第二十五話 後輩大根

「それで、ダンジョンについてはどのくらいご存知ですか?」


「どうした、東雲…」


 渋谷で仕込みを終えた次の日。

 あくび混じりで出社したオレは、真っ先に向かってくる東雲に進路を塞がれた。

 いつものように、始業時刻の15分前。深夜のドライブのあとに出てくるのは辛かった。そんな中での最初の一言だった。

 なぜか、やけに真剣な一言だった。


「良いですから、答えてください」


「…昨日説明受けて、まあ、一般の範囲内かな? ネットで調べられる範囲」


 オレが言えば、眉間にシワを寄せている。

 何か気に入らないことでもあったのか?


「…そうですか」


「何かあったのか?」


 多少不機嫌? そうなところを除けば、東雲はいつもどおりだった。

 瓶底眼鏡のせいか、東雲は表情が分かりづらいのだ。もともとは営業だったはずなんだが、それで苦労していたのを覚えている。営業事務でこっちに回ってきて、ようやく落ち着いたんだったか。

 オレが聞けば、東雲は唸るような声を出す。


「いえ、これからダンジョンのことなどをお教えするのに、どの程度お教えすれば良いのかと思いまして…。その目安に」


「熱心なのはありがたいが、まだこれから仕事だぞ? それにもう少しいろいろ調べたいし」


 というか、御堂館にOKの返事を出した覚えもないのだが。

 一応ああ言っておいたが、確認はとってからにしようと思っていた。

 東雲を疑っているのではなく、ただ単に例のダンジョン庁に確認の連絡を入れてからと思っていたのだ。昨日は時間がなくて、電話を掛ける時間がなかった。なにより、例の幸子がいるのだ。すこし考えたくもなる。


「なにか気になることが?」


 オレが少し悩むような素振りをしていると、東雲がガバリと顔を上げる。

 そりゃあ、色々気になるとも。


「んー、まあ、いろいろな。そういえば、あそこって光子さん? が言ってたが、有名なのか?」


 いつまでも入り口を塞ぐわけにもいかないので、とりあえずデスクに向かうと、おとなしく東雲もついてきた。

 一旦座ると、東雲が口を開く。


「…本当に、ご存じないんですか?」


「そりゃな、ダンジョンのことは調べられる限り調べたつもりなんだが…」


 一応、オレも命がかかっているのだ。それに関する知識は一通り調べたつもりだ。特にダンジョン庁のホームページは念入りに漁った。こういうとき、公式統計というやつは馬鹿にならないのだ。ただ、それでも例の年間死亡者数なんかは殆ど出てこなかった。

 ほかにも個人がやっているブログなんかも見てみたが、イマイチ信用できるかどうかわからないか、もしくはいかにもお粗末な自慢話に終止しているものばかり。

 少なくとも、それがネット上で手に入れられる全てだった。

 そういうと、東雲はちいさくふむと唸る。


「…もともと、ダンジョンは深度2まで潜るときに守秘義務契約書を書かされるんです。ほかにも色々あって、そのせいでしょうね」


「そんなことやってるのか?」


 初耳情報だ。

 目を丸くしていると、東雲は重々しくうなうく。


「昨日言っていた深度1というのは、本当に普通の人、、、、が、散歩がてらにもぐれるところなんです。それを更に安全に探索できるように基礎知識を身に着けましょう、というのが幸子さんのところの初心者講習です。そのついでに免許もつけようという趣旨ですね」


「…ん、ん?」


 なにか聞いていて違和感がある。

 

「…普通の人が、散歩がてらにダンジョンに行くのか?」


「そうですよ?」


 オレの疑問に、東雲は平然と答える。オレは唖然とした。


「…普通の人って、そんなホイホイ、ダンジョン潜るものなのか?」


「…先輩、だから畑ばかりにかまけてちゃいけないんですよ」


 頭痛をこらえるように東雲は額に手を当てる。


「…先輩、これ、知ってますか?」


 そう言って、東雲は自分のスマホをいじった顔と思うとオレに見せる。

 なにかカラフルなホームページだ。どこかの旅行会社のものらしく、パックツアーを主にやっているらしい。

 その名前の殆どは『〇〇アドベンチャーツアー』というものだ。どこかに行って、何かしらの観光名所に行って帰ってくる日帰りツアー。よくある旅行の企画だ。


「なんだそれ?」


「これ、名前は出していませんが、内容はダンジョンの体験ツアーなんですよ」


「はい?」


 目を瞬けば、東雲がため息をつく。


「先輩、ニュース見てます?」


「一応、夜10時のニュースは見てたつもりだが…」


「そっちじゃなくて、スマホのまとめサイトとかです」


「…えー」


 流石にそんな習慣はない。それはニュースなのか?

 オレが困っていると、東雲はスマホからべつのページを見せてくれた。


「これです」


 それは『ダン速』と書かれた、よくある感じのまとめサイトだった。

 ただ、こちらもよくあるまとめサイトのように広告ばかりでどれを見たら良いのかわからない。


「それは?」


「ダンジョン関係は、報道規制が厳しいんでテレビじゃ殆ど見られないんですよ。なので、自分で生の情報拾ってきて、それで判断しないといけないんです。これは比較的まともなやつです」


「ああ、やっぱり規制があったのか。変だなとは思ってたんだが…」


 オレが調べたルートは、仕事でいつも使っているパターンだ。

 公式を調べて、統計を調べて、比較して、使えそうな情報がないか検索する。だが規制されていたのなら、よくわからなかったのも納得だ。そもそも比較対象が抜けているのではどうしようもない。

 オレの返答に、東雲は呆れたようにため息をつく。


「今どき常識ですよ?」


「いや、いつもの仕事みたく思ってたからな…。そうか」


「有用な情報を手に入れようとすると、有料会員制のサイトとか、それ専門の情報屋なんかを使わないといけません。もしくは身内を探すとか。命がけに成りがちなので、このへんはそれなりに高くつきます」


「そうだったのか…」


「そうなんです。わかりましたか?」


「お、おう…」


 いつも仏頂面な東雲が、随分イキイキしている。気づけば随分顔が近い。

 呆気にとられていると、東雲はオレを見てコクリとうなずく。


「仕事が終わりましたら、また道場に行きましょう。その時にまた教えますので」


 東雲はそう言うと、目にも止まらない速さでさっと自分のデスクにあった書類に取り掛かり始めた。ちょうど始業のベルが鳴ったところだ。

 オレも少しの間呆気にとられていたが、のそのそと自分お仕事に取り掛かる。

 御堂館の初心者講習を受けることを、それも今日の今日受けることを了承させられたことを気づいたのは、昼飯を食べ終えたあとだった。

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