閑話 ダンジョン庁調査課
「ダンジョンの反応があった?」
私がそう報告すると、中島課長の眉が釣り上がるのがわかった。言いたいことはわかるけど、私にその怖い顔を向けないでほしい。そのせいで若い子泣かしたんだから。
「…どこだ?」
「群馬の中央部あたりです」
「…群馬か」
いつものダンジョン庁の調査課だった。
いつものように隈のできた顔でデスクに座ってた中島課長は、私の話を聞いて小さくため息をつく。
「具体的なエリアは?」
「おおよそ、この辺りかと…」
私は地図を広げて、おおよそ中央にあたるエリアを指でなぞる。それなりに広い。
「…もっと具体的なものはないのか?」
「一瞬のことで既存の『アラシ』ではここまでが限界だとのことです」
『アラシ』の正式な名前は『広域魔力観測機”アラシ”』という。全国のダンジョン発生を検知するために、日本各所に設置された観測ネットワークだ。
魔力観測なんて名前はついてるけど、別に魔法を使ってるわけじゃない。その実態はダンジョン発生のときに出る、特異な電磁波を測定するものだ。最近になってようやく実用レベルになったとはいえ、観測結果はあまり正確とは言えない。
今回も測定担当者は首を傾げながら渡してきたのだ。
「だが、観測されたなら、調べないわけにもいかないだろう? そうなってくると、この範囲か…」
「…広いですよね」
おおよそ群馬の中央部を覆うような範囲。一部には山もある。
ダンジョンは、それこそゴキブリのようにどこにでも湧く。最近は押し入れにできましたなんて、とんでもない話もあった。おばあさんが布団を取り出そうとしたら、ゴブリンと顔をぶつけたそうだ。
だから、この範囲のどこにとなると、ひたすら根気よく探す羽目になる。
「今の所、通報、届け出はないのか?」
「ありません。逝くしかないかと」
ダンジョンができた場合、近くの役所に届け出を出すというのが正式な手続きだ。
本当なら資源管理のためにもっと積極的にやりたいのだが法律的に扱いに困るものが多く、あくまで把握のため、ということになっている。
そのため届け出も任意性であまり強制力がない。せいぜい見つかったときに書く書類が増えるくらいだ。
そのため中には家にできたダンジョンをプライベートダンジョンとして使っている者もいる始末だ。
「いま、なにか不穏な言い方しなかったか?」
「気のせいです。ですが、『魔力観測機』運用のためにも、ここはちゃんと把握しないといけませんね」
できるだけ国側でダンジョンを管理するためにわざわざ作ったのがダンジョン庁であり、『アラシ』だ。
まだできて数年、一つでも多く実績を作らないと、税金泥棒という呼び名がいつまでも払拭できない。
中島課長は、追いすがるように私に目を向ける。
「…逝くか?」
「…仕方ないでしょう。今手が空いているのが私しかいませんし」
ダンジョン庁、調査課の仕事は、ダンジョンの所在の把握だ。どこにあるか、規模は遠程度か、確実に把握するのが努めだ。そして、そんな届け出事情のため、実際の把握は足での調査が基本だ。
本当なら都道府県別の部署でもあればいいのに、そこまで整備が追いついていない。場合によっては少々危ないことになるので、ダンジョン内での探索の心得のある職員が直接現地に行く必要がある。
そして、そんな事情のため、職員は既に殆ど出払っている。もちろん、その間も調査課として書類は上に上げなければならない。
「…俺は、いつになったら帰れるんだろうな」
「人員補充をお願いしておいてください」
私が出払えば、職員の殆どがいなくなることになる。
その間、溜まった仕事のしわ寄せは管理職行きだ。
もともとダンジョン探索が趣味で、人の役に立つような職につこうと思って公務員になった身だが、これを見ていると考えさせられる。
そんなことを心のなかで思いながら、私、ダンジョン庁調査課所属大渕真帆は、中島課長の机に出張申請の書類を置いた。課長はそれに決済印を押すと、うんざりしたようなため息を付いた。
「俺が過労死する前に帰ってきてくれ」
「大丈夫でしょう? 課長、スキル持ちですし」
「肉体的な疲労は、精神的な疲労とは全く関係ないっていうのを心底実感してるよ。ほらっ、さっさと行け」
「お土産、買ってきます」
「群馬でなんか土産になるようなものあったか?」
「最悪、東京駅で差し入れ買ってきますよ。では」
そう言って、私はいつもの職場を後にした。
行く先は群馬だ。
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