第二十九話 toダンジョン大根
六月も半ばに近くなり、どんどん暑くなってきた。
妙なプレゼントをよこされた翌日、俺たちは早速目的地に向かっていた。
あの後、なにか東雲と幸子が言い合っていたが、オレはそれどころではなかった。
「東雲、これで大丈夫だったのか?」
「大丈夫です。問題ありません」
そう言う東雲は、どこまでも平常運転だ。
冷房の効いた車内なのに、緊張のせいか変な汗が止まらないオレとは大違いだ。
後輩がやっぱりすごい。
「それはそうと、よかったんですか。私が運転しなくて?」
「場所覚えなくちゃ始まらないだろう?」
オレは慣れない道をカーナビを頼りに車を走らせていた。
場所は越谷。定時退社の後だった。
まさか、講習2日目で早速ダンジョン行きとは思ってなかったから、緊張がまずい。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ?」
「あんなビデオの後でそう言われても、難しいぞ?」
どうにもイメージが血なまぐさいのは仕方ないと思う。
あのあと、例のビデオ講習とやらを受けたのだが、グロいことグロいこと。これも初心者の戒め用のものらしいが、なるほど効果は抜群だ。人間のモツや断面図を無修正で見る機会があるとは思わなかった。…すでに一回死んだときに見てるけど。
「それで、準備は良かったのか?」
だから疑問に思ったこともガンガン聞こう
「大丈夫です」
東雲は脇目もふらずに前を見て言う。
オレが言う大丈夫?というのは、装備のことだ。なんとここまでの道のり、オレたちは手ぶらである。普通もっと準備するもんじゃないかと思うのだが、東雲は。
「これから行くダンジョン、越谷第3ダンジョンは、初心者向けで有名なところです。幸いなことにと言うか、準備ショップもありますからそこで揃えられるでしょう」
そういうので、そのまま来たのだ。
いや、もっと何かあるものかと思っていたんだが。
「なんだ、その『準備ショップ』って?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、東雲が小さく鼻を鳴らす。なんとなくだが、呆れているらしい。オレにか?
「…いえ、先輩のことじゃありません。名前、やっぱりわかりにくいですよね? 多分、武器屋って言ったほうがわかりやすいかもしれません」
「…なんで、武器屋がそんなわかりにくい名前なんだ?」
東雲は肩をすくめた。
「ちょっと前まで…、ダンジョンは武器になりそうなものを持って潜るのが定番だったんですよ。そこ左です」
「おう、すまん。…武器になりそうなもの?」
なんだそりゃ。手製の釘バットか何かか?
「まあ、概ねその認識で間違っていません。私も木刀使ってたことありますし。今はこれですけど」
そう言って、竹刀袋に入った刀をぽんと叩く。
「それって、法律的に大丈夫なのか?」
「銃刀法は守ってますよ。ちなみにその辺りが、準備ショップなんてわかりにくい名前の原因ですし」
なんでもダンジョンができたばかりのころはちゃんと名前も武器屋や武具店などで、結構色々なものが売っていたらしい。そもそも、ダンジョンの中は不確定な事が多い。身の安全を守ろうと思えば、いい武器はいくらでも欲しくなるのだとか。
ただ、だからこそ問題が起きた。
「ある武器屋が、銃を売ってましてね」
「銃?」
銃って、あの『銃』か?
東雲はコクリとうなずく。
「それまでも、改造エアガンくらいは使ってる人が多かったんですが、それが本物だったんです。それで警察やダンジョン庁、色んな所が絡んで結構な騒ぎになったとか」
なんでもそこはもともと銃火器店で、そこから派生してそんなものまで売っていたのだという。実はそれまでダンジョン内は半分無法地帯だったらしい。大抵の”武器になりそうなもの”は持ち込みができた。まあ、もともと広いダンジョン内を探索するのだ。警察もなにもあったものじゃない部分はあるらしい。ただそのときは、売った相手が悪かった。
「相手が、不用意に外で見せびらかしちゃったんです」
それを一般人に見られ通報、あえなく銃刀法違反で御用となったのだとか。
なんとまあ。
「それで、あんまりおおっぴらな武器を売ることができなくなって、名前も変更。今に至ります」
「…それはまた」
店主も運が無いと言うべきか、なんというべきか。
もともと、銃はそれなりに有効な武器だったらしい。一般人でも遠くから魔物を仕留められるし、扱い方さえ間違えなければ使い勝手は良い。
ただその騒ぎのせいで、ダンジョン内は飛び道具禁止。持ち込みがほぼできなくなってしまったらしい。それでかなりのガンマニア系のダンジョン探索者が割りを食ったのだという。
「…じゃあ、今はその人達って?」
「わかりませんが、そういう人たちは未発見系のダンジョンに潜っていると何かで聞きました。ただ、それで色々と問題も起こったんです」
もともとエアガンなどで安全? にある程度潜れていたのが、突然そんな事になってしまったんだ。おかげでダンジョン探索者は結構な数減ったらしい。それで国内ではダンジョン素材はかなり高騰した。
他にもエアガンがだめなら木刀でと潜ったはいいが、あえなく返り討ちになったり、結局隠れて銃火器を持ち込んだりとかなりごたついたらしい。
準備ショップというのもその頃に変わったのだとか。
「つまり、武器って名前がだめらしいですね」
「なんだそりゃ」
なんでもどこからか、武器屋なんて名前は直球すぎると横やりが入ったらしい。以来何かと名前を変えながら、今は『準備ショップ』なんて名前に落ち着いたのだという。
「だから、日本では基本的に一番深くまで潜るのってダンジョン庁の直轄チームだったり、自衛隊系だったりするんですよ」
「海外は違うのか?」
「海外は大抵民間のダンジョン探索会社ですね。攻略深度は段違いです。免許が取れれば、そのへんも融通ききますから、専用の動画サイトで見ているといいでしょう」
「…なるほど、でも、それじゃ日本の探索事情って?」
「あんまり進んでませんね。近接が重視されてるんですが、近づけないようなのもいますから。だから日本の素材関係って高いってのもあるんです。そこ右です」
なんというか、色々本末転倒なのは気のせいだろうか?
なんとも釈然としない。
「…まあ、ですので最初に手に入れられるのは棍棒くらいです。そもそも、準備ショップは今免許制で買えるものに制限が付きますからね」
「…準備がお手軽だと思っておこう」
まあ、つまり、素人には潜らせたくない。でも素材はほしい、というよくある状況が今なのだろう。なんというか、迷惑というか。
「だからこそ、強い近接探索者は、日本だと重宝されますね。先輩もどうです?」
「どうですって?」
「御堂館、新規入門者募集中ですと、光子さんから誘ってくるように言われてまして」
そんなことを真顔で言う東雲には、やはり営業は向かなかったんだろうなと思う。
「…遠慮しておくよ」
オレはげんなりとした気持ちで、川越第3ダンジョン入口と書かれた看板に向かって車を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます