第三十話 inダンジョン大根

 川越第3ダンジョン。川越の外れにある、誰でも入れる低難易度ダンジョン。ご質問等ございましたら、以下の問い合わせフォームより…。

 それがオレの調べる限りの越谷第3ダンジョンの情報だった。ダンジョン庁のホームページで住所の記載があるだけのシンプルなもの。正直どういうものか全く想像ができなかった。

 だからこそ、それを見た最初の感想はこうだ。


「ゲームセンター?」


 そこはどう見てもゲームセンターだった。郊外にある独立型の店舗。看板もそのものまさしくそれで、外からでもなかにクレーンゲームの筐体が見える。

 オレが言葉をなくしていると、東雲も車を降りてきた。


「さ、先輩行きましょう?」


「いや、行くって、アレにか?」


「そうです。繁盛してるでしょう?」


 確かに東雲の言う通り、駐車場は満杯だ。

 時刻は7時過ぎ。平日のこの時間に一杯の駐車場なんて、今どきセールをしているスーパーくらいのものだろう。


「…はー」


 昨日もらったリュックに着替え(動きやすければ何でも良いそうだ)を持ったオレは東雲に先導されてゲームセンターに入った。

 中に入れば、そこはまさしくゲームセンターだ。まだ筐体も動いているし、よく見ればやっている人もちらほらいる。だが、それより注目すべきはその奥だ。


「奥がまるまる受付カウンターなのか」


 ゲームセンターなのは外側だけだ。

 奥には役所のようなカウンターが設置され、何かよくわからないものを持った人々が行列を作っている。中には武器のようなものを持っている人もいて、なるほど確かにそれっぽい。


「そしてあれか」


 ゲームセンターの奥に、あってはおかしいものがある。

 ポップなキャラクターのイラストの書かれた壁。いつもならよくあるようなそこに、なんの脈絡もなく、いきなり洞窟が口を開けているのだ。多分一番奥であろうはずの壁なのに、その向こうに広がっているのは奥の見えない洞窟だ。

 なかにはランプが掛けられているが、どこまで続いているのか全くわからない。


「アレが、ダンジョンか…」


「なんでも、営業中にいきなり現れたそうですよ?」


「それはまた…」


 ここの店主がどうか知らないが、きっと災難だったろう。

 東雲いわく、ダンジョンはこんなふうに、変なところに現れることがあるそうだ。


「まあ、そのおかげでここは賑わっている部分もあるそうです。痛し痒しですかね?」


「そんなもんか?」


 一応、ここの店主はそれを初心者向けをアピールしてダンジョンとして上手いこと運営しているらしい。

 それを痛し痒しで済ませて良いものか?

 オレが悩んでいると、東雲が先にこっちですと先導して先を行く。オレは慌ててそれに続いた。


 *****


 ダンジョンに入る手順は、恐ろしいほど簡単だった。

 ロッカールームで着替え、店の片隅に間仕切りで作られた準備ショップで棍棒を(店主に相談したら初心者ならこれだと言われた)レンタルし、準備は完了。あとは受付をすれば終わりなのだという。


「…これでもう入れるのか?」


「入れますね」


 まるで銭湯にでも来たようなあまりに簡単すぎる手順に、思わず唖然としてしまう。


「こんなで大丈夫なのか?」


「そこは大丈夫ですよ。なんでしたら、受付すらいりませんよ?」


 そんなことをあっさりと東雲は言う。

 なんでもこの受付も、登山保険ならぬダンジョン保険の手続きのためのものらしい。手続きをしておけば、申請を出した時間より戻りが遅くなると捜索隊を送ってくれるのだとか。いざというとき一応やっておくと便利らしい。


「随分色々あるんだな」


 その手続の列に並びながら嘆息する。

 ダンジョン保険以外にも、鑑定、買取サービスや、武具修理受付など、ゲームセンターとは思えないほど中は賑わっている。あちこちで興奮した囁きがひしめいていた。


「…先輩が知らないだけで、最近はこんなものですよ?」


「ああ、また世間から遅れてたんだなっていうのを実感してるよ」


 今並んでいる列も、めいめい何かしら得物をもっての行列だ。手に棍棒だったり、体に剣道着だったり、正直かなり物騒な人達が並んでいる。しかも数人ではなく数十人。これだけでちょっとしたカルチャーショックだ。

 彼らは皆これから潜る人たちなのだという。よく見ればオレのような会社員のような人や、高校生くらいの子までいる。この人達が、みんなダンジョンの中で得物を振り回しているのだとか。

 半ば呆然をとしているオレをよそに、そういう東雲はいつもの調子だ。竹刀袋から刀を取り出して、胸のところで抱えている。

 実はこの列もそれなりに物騒な列なのだ。

 その中でも、そう、いつもの調子だ。

 じつはずっと気になっていることがある。


「なあ、東雲。ダンジョンに潜るときって、動きやすい格好するんだよな?」


「できれば長袖長ズボン。必要ならプロテクターを付けるのもありですね。剣道防具みたいな人もいますが…。先輩は、あのインナーがあるからいりませんけどね」


「うん、そう言われたよな…」


 だからオレはしっかりとジャージに着替えている。

 他の人はプロテクターだったりをつけているが、これでも問題ないそうだ。

 そう、なんだが。


「なんでお前は着替えてないんだ?」


 見たところ、東雲の変化は竹刀袋くらいだ。

 黒のスカートに白いシャツ。その上から黒いカーディガンを着ている。全体的に地味の一言だ。ついでにメガネもそのままだ。

 東雲はオレの指摘に、やっと気付いたように自分の服をつまんでみせた。


「…そういえばそうでしたね」


「そういえばってお前…」


 強いのは知っているが、大丈夫なのか?

 周りを見れば、東雲のことをチラチラ見ているのが数名いる。皆最低限オレのようにジャージ姿なのに、その中でも東雲は浮いていた。

 それでも東雲は小さく息をつくだけだ。


「…まあ、構いませんよ。大してかわりありません」


「…大丈夫なのか、講師?」


「問題ありません」


 そう断言する東雲の頬が若干色づいていた。こいつ忘れたな?


「…構わないが、怪我はしないでくれよ?」


「…心配してくれてます?」


「普通心配しないか?」


 誰だって自分の知り合いが怪我するところなんて見たくないだろう。それが不注意からなんて目も当てられない。

 そんな気持ちでいったのだが。


「…そうですか。次からは、万全で挑むようにします。すみません」


「いや、大丈夫なら良いんだが…」


 なんだか、考え込むようにうつむいてしまった。

 別に謝らなくたって良いのだが、そんなに悩むことだったのか?

 

「次の方どうぞ?」


 気にするなとでも言えば良いのかと思っているうちに、順番が来てしまった。先に手続きをしてしまおうかと思っていたら、うつむいていた東雲がさっと動き、懐から取り出した何かを受付に渡す。

 

「…こちらで、それと…」


 東雲が取り出したそれを見た途端、受付嬢が顔色を変えたように見えた。

 二言三言言葉をかわすと、オレを促して列から外れる。


「…あれ、手続きは?」


「終わりました。さ、行きましょう」


 そう言って、東雲は一人でグイグイ行ってしまう。

 こういう手続の練習も、講習では大事だと思うんだが?

 釈然としない物はあったが、もともとキーファ関連のダンジョンの知識を得るのが目的の講習だ。まあ良いかというのもある。

 オレは急いでその背中を追った。

 

 さて、はじめてのダンジョンだ。



 *****


 実たちがダンジョンに潜ったあと、彼らの受付をした受付嬢はしばらくボーッとしていた。隣りに座った同僚がその様子に声をかける。


「…どうしたの?」


「…あ、あんた、見なかったの?」


「なにを?」


「さっきの人のライセンスよ。あれ、『御堂会』の『東雲さん』よ?」


「え? え?」


 同僚の彼女は、思わず二人が去っていった方に目を向けそうなる。なるが、そこで彼女はぐっとこらえた。


「…今は仕事よ。というか、それ個人情報でしょう」


「そうは言うけど、日本のトップグループの人でしょ? なんでこんな初心者用に…」


「講師がどうとか言ってたんだから講習でしょう。余計な詮索しない」


「でも腕前とか気にならない? きっとすごいわよ?」


「そりゃそうだけど…」


 そんな会話が、順番待ちの人に怒られるまで続いたとか。

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