第四話 ダンジョン大根

「やだよ」


 自分でもびっくりするくらい反射的に口が動いた。

 その瞬間、キーファがショックを受けたようによろめいた。


「な、なぜですか?」


 キーファがいかにもショックを受けましたという口ぶりだが、なんだってそんなことをせにゃならん。

 というか、だ。


「まず、何だいそのダンジョンて。あのダンジョンでも作るのかい? 魔物がいて、トラップがあってっていう」


「あの、がどれを差すのかはわかりませんが、概ねその認識で間違いありません。作りましょう」


「なぜ?」


 なんでいきなり一足飛びにそんな結論になったのか。


「私はダンジョン作成ツールです。そのために私がいます!」


「いやそれはわかるけど、なんだってオレがやるんだい?」


「目の前にダンジョン制作ツールがいるんです! ここは作らなければならないでしょう!」


「いや、ちょっと待て」


 さっきまでセールスうまいなと思ってたが、大間違いだ。

 こいつ素直なだけだ。


「君ねぇ…。そんな事すると思うのかい?」


「おかしいですね。普通ダンジョンコアを持った人は、喜び勇んでマスターになるという話なんですが…」


 むむむ、と機械音声が唸っている。

 

「それはどこの常識だい?」


「私達ダンジョンコアの常識です。魔術師とか、魔族とか、自分の城を持ちたい人には垂涎モノですよ?」


「オレは魔術師でもないし、城を持ちたいとも思わないよ。需要が成り立たない」


「えー、作りましょうよー…」


 そう言ってぶーたれるのだが、あくまで大根だ。

 それでも微妙に可愛いと思ってしまうあたり、微妙に毒されてないか?

 だからこんなことを聞いたのも気の迷いだ。


「…ちなみになんだが、どうやるんだ?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 それを聞いた途端、ガバっと大根が画面いっぱいに表示される。

 今にも踊りだしそうな動きで、ウキウキと話し始める。


「まず、私がダンジョンの範囲を指定します。そして、そこがダンジョンです」


 説明されたオレは頭の上にはてなマークを浮かべるしかない。

 全く説明になってないぞ。


「ちょっと、待ってくれ。そもそもダンジョンてなんなんだ?」


「ダンジョンはダンジョンです。えーと、結界? とか、なんかそんな意味です」


「…あー」


 全く内容が頭に入ってこない。

 大根がうねうねしてるだけでもクる物があるのに、それが踊ってるせいで集中できん。


「…説明書とかないのか?」


「見ます? ご用意ありますよ?」


 ピコンと電子音がして、画面が切り替わり、見慣れた電子書籍の説明書が画面に表示される。

 あるのかよ。


『機構型ダンジョン解説概要』


 その説明書はそうタイトル付けされていた。

 いわく、ダンジョンというのは、一つの魔導建築、らしい。

 自然発生的なものなど数種類あるが、キーファはその中でもマスターを持ち、それが育てることによって大きくなっていくタイプのもの。

 周囲のマナを取り込んで、無限に成長する夢のゴーレム型ダンジョン。

 あなたもこれで城の主。

 

 大雑把に内容を要約すれば、そうなる、らしい。


「…へー」

 

 車から取ってきたペットボトルのお茶を片手に読んでみると、なかなか楽しく書かれている。

 その他、さまざま機能があるらしい。

 部屋や領土のダンジョンとしての領域設定機能、ゴブリンやスケルトンなどの配下の魔物設定機能、他にもアイテム配置設定機能もあるらしい。

 すごい。


「…これ、世間に出したら大騒ぎなんじゃないか?」


 このあたりで一番大きなダンジョンは、東京の奥多摩にあるやつだ。ほかにも大小さまざまなものがある。

 できたばかりのときは色々騒ぎになったが、未だに中の全容は把握されていない。世界中だいたいそんな具合だ。

 ダンジョン学とかで大学の方で学科まで作って研究しているが、その殆どが謎に包まれている。

 これ一つで世間がひっくり返るだろう。

 

「どうですか、マスター? 面白いでしょう? やってみたいでしょう?」


 大体小冊子くらいの内容を見終わると、またキーファが声をかけてきた。


「これでダンジョンはあなたのものです。私をいかに使うか、あなた次第ですよ?」


 画面が切り替わってキーファが姿を表すと、猫なで声を出してくる。

 なるほど確かに魅力的だ。しかし、だ。


「でも、これ稼働の方法が問題だぞ?」


 いっそこれを公開したほうが一儲けできそうだなと、ある箇所を読むまで思っていた。

 中身は確かに魅力的だ。

 マナを使えば、金銀財宝も思うがままらしい。

 他にも強いモンスターを作ったり、自分の城を建てたり、マスターは好きなことができると書いてある。

 しかし、そのマナの源が問題だ。


「なんだよ、『命を使って』って」


 その一文で一気に萎えた。

  

 どうもダンジョンは、稼働するのにマナを消費するらしい。

 そしてマナとは、言ってしまえば命そのものなのだとか。

 このあたり湾曲的にごまかされていたが、中身はかなり血なまぐさい。


 要はかなりの危険物だ。

 特にトラップの下りは、中に入ってきた宝目当ての人間から、いかに効率的にマナを搾り取るかについて詳細に書かれていた。なんだよ、殺したあと生き返らせてまた殺すトラップって。

 

 大体、人一人に付きマナのポイント換算として480ほど取れ、それで大体宝石数個分になるらしい。

 そしてダンジョンからドロップするアイテムは、そのための撒き餌だ。

 高い安いはともかく、ダンジョンで取れていたそれらが回り回って人からできていますなんて話は、事実だとしてもいまどきの人は許容しないだろう。ネットで変な虫がわきかねない。

 これを世間に出せば、オレまで痛くもない腹を探られるだろう。

 

「…魅力的だが、正直気乗りしない話だな」


「なぜですか? 宝を狙ってくる愚か者を適当に食べればいいじゃないですか? 賢ければトラップにも引っかかりませんよ?」


「君、意外と言うね。今は命が大事な時代なんだよ。そういうわけにもいかないさ」


 おまけに仮にも他人を殺すのだ。間違ってもわざわざやりたいとは思えない。やれば立派な犯罪者の仲間入りだ。


「つまり、稼働自体が難しいんだよ」


「そんな…」


 今の刑法とか懇切丁寧に説明してやれば、キーファはがっくりと画面の中で膝をつく。

 オレはペットボトルを開けて、中のお茶を飲み干した。

  

「そういうわけで、申し訳ないが諦めてくれないか?」


「どうか、どうかお願いします! 私を使ってください!」


 オレが引導を渡そうとすると、キーファがいやいやと体をくねらせる。まるで駄々をこねる子供のようだった。相変わらず無駄にイキイキしている。


「なんだってそこまでダンジョンを稼働させたいんだい?」 


「でないと私、死んでしまいます!」


 まるで悲鳴のようなそれは、思いも寄らない一言だった。

 なんだって?


「…なんで、それが君、あー、キーファが死ぬことにつながるんだい?」


「私達ダンジョンコアは、稼働にマナが必要なんです。なくなったら、私達は死にます」


「はあ…?」


 とっさにさっきの説明書の内容を頭の中で反芻するが、そんな記述はなかったはずだ。


「さっきの説明書にはそんな内容なかったよ?」


「普通、ダンジョン作成ツールである、私達ダンジョンコアを手に入れた人がダンジョン運営にしないなんてありません!」


「あー、なるほど」


 それで稼働の方法しか書かれてなかったのか。

 そういえば終了方法もなかった。


「だけど、普通、そこで一回躊躇するんじゃない? だって言っちゃえば人類の敵になるんでしょ?」


 さっきの説明書には、対軍隊の防衛戦術も触りだが載っていた。つまりそういうのに攻められることがあるのだ。そんなリスクを負ってまでやろうとするなんて、かなりヤバい人だろう。


「それと差し引いてもマスターになるメリットは盛り沢山だと思いますが?」


「そう考える人もいるだろうけどね。オレはそう思わないよ。」


 なにせ、寝て起きて、ある程度楽な暮らしができればいいやという、志の低さに定評のある男だ。到底そんな者に関われるとは思えない。

 そう思っていたのに、キーファがとんでもない爆弾を放り投げてくれた。


「ですが、私が死んでしまうと、マスターも死んでしまいます」


「なんだって?」


 どうやら、逃げられないらしい。

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