第五話 同舟大根
一瞬間があったと思う。
「なんで、キーファが死ぬとオレが死ぬんだ?」
オレはなかなか冷たい声を出したと思う。
後輩とかはオレを怒らせると、声が怖くなるとか言うが、その時の声だった。
それなのに、キーファは例の平然とした声で説明する。
「私とマスターとの間に、すでに契約が出来上がっています。それは片方がかけるともう片方も死ぬようになっています」
「いつの間にそんなことに…」
そんな瞬間はなかったはずだ。
オレがいうと、キーファが打ちのめされたようにいう。
「稼働のときです。マスターが起こしてくださったじゃないですか…。話せるように…」
「まさか、あれか? あのスワイプか?」
「はい。私を拾ってくださったので」
「オレのことをマスター、マスター言ってるのも?」
「はい。最初の方とマスター契約するように設計されてます」
パスをつなげるのに、少し時間がかかるんですが。
そういうキーファに、思わず頭を抱えた。
とんだトラップに引っかかた。
つまりあそこからすでにオレとキーファが一蓮托生になっていたということだ。
ずっとマスターマスター言っているのは引っかかってたけど、他のことに気を取られて呼び名のことなんか気にしている余裕もなかった。
「まさか、騙すつもりだったのか?」
思わずキーファを睨むと、キーファはしょんぼりとうなだれている。
「そんなつもりはありません。ただ、私達ダンジョン制作ツール、『ダンジョンコア』は、稼働させていただいた方がマスターになるんです」
そこに悪意のたぐいは感じられない。ただ純粋にそうだと言っている感じだ。
つい会話可能だから人間と同じ感覚で話していたが、そういえばこいつ全く違うものだった。今更ながら自覚する。
多分言っていることはただの事実だ。
「それで、そのパスっていうのは切れるのか?」
「無理です。マスターは、マスターとして登録されてしまいました。私が死んだらマスターも死んでしまいます」
そう言って嘆くような仕草をする。
人によったらおちょくられているような気もするかもしれないが、どうもキーファは本当に嘆いているらしい。
やっぱり人間と考え方の構造が少し違う。
ともかくだ。
「つまり、君のマナが尽きたらオレの命も尽きるのか? …ちなみにあとどのくらい持つ?」
「そうなります。今の貯蔵は、このくらいです」
ピコンと画面が切り替わり、見慣れたバッテリーの映像が出てきた。
そこには『稼働可能時間 23時間12分』と書かれている。
おい。
「あと一日も保たないぞ?!」
「すみません。わたし、燃費が悪くて…」
思わず声を荒げたが、本当に申し訳無さそうにいうキーファから悪意は感じられない。ただ事実を告げて、それが申し訳ないと思っているらしい。
やられた。
もしこれが作ったやつの意図なら、それは相当性格の悪いやつだ。不用意に触ったオレも悪いが、普通アレだけでこんなことになるなんて思わん。
さっき説明書を読んでいたときにも思ったが、いかにして運用していくかは書いてあるが、そこから外れる内容。やめるため項目は一切なかった。
つまり、最初から断らせる選択肢は無かったらしい。これ自体が一種の罠だ。
「すみません、マスター。私のせいで…」
そしてキーファだ。本当にがっくりとうなだれてしまっている。
これが演技なのかどうかは知らないが、少なくともそのへんのことは一切知らない、ということらしい。
いや、実際知らないのだろう。
人を騙すのに一番邪魔なのは、悪意だ。
後ろめたいことを隠そうとすれば挙動がおかしくなり、そこから不審に思われる。
ならば全くなにも知らない、それこそ真っ白な人間を仲介に立てればいい。
まずい品の受け渡しに子供を使っていたヤクザを逮捕したと、警察の友人から聞いたことがある。お使いだと言って、薬だか何かを運ばせていたらしい。
もしキーファが騙そうという素振りを見せていたら、オレはさっさとこれを手放していたはずだ。これでも営業やら入社面接はそれなりにやっている。騙す素振りがあれば、ある程度は気づく。
つまり、そういうことなのだろう。
「…やられた」
こうやって問答無用でダンジョンマスターにするというのが、本来のキーファの役目なのだろう。
わかったところで今更だが。
「…じゃあ、オレはこのままだとあと一日保たないってことか…」
「はい…」
しょんぼりとキーファが答える。
表示されるのはうなだれる大根というシュールな光景だが、笑う余裕もない。
もちろん色々考えるべきことはある。
まずキーファが嘘をついている可能性だ。
あと二十三時間程度待てば結果は出るが、少々リスキーすぎる。
これが誰かのいたずらであればいいが、とてもじゃないがそうは思えない。こんなただの会社員を騙すには少々手が込みすぎている。
ならばどうするか。
「なぁ、キーファ、ダンジョンマスターとコアの関係とか、マナの仕様についての説明書はあるか?」
「はい…」
すっかり打ちひしがれた様子のキーファがフッと消え、画面が切り替わる。
また出てきた電子書籍は、さっきとは違うものだ。
どうもキーファは端末の管理AIとかそういうものらしい。
出てきたものは、一つは『ダンジョンマスターについて』、もう一つは『マナについて』。
シンプルなタイトルのそれらの内容は、キーファの話を裏打ちしていた。
『ダンジョンマスターについて』は、さっきのキーファの説明をさらに詳細にしたものだ。コアの起動方法は、正確にはダンジョンコアに触れて、起動の意思を持つこと、らしい。
ネットの悪質サイトの請求みたいな方法だが、それでたしかにつながってしまうそうだ。よくわからない単語が多いので詳細はわからないが、はっきりとそこにはコアの死はマスターの死となると書かれている。
『死にたくなければコアを守れ』、だそうだ。
コアの燃料はマナであり、ダンジョンコアを生かすためにはその収穫が不可欠なんだとか。
『マナについて』は、マナの成り立ちについて書かれたものだ。
マナは命とも密接な関係にあり、マナが形をなしたのが命なのだとか。収穫先は主に人種であり、人間、エルフ、ドワーフ等。
それを収穫して加工しやすくするのがダンジョンというシステムなのだそうだ。
ただ内容が少々濃い。
マナは人を殺したときに体から出てくる、生命エネルギーのようなものらしい。
下手な論文並みに様々な学説のようなものまで書かれている。
なんだ、この転生理論て。マナが形をとったのが魂。それが移動するから転生が起こるって、なんの宗教だ。
他にもマナは魔物からは取れない理由とか、拷問からのマナ精製術、マナ加工法、はては交合式マナ供給法なんて色ものまであった。
いるだけでも微量取れるという救いのような文言があったが、数日ダンジョン内にいて1ポイント取れるかどうかだ。到底稼働させるには足りない。だから初期の小さなダンジョンほど人を殺し、それによって収容人数のようなものを広げる必要があるらしい。
これを書いたやつはなにを考えていたのか。
ただこれでキーファが嘘をついている可能性がまた少し低くなった。
まだ全部信用しているわけではないが、少なくとも人を騙すためにしては、冊子一冊分の理解できない与太話は手が込みすぎだ。
「…どうするか」
そして、仕組みがわかればわかるほど、絶望感が湧き上がってくる。
読み終わって時間を見れば、キーファのタイマーは二十二時間九分になっていた。
それがオレの余命らしい。
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