、存在は噂されていたが、見つけられない幻のクスリだとか。あらゆる怪我や病気を治すとかいう、眉唾な内容だったが、キーファのカタログにもそう書いてあった。ここまで効くとは思っていなかったけど。
東雲はさっきまで気を失っていたとは思えないほどに、元気に飛び跳ねている。あれならすぐに片付くだろう。
なにかあったとき用に、家で色々出してきた甲斐があったと言うべきか。
東雲が言うには何でも熟練の探索者は、ポーションをいくつかストックしているそうだ。一本十万前後と物は高いが、何かあったときには便利だそうなので、一本くらいは余裕があれば持っているべきだと言っていた。それに習ったのが早速役に立って何よりだ。まあ、やりすぎな気もするが。
どうっと、何かが落ちるような音の後、暗闇の中に光の粒子が舞うのが見えた。
そのまま待っていると、暗闇の中から東雲が出てきた。息一つ乱さず、相変わらず背筋がシャンと伸びていた。
「…おつかれ」
オレはひとまず荷物をまとめて、東雲を迎える。荷物にあった水筒を取り出して渡すと、東雲は小さく首を振った。
「いえ、結構です。調子がいいので。ただ、ここもすぐに離れないといけません。準備してください」
短く、有無を言わさない声で指示が飛ぶ。オレはぶちまけられた荷物を適当にリュックに詰め込んだ。
東雲はそれを確認して、オレに背を向けて歩き出す。
「…痛みとか大丈夫なのか?」
それについていきながら声をかければ、東雲は小さくため息を付いた。
「おかげさまで快調ですよ? 何したんです?」
「あー、ちょっともらったポーションをな」
そう言って、背中のリュックからポーションを取り出してみせる。それを見て、東雲は呆れたような顔になった。
「…何本買ったんです?」
「あー、三本?」
実際いまリュックに入っているのはそれくらいだ。
家に帰ればもう少しあるが、自分用にいくつか持っておいたのだ。良かったといえば良いのか。
それを見た東雲はため息を付いた。
「それを私に使ったんですか?」
「まあ、な?」
実際、ポーションなら、あそこまで劇的でないにしても似たような効果はある。
東雲は少しオレの顔を見ていたが、しばらくして呆れたようなため息を付いた。どうやら信じてくれたらしい。まあ、あの段階ではほとんど意識不明だったのだ。おそらく、ばれない、といいなぁ…。
「…お礼を言っておきますが、何やってるんですか? 先輩の月給じゃ結構な買い物でしょう」
「いやぁ、すまん」
内心冷や汗をかきながら、東雲の背中を追っていく。
さっきの油断を警戒してか、迷いなく進みながらも東雲の眼鏡が油断なく辺りをうかがっている。
「出口はどうする?」
「なんでダンジョンが動いたのかは、わかりませんが、一応のマップは頭に入っています。…動いたのがあそこだけだと良いんですが」
「…怖いな」
もしほかも潰されていたら最悪だ。
おそらく、何らかの意図でダンジョンを操作できるやつがいるのは間違いない。それがダンジョンマスターなのか何なのかは知らないが、仕様を知っている身としてはヒヤヒヤものだ。閉じようと思えばどうとでもなる。
それに、だ。あの蛇の動きがどうにも気になる。
あの蛇は明らかにオレを傷つけないように動いていた。ダンジョンの魔物に命令を下せるのはダンジョンマスターだけだ。そして、最近のゴブリンの動きを見ていれば、そういう命令でも出さないと、オレをわざわざあんなふうにする理由はない。
そんなことを考えながら、先の見えないダンジョン内を進む。
だからだろうか、東雲の白い背中が丸出しになっているのに気づいたのは、ダンジョンの入り口が見えたあとだった。
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