第十四話 問題大根
しばらく人形と見つめ合っていると、キーファがおずおずと声をかけてきた。
「…マスター、どうです? なにかへんなところあります?」
「いや、大丈夫だ…」
あの惨状からは考えられないくらい、寝ている体はいつも通りだ。
試しに体を起こしてみると、どこにも痛みは感じない。手を見てみれば、さっき人形に折り曲げられた指も元通りだ。
人形はぴょんと軽やかに着地した。
「どうしたんだ?」
「『蘇生薬』です。ちゃんと効いたようで良かったです」
見ればキーファは画面の中で胸をなでおろしていた。
「…色々すっ飛ばしてないか?」
「魂がなんとか無事ならなんとかなるのが蘇生薬です」
そんな説明にならない説明をくれる。
キーファを拾って、オレの死体が押したボタンの項目を見てみると、そこにはキーファが言ったのと同じ説明が載っていた。
「こんなもの、ダンジョンから出てきたなんて話は聞いたことがないぞ?」
「その辺の事情はわかりません。ですが、私は出せます」
そう言って胸を張るが、これは人には聞かせられないな。
死体も飛び起きるなんて比喩があるが、文字通り死体が蘇りますなんて洒落にならない。下手したら戦争の火種に成りかねない。
というかだ。
「…なんでオレは生きてるんだ?」
時間的にはすでにタイムアップのはずだ。
とっくに3分くらい経っている。おれの寿命は過ぎているはずだ。
キーファを見ると、セクシー大根は腕にテロップを持っていた。
「実は、そのことでご報告があります。こちらをご覧ください」
そう言って、手元のテロップを掲げる。それはナニかの折れ線グラフだった。
縦線にマナ保有量と書かれ、横線が経過時間だ。
時計で時間を確認しながらみれば、そのグラフは数時間前から始まり、その時の保有量が470。
そこから徐々に減っていき、『跡追い人形』を呼び出した時にガクッと減り、家を作っていたときに更に減った。そこから、さっきまで横軸を這うように減っていく。
だがほんの数分前、今にもグラフが横軸につこうとしたとき、グラフが一気に跳ね上がっている。現在マナ保有量は403。
何かが大量のマナを供給したのだ。
マナは命だ。そして、この場で生命を落としたのは一つしかない。
「…あのイノシシか」
土煙の中に悲鳴とともに消えたイノシシ。まあ、多分死んだのだろう。
今はクレーターと足跡があるだけでその痕跡は消えている。少なくとも生きているような気配はない。
あのイノシシをどうしたのか人形に聞いてみれば、もぐもぐとなにかを食べるような動作をする。食べた、のだろうか?
ちなみにあの縮尺の狂ったような手は何だったのか、人形に聞いてみると照れたように頬に手を添えてもじもじしていた。教えてくれる気はないらしい。
「…キーファ、マナは人間じゃないとだめじゃなかったのか?」
「そのはずです。マナは命の保有量。獣から取れるなんて聞いたことありません」
「…ちょっと待て」
キーファは困惑しているが、その言い方には実に引っかかるものがある。
「獣だって、命だろ?」
「獣は魔物ではありませんか?」
オレが言えば、キーファは首を傾げている。
待て待て待て。
「…君のいう獣って、何だい? イメージでもいいから」
「…えー、詳細を申しますと、獣とは、ダンジョン外に出現する魔物の総称です。ダンジョンの理から外れ、魔力溜まりから生まれ、スキルが無いと誰の制御の受け付けません。倒すと食糧品の系統をドロップするのが特徴です…、かね?」
「…うん、そこまででいい。なるほど、そうか。ちなみに、その知識は?」
「私の中にあるものです」
「…そうか」
オレはどうやら大きな勘違いをしていたらしい。
「…君の世界で、あー、子供が生まれるとか、そういう概念はあるのか?」
「人が生むものですよね? もちろんあります。あ、ドラゴンも卵を生みますよ」
「…そうか」
もう、なんと言って良いのか。
「…なんというか、世界が違うってこういうことを言うんだな」
オレはなんとも言えない薄ら寒さに身を震わせた。
命の定義というのは難しい。仮に世界中の哲学者が講釈をたれても、まだ結論を出すには足りないだろう。
だが単純に、生物学的に生命といえば、まず間違いなく子孫を残す生命活動をしているかというのは大きなポイントだ。
この世界に子供を産まない生物はいない。
だがキーファたちの認識は違う。
話を聞く限りだと、キーファの世界では子供を作るのは人だけらしい。もうその時点で何かがおかしい。
しかも、ダンジョン外にいる魔物の総称が『獣』らしい。つまり動物という概念がない、おそらくイメージとしては、RPGの世界だ。町の外を出れば魔物が襲ってくる世界だ。
アレをやっていて思うのは、他の、普通の動物とかどうしたんだろうという謎だ。どこへ言ってもモンスターばかりで、動物が出てこない。
昔友だちに聞いてみたことがある。きっと魔物に食べられて、生態系が崩壊したとか答えが帰ってきたか。
そして、おそらくキーファたちは、そういう世界からやってきたのだ。
思わずため息が出た。そして、納得した
「…キーファ、この世界だと、獣にも命があるんだよ?」
「…はい?」
キーファはなにを言ってるのかわからないというように、首を傾げた。
「…よくわからない概念ですね」
オレはこの世界の生態系について、簡単に説明した。流石に学者のような真似は無理だが、触りくらいならなんとかなる。
さっきのイノシシでさえ普通に子供を産んで繁殖するというオレの説明を、キーファは首を傾げながら聞いていた。
「オレの説明が下手なのもあるだろうな。詳しく知りたければ、後でもっと教えてやる」
「はあ、わからないですが、わかりました」
流石にこれ以上は無理だ。
あとで生物学のテキストでも読ませてやる必要があるだろう。
その様子のキーファを手に持ち、オレは車に戻っていた。人形はオレの肩でぶらぶら足を揺らしている。
しばらく話を聞きながらウンウンとキーファは唸っていたが、少ししてはっと顔を上げる。
「…ところで、後で、というのは? マスター、ダンジョンはやらないとおっしゃられていたような…」
「ああ。これで人を殺す、となるととてもやる気は起きなかったが、そうじゃないなら話は別だ」
「やるんですか!」
キーファはよほど嬉しいのか、ぴょんぴょんと画面の中で飛び跳ねる。
「ああ。しっかり運営して、先に検証しないといけなさそうだ。…さっきのアレもあるしな」
なぜオレが普通に死ななかったのか。
キーファに聞いてみても、その理由は分からないらしい。可能性は色々考えられるが、肝心なことはわからずじまい。
だが何より問題なのは、このままだと真っ当に死ねるかどうかも怪しくなってしまったことだ。
あの目があったとき、キーファがなにを見たのか聞けば、何故かそこに俺がいるのがわかったのだという。
幽霊に成っていたのかどうかはわからない。
そこにオレがいたように感じたそうだ。
どんな形になっていたかもわからないが、もし死んだ跡、あんなふうにいろいろなものを見ているしかないなんてことになったら、地獄も良いところだ。
未だにキーファのすすり泣く声が耳元から離れない。もしあのまま死体が見つかれば、そこに父母のすすり泣きや、同僚のぐちも加わったことだろう。
死んだ跡は地縛霊ですというのでは、気が狂う自信がある。そんなのは流石にごめんだ。
多分オレはいま、最高に死にたくない気分だ。
やはりオレは流されやすい。
少なくともそのへんを検証するまでは、安心しては死ねないだろう。
「どうするんですか! トラップとしては、この落とし穴がおすすめです!」
「君はさっきの話を聞いてなかったのか? あとそれは仕舞いなさい」
テロップを出して、それを掲げながらぴょんぴょん跳ねる。中に槍があって、落ちるとそれに突き刺さる古典的なやつだが、地味に殺意が高い。
「人は殺さない。OK?」
「えー、でもそれだとマナの回収ができませんよ?」
「大丈夫だ。多分な。それをこれから検証する」
自分でも虫のいい話だと思うが、人を殺さなければ良いのであれば方法は思いつく。そしてそのためには、色々やらなければならない。
オレは車に戻ると、トランクを開ける。
そこにはオレの農業道具が詰まっている。
「何なさるんですか?」
キーファは興味深げにその道具を見ながら首を傾げる。これからのことを考えると、農業も多少教えてやったほうが良いのだろうか。
そう思いながら、オレはそれを取り出した。
やることは決まっている。
「大量虐殺だよ」
その言葉を聞いたキーファは、ポカンとするように立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます