第二十五話 仕込み大根

オレの自宅は久喜にある。職場の近くだという、単純な理由だった。それがちょっとばかり今日は失敗したなと思う。


「大丈夫ですか、マスター?」


「ちょっときついな…」


 夜中の1時、殆ど車の走らない首都高で車を走らせる。

 ダンジョンの講習を予約したり、御堂幸子に斬りかかられたり、後輩が思っていたよりすごかったり、実に濃密な一日だった。だが、これだけじゃ今日は終われないのだ。


「…とにかく、今日中に実験だけでも済ませよう。今日一箇所仕掛けて、結果だけはどこかにまとめなきゃならん」


 自分に言い聞かせるように言いながら、どこが良いかと頭を巡らせる。


「キーファ、どのあたりが良いと思う?」


「うーん、どこでも良いと行ってしまえばそうなんですが…」


 相変わらず、キーファは人形に抱えられて助手席に座っている。

 

「今朝、一応、ご相談されていた動物については動画で確認しました。やはり、下水道が一番いいようですが…。あの…」


 なんだか少し嫌そうな顔? をしているが、ほしいのはそこなんだからしょうがないだろう。

 キーファは本当に優秀だ。とりあえず動画の見方だけ教えておいたが、今日だけでそれこそ数十本見ていたらしい。人形にパソコン操作させるのだ。他にできることがないせいもあるのだろうが、よくもまあといった感じだ。


「よくまあ、あそこまで操作できたね」


「今度は、検索について教えて下さい」


「考えとくよ。たぶん、今日は時間がない」


 オレはひとまず高速から降りる。やってきたのは渋谷だ。

 オレは適当なコインパーキングに車を突っ込むと、キーファと人形をかばんの中に入れた。


「痛くないかい?」


「大丈夫です」


 キーファはなぜか大根の葉っぱがあるため、少々扱いを丁重にする必要がある。

 下手に突っ込むと傷めそうだ。引っぱっても痛覚はないらしいのだが、明らかに最初に見たときより葉っぱがぼろぼろになっていた。なにか、嫌な予感がする。

 バッグの中で人形に抱えさせ、できるだけ変にぶつからないようにさせておく。あとはやるだけだ。


「さて、どうするかな…」


 そのかばんを担ぐと、オレは夜の渋谷に繰り出す。

流石にいつもの作業着で出歩く勇気はないので、適当に着替えたフード付き服だ。そのフードを目深にかぶる。

相変わらず、この時間でも都内はどこも人だらけだ。流石に月曜の終電後でまだマシだが、流石に人に見られたくはない。

 オレはひとまず、適当な路地を探すために歩く。

 まだこの時間でも、渋谷の街はどこもかしこも明るいままだ。こうやって改めて探そうとすると、なかなかいい場所がない。

 潰れかけの、電灯もまともについていないコンビニ。なに屋だか分からない食い物屋。キャピキャピと騒がしい、学生? のような人たち。久しぶりに出てきたが、いやぁ、居づらい。

 

「…あそこにするか」


 しばらく歩いて、良さそうな場所をようやく見つけた。下水道の側溝だ。そこに目当てのやつが入っていくのが見えた。

 時間はもう夜中の2時だ。周りを見れば、ちょうどすこし人通りが途切れたところだ。

 オレは周りを見ながら、かばんからキーファを取り出す。いかにも寂れた食い物屋がいくつもある。


「…ここですか?」


 キーファを取り出し、その側溝に向ける。

 

「ああ、頼めるか?」


 画面の中のキーファは、側溝の絵を見てあからさまに嫌そうな表情? しぐさ? を浮かべた。

 だが、ここがベストだと思う。


「例のアレ、頼めるか?」


「…わかりました」


 オレは大急ぎで側溝を少し奥がわかるように撮って、そこにダンジョンを設定した。

 本当にこの動作は一瞬でできるから助かる。ささっとまたキーファをしまう。


「…よし」


 これでひとまず目的は達成だ。

 あとは帰って、設定をしてしまえばいい。

 オレは急いでその場を離れた。

 

「…大丈夫かこれ?」


 バレた場合、間違いなく怒られる(だけで済めばいい)のだが、最悪異変があればすぐに解除しよう。とりあえず、ここは試しておきたいところなのだ。

 ただスマホを向ければいいだけなのに、なんだか思っていた以上に疲れた。

 人通りの多い通りになんとか出ると、フラフラとした足取りで車に向かう。そんな風にフラフラしていたからだろう。


「…おっと、失礼」


 誰かにぶつかった。

 なにかがちゃんと音がする。


「ちょっと、気をつけてよ!」


 見れば、なかなかけばけばしい感じの女だった。なんだろう。最近の、ギャル? 大学生? なんかそんな感じだ。アクセサリーなんかがチャラチャラしている。まあ、それだけだったら困らないのだが、それが、なぜか時代錯誤な鎧を着ている。


「…すみません」


 おまけに、なにかの剣? らしきものまで下げているのだ。

 すこし今日のトラウマが掘り起こされてビクビクしていると、女は舌打ちをしてどこかに行ってしまった。多分探索者なんだろうが、

 何だあれ?

 まあ、なににせよ。仕事は済んだ。

 オレは細かい設定をするために車に乗り込んだ。

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