第十五話 殺戮大根
「すごい! すごいです! すごいですよ! マスター!」
手に持ったキーファがにぎやかだ。
両手でさっきのグラフを持ちながら、画面の中でぴょんぴょん跳ねる。
「見てください、このマナポイント! すごいですよ! うなぎのぼりですよ!」
グラフをちらりと見てみれば、さっきのイノシシほどではないが、順調に保有量の山ができている。
「正解で良かったよ」
オレは手に持った容器の中身をぶちまけながら、うんざりとした気持ちでいった。中身を食らった犠牲者は、その毒性にのたうち回りながら息絶えていく。
オレは今まさに大量殺戮の真っ最中だ。
本来そこまで大喜びするようなものじゃない。
実際、その結果は惨憺たるものだった。
「…まあ、もともとやってた作業だとはいえ、こうやって数字で見せられると、なかなかくるものがあるな」
「何言ってるんです! マナポイントガッポガッポですよ! 今日だけで、半月分は集められそうです」
「まさかここまであるとは思わなかったがな」
グラフはオレがこの作業を始めてから、急激な角度で上昇している。すでに7239ポイント。一日480ポイント使っても少しの間は安泰だ。
オレは一通り作業を終えると、次の狩場へと向かう。
オレの足元では、犠牲者たちがのたうち回っている。
黒い鎧を着て忠実に働くだけだった彼らは、今まさにその生命を終わらそうとしている。
「…すまんな」
いつものように、オレは犠牲者たちに小さく謝罪する。
だが、これは必要なことだ。そうでないと、畑を荒らされてしまう。
次の狩場を見つけると、オレはまたしゃがみ込み、手元の容器をぶちまける。
すぐに戦士たちが出てきてオレに牙を向けようとするが、容器から流れる水流で蹂躙される。そして、その毒性に蝕まれて命を落とす。
いつ見ても効果があるな。
オレは手元の容器を振って中身を確かめる。
また買いに行かないといけない。
オレの手元の黄色い容器には『アリコロス』と、ファンシーな文字で書かれていた。
この地球上で、もっとも命を奪う職業はなにか?
この質問には色々な答えがあるだろう。
戦争屋は銃で人を殺し、テロリストは爆弾で惨事を起こす。
だが、単純に命、というものであれば、話は変わる。
農家は、その答えの一つだ。
農家は地球上で最も生物を殺す職業の一つだという話がある。あとはそれに漁師と牧場家が並ぶ。
畑を作るために森の生物を追いやり、耕すために地中の生物のすみかを潰し、畑を守るために農薬を撒き散らす。
それが農家だ。
人の命を奪うつもりはないなど言っても、生きようとすれば他の生命をいただかないといけない。
実際、オレもここの畑作業で普通にやっていることだ。それがまさかここまで効果があるとは思わなかったが。
オレがやっているのは、アリの駆除作業だ。
6月にもなるとアリがわく。
アリはアブラムシの世話係だ。
彼らは茎にたかったアブラムシの世話をする。その分泌液が目当てらしい。
アブラムシはあらゆる野菜の天敵だ。どこからともなくやってきて、好き勝手に野菜を食い荒らす。
アリ自体はさつまいもには悪さしないのだが、前に一度アブラムシにやられてから念のためにアリ駆除もやるようになったのだ。
夏前の今の時期、今日も畑の少し離れた藪を探せば、また巣を作っていた。そこに『アリコロス』をぶちまける。
オレは有機栽培とか、そういうものを信奉していない。もちろん薬品漬けにするつもりもないが、適度な農薬は防除には必要だと思っている。
なにせオレのさつまいもは売り物なのだ。下手なものにしてしまうわけにはいかない。
よく有機栽培こそ至高みたいなことをいう奴がいるが、あんな手間ばかりかかるものできるか。ただでさえも野菜は輸入品に押されて安いのだ。とてもじゃないがコスパが確保できない。
前に畑のことを同僚に話したときに無農薬栽培をしつこく勧められた時は、ぶん殴ってやろうかと思った。おまえそのためだけにどれくらい労力がかかると思ってる。
虫にも被害がなくていいじゃないかって? お前が虫食いキャベツがサラダから出たとき、店にクレームを付けたのをオレは知っているぞ。虫食い野菜は嫌われる。
襲ってくる虫たちは農業の脅威だ。つまり、このアリたちは敵なのだ。
オレはまた容赦なく、『アリコロス』をぶちまけた。
「よーし! これで半月分はたまりましたよー!」
一通りいつものルートで畑の周りで敵対者に対する『虐殺』を終えると、オレは休憩のために例の岩に戻った。その『虐殺』の成果はなかなかのものだ。
「アリ一、二匹で、1ポイントか」
水分補給のために新しいお茶を取り出して飲む。
成果はキーファに表示されている。
集計 15739ポイント。
それが『アリコロス』を8つの巣にぶちまけた成果だった。
マナの収穫自体は思っていた以上に簡単だった。
まず、『領域』を設定する。
この領域というのが、マナ収穫のためのスポンジだ。これを設定することで、この場所はマナを吸収する、と設定できる。あとはその範囲内で生物を殺すだけだ。
オレがやったことは単純だ。
アリの巣穴を中心に5ポイントで最低限の領域を設定し、そこに『アリコロス』をぶちまける。たったそれだけの動作だ。
だがおそらく奪った命だけなら、今日だけで数万の大量殺戮の完遂だ。
『命を奪う』。
その命題は完璧にこなされていた。
命の定義が何かは知らないが、アリ一匹も命には違いない。『一寸の虫にも五分の魂』なんていうが、まさかこんな実感をするとは思わなかった。
「とりあえず、当面のマナ量は確保だな」
「はい! これでダンジョン運用のための資金確保です!」
大金? を手に入れたキーファは大はしゃぎだ。
やっぱりダンジョンコアはダンジョンを作りたいんだろうか?
さっきからやたら殺意の高いトラップをスクロールして、これが良い、あれが良いと提案してくる。
だが、オレはそれに水をささなければならない。
「申し訳ないが、キーファ。おそらくオレはダンジョンは作らない」
「…え?」
オレの言葉に、絶望したように崩れ落ちる。
「な、なぜですか?」
「いや、だからオレは人殺す気はないんだって」
「え、でもさっき運営するって…」
「うん、確かに運営はするよ。運営は。ただ、ダンジョンはなしだ」
オレはたしかにそう言ったが、おそらくイメージの隔たりがある。
いや、本当に申し訳ない。
ただ理由もしっかりあるのだ。
「いや、お前のシステムが優秀すぎて、正直、その必要がないんだ」
キーファはダンジョンコアだという。
オレの少ない知識において、ダンジョンコアとは基本的にダンジョンの奥に鎮座しているものだ。
それを壊すとダンジョンは崩壊する、らしい。前にテレビで特集をしていた。
だが、キーファのそれは全く違う。
オレは照れてまた奇妙な踊りを踊り始めたキーファに言う。
「そもそもお前、動けるだろう?」
「はい」
「そして、お前は、あー、画面? カメラ? で写したところをダンジョンだって設定できるだろ?」
「はい」
「それって、わざわざ作る必要ないだろ?」
「え?」
照れていたのに、今度はショックを受けたように身をこわばらせる。顔もないのに、表情豊かな大根だ。
キーファがおずおずという。
「で、ですが…、ダンジョンを構えてこそのダンジョンマスターですよ…」
「まあ、正直、今必要なのが当面の寿命確保だからな。まずはそこからだ」
今のポイントでも一月分しかない。
アリの巣駆除である程度は儲かったが、それだけだと全く足りないのだ。
だがアリの巣駆除だって必要以上にやるのはきつい。いちいち探して設定してなんてやるのも大変だし、変にやれば生態系に影響が出る。
「やっぱり、そこはダンジョンで…」
「いや、実は方法はあるんだよ。ちょっと困ったことをしないといけないけど」
そう言いながら、オレはキーファの画面をスクロールして、目的のものを探し出す。
『これ』を出して、すぐに移動しないといけない。
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