第二十四話 いろいろ大根
「遅いですよ、マスター!」
オレが疲れ切って家に帰ると、相変わらずパソコンの前に陣取ったキーファが声を上げた。
1DKの狭い部屋なんだ。部屋の隅にパソコン、ソファーとテレビが有る、本当にどこにでもあるような部屋。
その暗い部屋の中、キーファが人形に抱えられ、朝と同じ姿勢でパソコンを見ていた。
「すまん。ちょっとばかり別のことをやっててな。…腹減ったか?」
「いえ、そっちは大丈夫です。ただ、マナがまずいですが」
とてとてと、人形に抱えられながらキーファがこちらに向かってくる。
「パソコンの操作方法は教えてもらっていましたので、色々見てたんですよ」
「…そうか」
人形が真っ暗なリビングから歩いてくるさまは、なかなかホラーだ。そういえば、カーテン開けっ放しだが、見られなかったか?
とりあえず電気をつけ、さっさとカーテンを閉めて、作業着を着替える。
ドサリとソファーに腰掛けると、人形がキーファを差し出してくれた。
その後オレは一通り日程を決めて、道場で稽古するという東雲たちと別れた。
なんだか余計な疲れが出た気がする。
「…ありがとう。それで、数字は?」
「やはり、収集効率はいまいちですね。ただ、確実に収集自体は可能ですが」
「そうか…」
スマホを手に取り、『仕掛け』の結果を確認する。例の折れ線グラフだ。
株式の上がり下がりを見ている気分だが、これがそのままオレの寿命なんだから不安だ。
だが推移自体は安定している。若干右肩下がりだが。
「…まあ、仕掛けの結果は上々か」
「はい。一時間に2、3ポイントですが、確実に徴収できてますね」
「そういう指示でやってるからね。でも、そうか。あんな指示でもきっちりこなしてくれるんだね」
「魔物は優秀ですので」
そう言って、画面の中のキーファが胸を張る。
自分でも鈍い笑いが漏れたが、まあ、キーファを見ていれば、たしかに優秀なのだろう。
だが、これなら寿命の目処はつく。
「やっぱり、この仕掛けで良さそうか?」
「あとはポイントの内容でしょうか。一つどれくらいか、という問題ですね」
「ふむ…」
なにを目安に測っているかは知らないが、マナの収穫は相手が大きければ大きいほど多い。つまり、もっとポイントを安定させようとすれば、大きな獲物が必要なわけだ。もちろん、虫程度では足りない。つまりイノシシのような…。
「…この、虫と四足の違いは何なんだろうな」
オレは小さくため息をつくと、キーファを持って予定通り家を出た。
――――――――――――――――――
深夜の御堂会の奥の部屋では、一つの攻防が行われていた。
辺りに鋭い剣戟の音が響く。
「ちょっとなに怒ってるのよ、紀子?」
空気を裂く音とともに振られた刀を、幸子は軽々と受け流す。
私服から道着に着替えた東雲は、ちっ、と小さな舌打ちをした。
東雲は手首の力を抜いて振った刀の勢いを殺さぬよう、そのままに体をコマのように回す。
突風のように振られる二連撃。いつも身軽な敵や、武器を使うタイプの面倒な相手に使う技だった。
幸子は涼しい表情でこちらも躱す。
「そんなに怒ってちゃ当たるのも当たらないって…」
「うるっさい。一回おとなしく切られなさいよ」
「そんなむちゃくちゃな…」
東雲は刀を振った動作から、流れるように腰のさやに刀を納め、幸子に向かって鋭く踏み込んだ。
「ちょっと! 本気でやる気!?」
幸子は慌てたように刀を縦に構える。
東雲はそれごと切れろと言わんばかりの勢いで鞘から抜き放ちざまに刀を抜き打ち、閃光のように振り抜いた。
鋭い金属が、やかましいほどに響きわたる。
実際、いつもならドラゴンなどの大型のモンスターを、輪切りにするのに使う型だ。
東雲はまた舌打ちをして止められた刀を戻そうとする。もちろん、止められた次の方もある。それを使おうとする。
その時、道場のふすまがピシャリと開く。
「そこまで!」
鋭い声が道場に響き、次の動作に入ろうとしていた東雲と幸子は動きを止める。
大声を上げたのは光子だった。
竹刀を持ったまま、つかつかと二人のもとに向かってくる。
「ふたりともなにしてるの?! 近所迷惑も大概にしなさい!」
大声で怒鳴りながら二人に近づく光子。
それを見ると、幸子は小さく舌を出して刀を引き、東雲もまた舌打ちを鳴らして刀を引く。
「えー、だって紀子が…」
「言い訳しない!」
スパンといい音を立て、光子の竹刀が幸子の頭を打ち据える。
「…いった! なにするのよ!」
「言い訳しない! どうせまたキーちゃんをからかったんでしょう!」
もう一発、いい音が響く。
幸子は頭を抱えてうずくまった。
「…なにすんのよ、…いった…!」
「なにすんのよ、じゃない! もう、おじいちゃんに説教されて、まだ懲りないの?」
「だって、紀子が男連れてきたのよ? これは全力でからかうしかないじゃない?」
「そういうことをなんとかしろっつってんの!」
竹刀の音が響き、うめき声を上げながら、ようやく幸子が沈黙する。
うずくまった幸子に目もくれず、光子は今度は東雲に目を向ける。
「キーちゃんも、あんまり頭に血をのぼせない! 真剣勝負は良いけど、ポーションの在庫はあんまりないんだから、怪我したらどうするの!」
「…すみません」
東雲は小さく頭を下げるが、その顔には若干不満の色が残っていた。
光子は小さくため息をつく。
「…まあ、私も気にならないわけじゃないけど、あんまり気にしないでやって。後でおばあちゃんにチクっておくから」
「じゃあ、それで」
「ちょっとそれは」
幸子が抗議の声をあげようとすると、すぐに光子の竹刀が振り下ろされて、沈黙させる。
「…はあ、まあ、気持ちはわからなくもないんだけど、どうしたのキーちゃん、あの人でしょ? 前から言ってる職場の先輩って」
「そうですね」
「キーちゃんが連れてきた、はじめての男の人…」
「光子さん?」
「ごめんごめん。でも大丈夫?」
カチャリと、東雲の刀の鍔が鳴るのを聞いて、降参というように手を挙げた光子。その目を少し細めて東雲を見る。
東雲はそれを見て、小さく鼻を鳴らした。
「別に、あの件とは関わりありません。ただ、中途半端なところにいかれて、怪我でもされたら…」
「そういうところよ、紀子?」
のそりと顔を上げた幸子に、寸の間もなく竹刀がまた振り下ろされ、打撃音が響く。
光子はまたため息をついた。
「あんたのそういうとこだっての…。それにしても、良かったわよ。あんなふうに切りかかって、どういうつもりだったの?」
光子の振り下ろされた竹刀は、幸子の刀の鞘に止められていた。
のそのそと幸子は立ち上がる。
「だって、紀子の好きになった…、あー、気になる、でもなくて、職場の先輩でしょ? 紀子が変なの連れてきたらどうしようかと思ってたんだから」
「言いたいことはありますが、いかがでした?」
東雲の瓶底眼鏡が光るたび、幸子が訂正を掛けながら言う。
東雲に聞かれると、幸子は一瞬ビクッとして、ふむというように顎に指を当てた。
「まあ、悪くないんじゃない? いきなり泣き叫んだりしないし。ただ、弱そうね。腰抜かしてたし」
「普通はああなります。まったく…。それに、別に強くなくたっていいじゃないですか」
実際、あの斬撃を喰らえばワイバーンの首も吹っ飛ぶのだ。それを見てアレだけで済んだのだから。
東雲がそういえば、ふふんと得意げに幸子が鼻を鳴らす。
「だって男だよ? 自分より強い女の子、ってなれば、普通気後れするよ?」
「…そう、でしょうか?」
「そうよ。普通は。あの人知らないんでしょ?」
幸子が言えば、東雲は考えるように少しうつむく。
「私ら、『御堂会』で割と顔は売れてるんだから、そのうち気づかれるわよ? その時引かれない?」
「…引かれますか?」
幸子の言葉に、不安げに東雲の眉が寄せられる。
いかにもというように幸子はうなずく。そのまま内緒ばなしでもするように、東雲に顔を寄せる。さっきの剣戟の嵐などどこかに行ってしまった。
「ダンジョンに潜りに行く男の人って、そういう人多いじゃない? だから疑ってたのよ」
「…先輩もそうなると?」
「かもなと思ったんだけど、何なのあの業務連絡に来ました、みたいな人」
「私は、ある意味ありがたかったわよ? いつもくる弟子にしてくださいみたいな人じゃないし」
東雲と幸子の気の抜けた様子を見て、持った竹刀を杖のようにした光子が言う。
実際最近多かったのだ。名が売れたせいか、へんな入門客が多い。中には道場破りまでいる始末だ。そういう意味では、ああいう人はやりやすい。
光子の言葉に、幸子の顔は複雑そうだ。
「でもなんでやるのかしら?」
「なにがです?」
「ダンジョンよ。なんでやるのかしら?」
「別に理由なんて、どうでもよくないです?」
東雲は仏頂面でいう。
「今どき、ダンジョンに興味を持つくらい、珍しくもありません」
「でも、会社で水向けても今まで畑ばっかの人だったんでしょ? その人がいきなりダンジョンなんて、紀子目当てだったんじゃないかと疑っちゃうわけよ…」
「…それ、幸子の合コン結果じゃないです?」
「うるさい」
道場に似合わないかしましい会話は、深夜まで続いた。
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