第三話 謎大根

 画面の中のセクシー大根を呆然と見つめていると、それがうねうねと、主張するように動いた。一応形は人間のそれに近いのが妙にリアルだ。


「マスター、いかがでしょう? 現状できるリソースを使って、私を構築してみたのですが」


「あー、そうね…」


 オレは気の抜けた答えしか返せなかった思う。

 だってセクシー大根がうねうねと動いて、自分はナニかと主張しているのだ。

 TRPGなら正気度チェックに失敗してると思う。

 大根がまた動く。


「あの、マスター、いかがですか? 似合いますか?」


 大根が腰をくねらせる。

 どうですかと言われれば、シュールですとしか言えないが、それをいきなり言って良いものか。

 

「…あー、まあ、セクシーだと思うよ?」


 日本人独特の奥歯に物が挟まった感想を言う。

 正直、そのシェイプ自体は、恐ろしく艶めかしいと思う。

 つややかな表面や動き。その全てに色気がある。正直下手なセクシー女優も目じゃない。

 大根相手になに言ってんだろう?

 

 だがその答えは大根を満足させるには十分だったらしい。

 無駄に艶めかしい動きでくねくね動く。

 おそらく腕に当たるであろう部分で、顔に当たるところを照れたように覆っていた。

 大根だからそう見えてるだけだけど。


「まあ、マスターったらお上手ですね…」


「ははは…」


 思わず顔がひきつるが、これってどこかで操作してるわけじゃないよな?

 周りを見回しても、いつもの山があるだけだ。

 それからしばらく、大根の艶めかしい踊りは続いた。

 

 それから少しして、大根―――キーファはようやく落ち着いたらしい。

 オレが車からお茶を持ってきて、頭を冷やすために煽っていると、無駄に艶めかしいため息がスピーカーから聞こえた。


「…すみません、取り乱しました」


「いや、別に構わないんだが、あー…」


 画面の大根を見ながら、なにを言うか考える。

 すごくやりづらい。

 

「…君は、どこかからか電話をかけてるわけじゃないんだよね?」


「はい。私は今、マスターに握られています」


 そう言って恥ずかしげに大根が動く。

 …まあ、よし。


「…きみ、なにかのAIとかじゃないの? それともスマホの機能?」


「”えーあい”や”すまほ”、というのはわかりかねます。それは何でしょうか?」


「あー、人工知能? 人に作られた人、みたいなものかな?」


「なるほど…」


 軽い概要やスマホを見せて話してやれば、大根は人が悩むように腕を組む。多分人間であれば腕を顎に当てるポーズ、なのだと思う。

 しばらくそうしてウンウンうなり、おもむろに顔を上げた。


「それに近いもの、かもしれません。私は」


 自分自身に言い聞かせるように、噛み砕くように大根は言う。

 

「私自身、私の成り立ちはわかりかねます。ですが、私は目的のために作らた、というのはわかります。そういう意味では、そのえーあいに該当します」


「…なるほど?」


 ひどく真面目くさった口調でいうが、それを言っているのは大根だ。

 釈然とはしないが、まあ、なるほど?


「つまり、電話してるとか、これはそういうものじゃないんだね?」


「そうなります」


 未だに半信半疑だが、この大根はAIのようなもので、誰かによって作られたもの、らしい。そしてスマホでもない。

 

「なるほどね。まあ、わからないなりにわかったよ。じゃあ、次の質問だ。君はなんでここにいるんだい?」


「わかりません」


 この質問は端的に答えた。

 なんでもこのスマホ大根は、意識を持ったときからここにいたらしい。それからオレが引き抜くまで、ずっと土に埋まっていたそうだ。


「私は気づいたらここにいました。その理由はわかりません」


「はぁ、なるほど…。てっきり変なものでも埋まってるのかと思ったよ…」


「変なものとは?」


 大根がくねりと体をかしげる。

 なんでこんなに動きだけは色っぽいんだろう?


「ここ、オレの畑なんだよ。野菜に悪いものでも埋まってたんじゃないかと思ってさ」


 そう言うと、キーファはまた首をかしげた。

 

「畑とはなんですか?」


「あー、食べ物を作るところ?」


 子供か、という説明だけど、他にどう畑を説明しろってんだ。

 一応、どういうものを作ってるかを話してみると、キーファはふんふんとうなずいた。大根だけど、どうしてこれがうなずいてると思ったんだろう。


「なるほど。マスターはそれで、私が悪影響を及ぼすかもと、心配されていたのですね」


「まあ、そうだね」


 ぶっちゃけゴミだと思いました、とは相手を思うと言いづらい。さっきからキーファとはかなり丁寧に話し合えているのだ。不要な刺激は与えたくない。

 オレが言えば、キーファはおほんと咳払いした。

 

「その点においては、全く心配はございません。私の体はすべてマナ結晶でできております。マスターのおっしゃる、金属による影響などはありません」


「ははぁ…」


 またわからない単語が出てきたぞぅ…。

 

「…なんだい、そのマナって?」


「マナはマナです。生命力、魔法力とも訳されます。それを集めるのが、私の機能です」


「えっと…?」


 詳しい説明を求めたが、どうやらオレたちの『畑』といえば意味が通じるものと同じようなものらしい。

 つまりキーファの認識としては、そういうものだそうだ。

 仮に、今後付き合うとすれば、これは色々認識をすり合わせる必要がありそうだ。

 オレがそう決意したときだった。 


「マスター」


 キーファまで決意に満ちた声を上げる。

 ナニか不穏なものを感じる声だ。

 画面を見れば、大根が胸を張るように立っていた。どこか決意を感じる振る舞いだ。

 スピーカーからキーファの声がする。


「マスターはお優しい人です」


「うん?」


 なぜオレはいきなり大根に褒められたんだろう?

 戸惑っていると、キーファがさらに言う。

 

「先程から私を気遣って下さいます。本来、私達、ダンジョンコアでは望外の喜びです」


「そうなの?」


 そもそもオレはダンジョンコアが何かわからないんだが。

 オレの戸惑いをよそに、キーファは続ける。


「本来、私達ダンジョンコアは道具ですので、そのようにお気遣いをいただく、ということ自体がないのです。基本的に、言われたことを遂行するためにあります。そもそも意思疎通をしよう、ということすらされません」


「そりゃまた随分ブラックだね」


 道具にブラックもなにもあるのか、という疑問は残るが、意思疎通できる相手にそこまで無碍にはしないだろう。

 オレが言えば、違う違う、というように大根が体を振る。


「そういうものだ、ということです。ですが、マスターはマスターです。私達ダンジョンコアは従うしかできません。だからこそ、意思疎通できるマスターは非常に貴重であり、ありがたいことなのです」


「なるほど?」


 やっぱり、このキーファというのは、セールスやらせたらかなりいい成績を出すような気がしてきた。

 しかも、本気で言っているらしいのが伝わってくるからたちが悪い。

 

「…君は、あー、なんでいるのか、わからないんじゃなかったっけ?」


「ダンジョンの基本情報は持っています。他のダンジョンの情報も、なんとなくですが、わかります。だからこそ、そう思うのです」


「はー…」


 なにかダンジョンに関するとんでもないことを言われた気がする。

 オレが戸惑っていると、キーファがきっと顔を上げた。

 その顔? に当たる部分が、目のない顔でじっとオレを見つめる。その佇まいから決意を感じる。キーファはゆっくりという。


「ですので、私もマスターに、しっかりとお仕えしたいと思います」


「う、うん?」


 ぐいっと、大根の顔が画面に迫ってきた。


「さあ、ダンジョンマスター、どうぞ私をお使い下さい。私達で、最強のダンジョンを作りましょう」

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